第43話 夏祭り⑤

 お祭りからの帰り道、宏人ひろと由紀ゆきが手を繋いで歩いている少し後ろを私もついて行く。

倉科くらしなさん、亮介りょうすけ真帆まほさんにはさっき宏人がことの顛末を報告し、そのまま解散する流れとなった。

本来なら宏人は倉科さんと帰る予定だったらしいけど、私と由紀を送ることを優先してくれたみたい。

…まぁ十中八九、由紀が目当てなんだろうけど。


「由紀ちゃん。りんご飴うまいか?」


「うん…おいしい」


 由紀は宏人が帰り際に買ってくれたりんご飴を嬉しそうに食べていて、それを見ている宏人は宏人で満足そうにしている。

由紀のことを構ってくれるのはありがたいんだけど、宏人の溺愛具合を見ていると本当にロリコンなんじゃないかと心配になってくる。

そういえば、宏人のお父さんも由紀のことをすごく気に入ってたみたいだったわね…

小さい子が好きなのは血筋なのかしら…?

というか、まるで私もいるのを忘れていると思うほどに宏人は由紀に夢中だ。

もう少しは私の相手をしてくれてもいいと思うのだけど…

やっぱり由紀に近づけない方が良かったと不満に思いつつも、今日私のせいで起きたことを考えるとあまり強くは言えない。


「今日はいろいろ迷惑かけてごめんなさい…」


 押し寄せる罪悪感から私は前を歩く宏人にそう声をかけた。

以前から宏人が今日のお祭りを楽しみにしていたことは知っていた。

それなのに自分の不注意で台無しにしてしまったことを本当に申し訳なく思う。


「鈴香が謝ることじゃねぇよ。あのバカ親父のせいなところもあるし気にすんなよ」


 すると宏人は振り返りニカッと笑みを浮かべてそう言ってくれた。

その言葉は私に気を遣っての言葉ではなく、本心からの言葉なのだろう。

そのことがとても嬉しく思う。


「それはそうと鈴香も疲れただろ」


「そうね…。今日はいろんなことがあったからね」


 今日の出来事を思い出して心の中でハァとため息をつく。

本当に今日は予想外のことがたくさんあった。

まず、今日のお祭りは学校の女友達と行くはずだったのに親の頼まれて由紀と行くことになった。

なんでも親戚がこっちに遊びに来ているらしく、お祭りがやっていることを知った由紀が行きたがったが、由紀の両親は予定がありどうしたものかとなった時に、私に白羽の矢がたった。

なんとか断ろうとしたが、由紀にお願いされたこともあり泣く泣く了承した。


 そしてそれは今回のお祭りでの私の計画が早くも崩れ去った瞬間だった。

私の計画、それは花火の時に宏人と二人きりにしてもらい自分の抱いている想いを伝えることだ。

そのために事前に亮介にそのことを話し、協力してくれるように相談までするくらい本気だった。

私が亮介に頼んだことは、花火の時になんとか宏人と二人きりになるよう誘導してほしいというもの。

亮介もそれくらいならと了承してくれ、どうやって想いを伝えるかとかいろいろ考えたし、イメージトレーニングなどもたくさんした。

だけど由紀を連れて行くことになり、さすがに由紀をほったらかして宏人と二人きりになるわけにもいかないから私は今日宏人に告白する事を諦めていた。

思い通りにいかず、いろいろ準備してきた計画が崩れてしまい意気消沈していたところに、もう一つの予想外のことが起こった。

それは私の不注意で由紀と逸れてしまったこと。

私が思い通りにいかないことに不貞腐れ、由紀への意識が疎かになっていた時、少し目を離した隙に逸れてしまった。

それは決して由紀のせいではなくて、なんの言い訳も出ないくらいに私の責任だ。

全部自業自得なのは分かってはいるけど、こうも思い通りにいかないとなると、もう神様がやめておけと言っているようにさえ思えてくる。


「だから俺のことはお兄さんじゃなくてお兄ちゃんって呼んでほしいな。呼び方は重要だぞ。"さん"だと距離を感じるからな。俺はもう由紀ちゃんの本当のお兄ちゃんのつもりなんだから」


 チラリと横目で宏人の方を見ると、相変わらず私の気も知らないで気持ち悪いことを言いながら、私のことをそっちのけで由紀にデレデレしている。

まったく…、なんでこんな奴のことをとつくづく思う。

顔はお世辞にも良いとは言えないし、学校でも女子に人気があるとはいう話も聞かない。

成績も良くなくお調子者でいつもバカみたいなことしかやってないような奴なのに…

実際に私も一年生の最初の方は宏人のことを気にも留めていなかった。

というか、騒がしい男子だと疎ましく思うこともあったぐらいで単なるクラスメイトの男の子、それ以上でもそれ以下でもない存在だった。

あの頃の私はそんな宏人に恋心を抱くとは思ってもみなかっただろう。


 そのきっかけとなったのは間違いなく一年前のあの出来事だ。

あの時の私はざっくり言うとクラスの人間関係で悩んでいた。

そしていろいろな悪い噂を流されて思い詰め、心が折れそうになっていた時、宏人はそれまでまったく接点の無かった私を連れ出してくれて手を差し伸べてくれた。

その頃から私は宏人のことが気になり始めていたのだと思う。

そして一緒に過ごすことが多くなり、今まで気づかなかった宏人の魅力に気づいていった。


 例えば、宏人は自分の中に確固たる考えを持っていてそれを貫いている。

何かを貫くというのは口で言うほど簡単なことではない。

周りに合わせて、時には自分の考えをも曲げてしまった方がうまくいくこともあるはずなのに宏人はそうはせずに自分の中に譲れないものを持っている。

普段だったら調子に乗るから絶対に言わないけど、私はそれはすごいことだと思う。

なにがきっかけでそうなったかは聞いてないけど、どうあれそれは尊敬に値するものだ。


 例えば、宏人はなんの躊躇いもなく人の為に行動することが出来る。

人間というのは成長していくにつれ、どうしても損得勘定で物事を考えてしまう。

どんなに仲の良い友人とでも、ときに自分にとってプラスかマイナスかを考えるのは仕方のないことだと思う。

だけど、宏人はそれを考えない人間だと私は思ってる。

宏人自身は自分の考えに基づいて自分勝手に行動しただけと言うと思うけれど、私はそれだけとは思わない。

自分の考えを貫いているのは確かなんだろうけど、結局のところはなんだかんだ言って困っている人を見捨てなれない宏人の優しさなのだと思う。

その証拠に、倉科さんのストーカー事件の時も体を張って彼女を守ったし、今日だって迷うことなく由紀を探すのを必死に手伝ってくれた。

宏人はそうゆう損得勘定を無視して人の為に行動できる優しさを持っている素敵な人だ。


 そうゆうあげだしたらキリがないくらいの魅力を知っていって私の気持ちは恋心へと変わっていった。

まぁいろいろと理由を付けてみたけど、結局のところあの時、私の窮地を救ってくれたから宏人のことを好きになったのだと思う。

チョロい女と思われるかもしれないけど、それだけでも私としては恋に落ちる理由としては十分だと思う。

宏人のおかげで今の私がある。

自分の窮地を救ってくれた男の子を好きになるのは至極自然なことだろう。


 私はバカのくせに素直でどこまでも真っ直ぐな芯を持っていて、分かりづらくも優しい宏人のことがどうしようもなく好きだ。

だから今の単なる友人関係からもっと先に進みたい。

これからもまだ私の知らない宏人の魅力を一番近くで知っていきたい…


「そう言えば、お前がさっき言ってた俺に言いたいことってなんだったんだ?」


「!?…ああ、それね…」


 不意の宏人からの問いにドキッとした。

言いたいことと言えばそれはもちろん宏人に対する自分の想いだ。

自分の思いを伝え、恋人としてこれからも宏人と過ごしていきたい。


 だけど、今はあまりにも準備ができていない。

本来の計画ならもっとロマンチックで二人きりの場面で言おうと思っていた。

けれど今はただの帰り道でロマンチックな場所でも状況でもないし、ましては隣に由紀もいる。

あのセリフも雰囲気にあてられて不意に出てしまったところもあった。


 なんとか誤魔化そうと適当な言葉を探そうとするがグッと思いとどまる。

やっぱりこの想いは今伝えるべきだ。

今それが出来なかったらこの先も言い訳をして想いを伝えられずズルズルいってしまう気がする。

そもそもそうだと思ったから亮介に協力まで取りつけて場を整えようとしたんだから。


「え、えっと…、その……」


 意気込んでみたけど、うまく言葉が纏まらない。

事前に考えてきた言葉も今日の出来事や告白の緊張ですっ飛んでしまった。

えっと、告白ってどうやって言えばいいのかしら…

もちろん今まで男子と付き合ったこともないし、告白した経験なんて一度もしたことがない。

っていうか私、今から宏人に告白するの…?

もちろん私の願いのためにはそうするのが一番だと分かってはいるけど、改めて考えると緊張やら不安やらで私の心拍数は上がる一方だ。

ああもう!何で宏人相手にこんなに緊張しなくちゃいけないのよ!


 どうにか気の利いた言葉を絞り出そうとしている時、ふとさっき宏人に言われた言葉を思い出した。

そうだ…、私たちの間で変に取り繕ったり言葉を選ぶ必要はないはず。

それは他でもない宏人がそう言ってくれたことだ。

だから、私の素直な想いを宏人にそのまま伝えればいい。

ふぅとひとつ息を吐き、気持ちを落ち着かせる。


「宏人…、今から大事な事を言うわ」


「おお…、なんだよ改まって。出来れば由紀ちゃんの前なんだから俺の人格否定だけは勘弁してほしいところだけど」


「違うわよ!その…、私は…」


 ばくばくとうるさいくらいに心臓の鼓動が高鳴り、頬は自分でも分かるくらいに熱い。

だけど、ここまできたんだからもう言わないわけにはいなかい。

今にも逃げ出しそうになるくらいの衝動にグッと堪え、一世一代の勇気を振り絞って口を開く。


「私は宏人のことが好…」



ーーーピコン!!



 私の一世一代の告白を遮るように電子音が響き渡った。

その音は聞き覚えのあるメッセージアプリの通知音。


「っと。悪い、俺だ。えっと、なになに…」


 宏人はスマホを取り出してメッセージを確認すると、フッと少し呆れた笑みを浮かべた。


「おい鈴香見てみろよ。杏のやつ、またこんなこと言ってるぞ」


 そう言ってスマホの画面を見せてくる。

そこに表示されていたメッセージは『浮気したらダメだからね』という短い一文。


「杏にも困ったもんだよな。普段の俺たちを見てればそんな浮ついた関係になる訳ないって分かるもんなのにな」


「〜〜〜っっっ〜〜〜!?!?」


 完全に話の腰を折られた。

せっかく覚悟を決めたのに倉科さんは何であんなタイミングでメッセージ送ってくるのよ!?

どこかで見てるんじゃないでしょうね!?

それだけでも十分なダメージだったのにその後の宏人の言葉が完全に私の心を折った。

そうでしょうね!知ってたわよ!あんたが私にそうゆう気がないってことは!!

あんたの普段の私への態度を見てれば嫌でもわ分かるわよ!!

っていうかあんた私にどれだけ興味ないのよ!?

こう言っちゃなんだけど私、結構モテるんだからね!

あんたが知らないだけで告白とかも結構されてるんだからね!


「……で悪い。さっきなんて言ったんだ?通知音にビックリして聞き逃しちまった」


「な、何でもないわよバカ宏人!!」


 告白しようとした相手にそんなセリフを言われた後で、想いを伝える度胸なんて私にはなかった。

やり場のない気持ちが宏人への罵倒となって口から出ていく。


「本当にあんたって奴はどこまで空気読めないのよ!!」


「俺か!?今のは俺が悪いのか!?おいちょっと待てよ!」


「うるさい!ここまででいいから!今日はありがと、おやすみなさいバカ宏人!」


 宏人にそう言い残し、私は由紀を連れて逃げるように立ち去る。

ああ、やってしまった…

言えなかったと後悔する気持ちと裏腹に逃げる足は止まってくれない。

つくづく今日の私は何をやっても上手くいなかい。

だって仕方ないじゃない…

あれだけ話の腰を折られた挙句に本人にもあんな事言われたら誰だってこうなる。

そんな誰に対してか分からない言い訳をし、私の作戦は全て失敗に終わった。



       ※※※※※※※※



 俺は一人で駅までの道を歩いていた。

さっきまで由紀ちゃんと楽しくおしゃべりしながら歩いていたからか、こうして一人で歩くと同じ道でも一段と寂しく感じる。


「鈴香のやつ…、貴重な由紀ちゃんとの時間を奪いやがって…」


 思わず鈴香への恨み節を呟いてしまう。

鈴香は杏からのメッセージが見せたら、何故かいきなりキレ始めて由紀ちゃんを連れて帰ってしまった。

そのせいで由紀ちゃん成分が充分に補給が出来なかった。

このままでは道行く幼女を抱きしめかねない。

…いかんいかん、そんなことしたら親父の二の舞だ。

俺はロリコンじゃないんだからしっかり自我を保たなければ。


「南無阿弥陀南無阿弥陀…」


 お経を唱え危ない禁断症状をグッとこらえることには成功するが、その代わりに俺の中にモヤモヤとした疑問が膨らんでくる。

あの時、鈴香はなにを言いたかったんだろう?

あんな大層な前振りをされたら気になって仕方ない。

大事な話と前置きするくらいなんだからよほど重要な話だったんだろうけど、杏のメッセージにより言葉を遮られて聞こえなかった。

普通に考えたらその言葉を俺に言えなかったから鈴香はキレたのだと思う。

けど大事なことだったらまた言い直せば良いと思うし、ましては俺たちは遠慮して言いたいことを言えない関係でもないし…

っていうか、鈴香は俺のせいみたいに言ってたけど、絶対あれは理不尽な叱責だったよな?

まぁ理不尽な叱責をされようと今更そんなことで鈴香に腹をたてたりはしないけど。


「鈴香のやつ…、なんて言ったんだろうな?」


「あんたのことが好きって言ったのよ」


 不意に後ろから声をかけられビクりと体が跳ねる。

そして振り返るとさっき別れたはずの鈴香がいた。

急いで走ってきたのか息は少し上がって、顔も火照っているように見える。

鈴香は俺と目が合うと息を整え、はっきりとした口調でもう一度繰り返した。


「私は宏人のことが好き。これがさっき…いえ、今まで私がずっと宏人に伝えたかったことよ」


 その真っ直ぐな言葉は先程と違い、はっきりと俺の耳に入ってきた。


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