第46話 アプローチ

 ピピピッという目覚ましの音が部屋中に響き渡り目を覚ます。

その耳障りな音に若干苛立ちを覚えつつ、それをぶつけるように軽く目覚ましを叩き音を止める。


「…んぁ〜〜」


 体を起こし、寝起きの気だるさを紛らわすように伸びをして時計を見ると時刻は朝の7時。

昨日までなら二度寝を決め込むところだけど今日からはそうもいかない。

長いようで短かった夏休みが終わり今日から2学期がスタートする。

ベットから立ち上がり学校に行く支度をしようとしたその時、ポロンとスマホが鳴った。

確認するときょうからメッセージで、内容は今日の朝は別々に登校するというものだ。


「おっ?じゃあまだ寝れるな」


 最近は一緒に登校していたから支度をする為に早く起きていたのだけど、今日はその必要も無いみたいだ。

そうなるとまだ時間にも余裕があると思い、ベットに舞い戻り寝転がる。

新学期早々にギリギリに登校するのはどうかと思うが、いざ起きてみると睡魔には勝てない。

まだ寝れることになんだか得した気分になりつつ、再度目を閉じる。


「あと5分、いや10分したら起き…」


「さっさと起きろ、バカ兄!!」


「ぐはっっ!!」


 いつの間にか部屋に入ってきていた我が愛しの妹の某格闘ゲーム顔負けの蹴りが炸裂して意識が完全に覚醒した。

痛みに悶えながら、兄を見下すような視線を向ける佳純かすみに抗議する。


「う、腕を上げたなマイシスター…。だけど寝起きの横スマは命に関わるからお兄ちゃんやめてほしいな。危うく残機が減るところだったぞ」


「そのまま目覚めなかったらいいのに」


 辛辣な一言を言い残して佳純は足早に部屋を去っていった。

横スマにはまだ文句を言いたいとこだが、絶賛反抗期中の妹が起こしに来てくれるようになっただけマシと思うことにしよう。

だけど汚いものを触ったみたいに足を拭うのだけは傷つくからやめてね……




 暑さの峠を越え、大分過ごしやすくなった通学路を俺は少し早足で駅に向かう。

結局、ダラダラと支度をしていたらなかなかにギリギリの時間になってしまったが、始業時間には間に合うだろう。

久しぶりに制服を着て歩く通学路は特に目新しいものはなかった。

たった2ヶ月弱でそんなに景色も変わることもないからそれも当然か。


 それと対照的に変わったことと言えば、俺の置かれている状況だろう。

この夏休みはいろんなことがあり状況も変わった。

まず倉科家の別荘での出来事がひとつの変わるターニングポイントだったと思う。

さゆりさんからのアドバイスもあり、杏に現時点での俺の想いを伝え、杏の好意に誠実に向き合う決心をした。

そして杏も俺の考えを理解してくれ、もう少しだけ答えを待ってくれると言ってくれた。

そんなことがあって答えを探す日々を送っていた時、もうひとつのターニングポイントが訪れた。

それは夏祭りでその時、俺は鈴香すずかに告白をされた。

鈴香の本気の想いを聞いて俺が向き合うべきことが増えた出来事と言えるだろう。

今の現状としては杏と鈴香、二人への返事を保留にしている状態だ。

焦って答えを出す必要はないと思うけど、あまり引き延ばしにしてもいけないことも分かっている。


「なるようにしかならないか…」


 俺にやるべき事は相手の好意に誠実に向き合うことだ。

それに加え亮介りょうすけから言われた通り、視野を広げて誠実に向き合っていけば、納得する答えが出るはず。

そうすれば杏や鈴香、もしくは他の人を選ぶことになったとしても、それが俺の答えだと胸を張って言えるだろう。

そんなことを考えていると、あっという間に駅に着いた。

見慣れた改札を通り、人混みに紛れるようにホームで電車を待っていると、不意に声をかけられた。


「おはよう宏人ひろと


 振り返るとそこには鈴香の姿があった。

夏休み中は結構な頻度で会っていたから久しぶりというわけでもないのだが、約2ヶ月ぶりに見る制服姿の鈴香はなんだか新鮮に感じられた。


「ああ、おはよう。ってかなんでこんなとこにいるんだ?何か用でもあったのか?」


 鈴香の家は俺の家と反対方向のはず。

だから登校時に同じ電車に乗ることはありえないはずなんだけど。


「宏人と一緒に学校に行こうと思ってね。このぐらいしないとあんたの気持ちを変えるなんて無理そうだし」


 さも当たり前かのようにそう言う鈴香にドキリとしてしまう。

なんとも反応に困る理由だった。

これも俺に少しでも意識してもらおうという鈴香なりのアプローチなんだろう。

だが、今まで男友達のように接してきた鈴香にどう反応したらいいか分からない。

女性経験も少ない男子が告白された女子からそんなことを言われたら、動揺しない方がおかしいだろう。


「そ、そうか…」


「そうかって…、もうちょっと気の利いたことを言えないの?こんな美少女があんたのことを待っててくれてるのに。どう?嬉しい?」


 以前の俺なら『美少女に待っててもらえるなんて俺は幸せものだな。ところでその美少女はどこにいるんだ?』などという軽口めいた冗談で返すところだったのだけど、今となってはそんな言葉も出てこない。


「そりゃあ嬉しくないって言ったら嘘になるけど、そうゆう事をストレートに言われると反応に困るというか、照れ臭いというかだな…」


「そう思わせるのが大事なのよ。それを続けていけば宏人の私に対する意識も変わるかもしれないでしょ?」


「左様ですか…」


 言葉の通り、これから鈴香は俺の意識を変えるために、こうゆう言動や行動を積極的にしていくのだろう。

確かにそれは効果的な手段と言える。

だって現にそう言われて俺の心臓の鼓動は早くなっているんだから…

それが決して嫌と言うわけでは無いのだけど、毎回こんなにドキドキさせられると、なんとも心臓に悪い。


「ほら、電車きたわよ。あんたが遅いせいで時間ギリギリなんだから。これに乗らないと遅刻するから早くいくわよ」


 そう言って鈴香は俺の腕を掴み電車に乗り込む。

こうゆう軽いボディータッチも鈴香なりのアプローチなんだろうか?

なんだか鈴香のひとつひとつの行動に過剰に反応してしまっている気がするな…


 電車に乗り込んだ後は鈴香と当たり障りのない会話をしながら学校に向かった。

だけど、その会話の中でいつも言ってたはずの軽口や冗談を言う気にはならなかった。

あれ?俺って鈴香にどんな風に接してきたっけ?

そう考えさせるだけでも鈴香の作戦は成功しているということなのだろうなと思った。




 学校に到着すると、校内には早くも多くの生徒が登校しているようだった。

皆、新学期初日ぐらいは早く来ようという考えなのだろうか。

上靴に履き替え教室に向かうと、もうほとんどの生徒がいて思い思いの談笑に興じている。

夏休み中にあったことなどを話しているのだろう。

自分の席の方を見ると杏や亮介も既に登校しているようだ。


「おい見ろよ。秋元のやつ三田村さんと一緒に来たぞ」

「倉科さんだけじゃ飽き足らず、三田村さんにまで手を出すなんて…」

「ギルティ!ギルティ!」


 俺の姿を見た途端に男子どもが飽きもせずに殺気を放つ。

その様子だとこいつらは夏休み中も浮ついた話は無かったんだろうな。

男子どもの殺気に気付かないふりをして自分の席に向かうと、杏がジトッとした視線を向けてくる。

あからさまに不機嫌な様子だ。

まぁこの状況じゃあ何を言いたいかは聞かなくても分かるけど。


「ヒロくん。三田村さんと一緒に来たように見えたけど、下駄箱でたまたま会っただけよね?まさか一緒に登校したわけじゃないわよね?」


「え、えっと…。それはだな…」


 予想通りの質問、もとい尋問が飛んでくる。

さて、この質問はどう答えたらいいだろう。

素直にいうなら駅から一緒に来たんだけど、そう言った場合はその理由を聞かれるのは火を見るよりも明らかだ。

そしてその理由はさっき鈴香が言ったように、俺へのアプローチなんだろう。

果たしてそれを俺の口から言ってしまっていいものなんだろうか?

杏は鈴香が俺に告白したことはまだ知らないはず。

それを知ったら杏もいい気はしないだろうし、鈴香とはさらに険悪な雰囲気になることだろう。

鈴香としてもその事を他人に広めて欲しくないかもしれないし。

そして、杏以上に厄介なのは男子どもだ。

あいつらがこの話を聞いたら、いい気はしないどころか荒れ狂うだろう。

新学期早々、教室が処刑場になってしまう。

俺がどう答えるかべきかと考えていると、その様子を見ていた鈴香が口を開いた。


「たまたまじゃないわよ。私が宏人と登校しようと思って迎えに行ったからね」


「へぇ……」


鈴香の歯に衣着せずな物言いに杏の眉が一瞬ピクリと跳ね、二人の間にピリッとした空気が漂う。

クラスの連中も、それを察して談笑をやめてこちらに注目した。

やめろ!注目するんじゃない!

頼むから楽しくおしゃべりを続けてくれ!


「ヒロくんを迎えに行った理由を聞いてもいいかしら?」


「それはね…」


 やっぱり杏はその疑問に行き着いた。

言うのか!?今、この状況で言っちゃうのか!?

鈴香自身がそう判断したのなら俺からは何も言えないけど言ったらもう誤魔化しが効かないぞ!

男子どもがまた暴れ出すぞ!?

すると鈴香はハラハラとする俺をチラリと一瞥いちべつし、


「宏人の家にお土産を渡しに行ったのよ。夏休みに両親の実家のほうに帰っていたから」


 鈴香の口から出たのは見事な嘘だった。

そうだよな!流石にこの注目の中で言わないか!

…いや、鈴香は気を遣ってくれたのかもしれない。

鈴香は唯一、俺と杏の契約を知っている。

もし本当のことを言ったら、俺と杏の契約が周りにバレかねない。

だから、この場で気を利かせてそう言ってくれたのだろう。


「それは朝じゃないといけなかったのかしら?学校で渡せば良かったじゃないの?」


「宏人のご両親にも用があったからね。ほら、私たち宏人の家に泊まったじゃない。改めてそのお礼も兼ねてね」


「…取ってつけたような理由だけどまぁいいわ。今は追求しないであげる」


 鈴香の言い分を聞いた杏は渋々といった様子で矛を収めた。

実際に納得したかどうかは定かではないけど、杏もこれ以上騒ぎ立てることは得策ではないと判断したんだろう。

とりあえず命の危機を脱し、俺はほっと胸を撫で下ろした。

やれやれ。これで新学期早々、ベルト固めの刑は免れ…


「「「あきもとくぅん??」」」


 もはや聞き慣れた怨嗟の声が教室に響いた。

恐る恐る振り返ると、案の定奴らで鬼の形相を浮かべ俺のことを囲んでくる。


「な、なんだお前ら!今の話のどこがおかしいって言うんだ!?」


「…ということは今の話は全て事実ってことでいいんだな?」


 こいつらは何を疑ってるんだ!?

鈴香の言い分におかしなところは無かったはず。

今の話を聞いただけで、鈴香が俺に告白したなんて分かるわけがない。

ここは、鈴香の言い分に乗っかって押し通すしかない。


「何も嘘は言ってないぞ!鈴香は俺の家にお土産を届けに来ただけで…」


「ふぅん…。じゃあ本当に倉科さんと三田村さんはお前の家に泊まったのか…」


 ……あっ、そっちですか。

鈴香の告白についてばかり考えていたけど、冷静に考えると確かにそれもまずいな。

それに今の俺の発言、完全に墓穴を掘ったな…


「倉科さんとお泊まりだけじゃなく、そこに三田村さんまで呼ぶとは…。お前はいつからそんなモテるようになったんだ?このハーレム野郎が!」


 そんなの俺が聞きてぇよ!

俺はいつからラブコメハーレム主人公になったんだよ!?

第一、杏と鈴香の二人だけなんだからハーレムと言っていいのか疑問だけど、そんなことを今のこいつらに言ったら火に油を注ぎかねない。

それに鈴香の告白の件を隠す為には否定するわけにもいかないし、杏たちが泊まったのは本当だし。


「待てお前ら!泊まりって言っても早く課題を終わらせる為に勉強会をしただけだし、亮介もいた。お前らが想像してることなんて一切してないぞ!」


「バカやろう!余計なこと言って俺を巻き込むんじゃない!」


「本当のことだろ!俺だけ粛清されるなんてフェアじゃねぇ!こうなったらお前も道連れだ!」


 自分の名が出た途端、我関せずと傍観を貫いていた亮介が声を上げた。

その言葉を聞いた奴らはギロリと視線を向ける。


「ほぉ…宮田もいたのか。お前も彼女そっちのけで他の女の子とお泊まりなんていい身分だなぁ」


 俺の言葉を聞いた奴らは亮介にも矛先を向ける。

これで亮介も粛清対象となった。


「待て!真帆にはちゃんと許可をとったし、本当に勉強しただけだ。決してやましいことはしてない」


「そうだ!俺たちはただ課題を早く終わらせて、旅行や祭りに一緒に行っただけだ!」


「ヒロ!もうお前は黙ってろ!」


「……理由はどうあれ、お前らだけ女子と楽しい夏休みを過ごしてたなんて許せねぇ」


 ジリジリと俺と亮介ににじり寄ってくる鬼たち。

杏や鈴香に助けを求めるべく視線を向けても、二人は黙って睨み合っていて俺たちのことなど眼中にないようだ。

クソっ!万事休すか…。こうなっては誰も奴らを止めるとこは出来ない。

俺と亮介は抵抗をやめ、奴らの制裁を大人しく受け入れようとしたその時、


「おーいお前ら。席つけよー」


始業を知らせるチャイムが鳴り響き先生が入ってきた。

この時ばかりは普段は口うるさい先生の姿も、まるで地獄に現れた慈悲深い天使のように見えた。


「チッ…。お前ら、命拾いしたな」


 流石に教師の前で制裁を加えることは出来ないらしく、奴らは悔しそうに自分の席に戻っていった。

ふぅ…。なんとか新学期早々に人生が終わることは回避できたようだ。

だが、たまたま廊下を通りかかりこの騒ぎを見ていた亮介の彼女、真帆さんの哀しそうな表情が印象的だった。

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