第42話 夏祭り④

 息を切らしながら人混みを掻き分け進む。

由紀ゆきちゃんを探し回ってもう結構な時間が経っている気がする。

その証拠にもう花火は始まっているらしく、ドンッという音が遠くから響いてくる。

だが、いくら探しても由紀ちゃんは見つからない。

そもそも状況が悪すぎる。

例年以上の人の数に加え、その中で俺の腰ほどの身長の小さな女の子を見つけると言う悪条件。

ついでに、浴衣の動きにくさも合わさり状況は最悪だ。

そんな状況で本当に由紀ちゃんを見つけられるのか?


「なに弱気になってんだ…。出来なくてもやるしかねぇだろ」


 膨れ上がる不安を掻き消すように呟く。

鈴香すずかにあんな発破をかけておいて俺が諦めることなんて出来ない。

それならば俺に出来るとこを全力でやるべきだ。

そう自分を奮い立たせ探し回っていると、目の前に数人の男が立ち塞がった。


「やっと見つけたぜあきもとくん?」

「さっきはよくも逃げてくれたなぁ?」

「もう逃げられねぇぞ。さぁ、一人だけ彼女とイチャついていた報いを受けてもらうか」


 祭りに潜む鬼、もといクラスの男子どもがいかにも三下チックなセリフを吐きながら俺の行手を阻んだ。

なんでゴミ程どうでもいい奴らはすぐ見つかるんだ…

今はお前らとコメディー展開やってる場合じゃねぇんだよ!


「今お前らの相手してる暇はねぇ!お前ら、小学生くらいの女の子見なかったか?鈴香のいとこが迷子になってんだ」


 俺の必死さが伝わったのか奴らは一旦落ち着いて俺の言葉に耳を貸した。


「そう言われても小学生の女の子なんていくらでもいたからなぁ」


 確かにそうだ。

祭りともなれば小学生くらいの女の子なんか腐るほどいる。

そんな中で由紀ちゃんを見たことないこいつらに聞いても無駄だろう。

大した情報は無いと見切りをつけて走り出そうとすると、一人の男子が声を上げた。


「あっ!そう言えばさっきS級幼女を見かけたな。お面を付けてて顔は分からなかったけど、あれは雰囲気からして間違いなく美幼女だ。数々の幼女を見定めてきた俺が言うんだから間違いない」


「なに!?それどこで見た!?」


 美幼女なんて単語生まれて初めて聞いたし、全体的になかなか犯罪チックなセリフではあったが今は不問としておこう。

なにより初めて手にした手がかりだ。

それにS級幼女となれば由紀ちゃんの可能性が高い。


「確か、神社の入り口の方へ歩いて行ったと思うぞ」


「よし分かった!お前ら、くれぐれも法を犯すことはするなよ」


 奴らからの手がかりに従い、俺は神社の入り口の方に引き返す。

もし誘拐だった場合、神社の外に出られたら俺たちだけでは見つけるのは難しくなる。 

なんとかこの神社で見つけ出さないと…



 俺は大急ぎで入り口付近にまでやって来た。

相変わらずこの付近も人で溢れている。


「ここで見つからなかったらもう警察に連絡した方がいいな…」


 鈴香達から見つかったという連絡はまだ無い。

ここまで探して見つからないのだったら、もうこの近くにはいない可能性が高くなる。

そうなら早く警察に連絡して捜索してもらった方がいい。


 俺は血眼になって周りを見渡す。

その時、見覚えのある浴衣の幼女の後ろ姿が俺の目に入った。


「由紀ちゃん!!」


 期待に胸を膨らませ呼び止めると、その幼女は振り返る。

お面を被っていて顔ははっきりとしないが、そのたたずまいは俺が先ほど見た姿と一致している。

そして俺から見ても間違えなく雰囲気はS級幼女だ。


「……おにいさん?」


 その声を聞いて、由紀ちゃん本人ということを確信した。

見つかってよかった…、初めて奴らが役に立った!

だが見つかったという安堵が広がっていく一方、俺の警戒心も膨れ上がっていた。


 なぜなら由紀ちゃんの隣で手を繋いでいる見知らぬ男がいたからだ。

その男もお面を被っていて顔は見えないが、見たところ大人の男性だ。

由紀ちゃんの両親という線も否定できないが、それならば鈴香に連絡がいくはずだからそれは考えにくい。


「おい!由紀ちゃんをどこ連れてく気だ!?」


 普段の俺なら大人の男性に向かってこんな強気な言葉など言えないが、今はそんなこと言ってられない。

由紀ちゃんの可愛さに拐いたくなる気持ちは分からんでもないけどそれは立派な犯罪だ。

決して看過することは出来ない。

そしてこの男は間違いなくロリコンで、この世から駆逐しなくてはいけない存在だ。

なけなしの勇気を奮い立たせ俺はその男には叫ぶ。

すると、その男は数秒驚いたように間を置いて俺のことを見つめて声を発した。


「………宏人か?」


 俺は男に自分の名前を呼ばれたことに呆気に取られる。

はっ?なんでこいつ俺の名前知ってるんだ?

俺にロリコンの知り合いなどいないはずなんだけど…


 だが、その声にはどこか聞き覚えがあった。

というかよく見ると顔はお面で分からないが、その男の姿にもどこか見覚えがある。

格闘家のような体格に髪型は短髪でいかにもハゲているのを隠しているような…

すると俺が答えに辿り着く前にその男がお面を取り素顔が露わになった。


「……親父!?!?」


 そこにいたのは見覚えがあるどころか毎日顔を合わせている我が家の自称大黒柱だった。

なんで親父が由紀ちゃんを連れてるんだ!?

そもそもまだ店の営業時間なのになぜいるんだ!?

疑問は尽きないけどそんなことは一旦置いておこう。

今、この状況で俺がやるべき事は一つしかない。


「もしもし警察ですか?ロリコンが幼女を誘拐しようとしてるんですけど…」


「待て!何故ノータイムで育ての親を通報するんだ!?あと妙な言いがかりはやめろ!父さんはロリコンじゃないぞ!」


 容疑者が必死で弁明しているが、この状況でそんなこと信じれるか!

ロリコンの奴こそロリコンじゃないって否定すんだよ!

あれ?さっき俺もそう否定したような…?

まぁ今は俺の話はどうでもいいだろう。

このロリコンをどう裁くかの方が優先だ。


「じゃあ何で親父が由紀ちゃんを連れてるんだよ!

俺が納得する理由を言ってみろ!まぁ聞くだけだけどな」


 俺はいつでも通報できるようにスマホを握りしめつつ、我が親に問いかける。

身内を通報するのは心苦しいが、親父が過ちを犯す前に止めるのも身内の役目だろう。

これ以上不幸な被害者を出さないために、涙を飲んでここで俺が親父を止める!


「この子が一人でいるとこを見かけてな。話を聞いたら鈴香ちゃんのいとこって言ったから保護してたんだよ」


「いかにも嘘くせぇ理由だな。それだったらまずは俺とか鈴香に連絡するべきだろ!なに一緒に祭りを楽しんでんだよ!」


「いやぁ〜、そう思ったんだけどこの子を見てたら母性が湧いてきてな。ちょっと一緒に祭りをまわろっかな〜と思ってな」


「はいギルティ。もしもし警察ですか?育ての親がロリコンなんですけど…」


「だから親を犯罪者に仕立て上げるのはやめろ!」


 仕立て上げるもなにも正真正銘の誘拐未遂だろ!

実の息子に母性を発揮した事ないくせになにが母性だ、気色悪いんだよ!

そもそも親父に母性があるとは思えねぇよ!


「けんかしないで…」


 その時、由紀ちゃんのか細い声が聞こえてきた。

由紀ちゃんは怯えた様子で俺たちを見ている。


「違うんだ由紀ちゃん、これは親子のスキンシップみたいなものなんだよ。おい宏人、浴衣似合ってるな。いかにも背伸びしてる感じが出てて、普段は全く冴えないお前も浴衣のおかげで多少マシになってるぞ」


「その通りだ、俺たちは仲良し親子だぞ。親父の方こそそのお面、いいじゃないか。その汚い面とハゲを隠すにはもってこいだ」


「ぶっ・と・ば・す・ぞ♡」


「こっ・ち・の・セ・リ・フ・だ☆」


 怯える幼女に対して必死で仲良しアピール?をする秋元親子。

周りから見たらさぞ奇妙な光景に見えただろう。

この状況こそ通報されないか心配だ…


「それで由紀ちゃん、本当にこのハゲ親父に攫われたんじゃないのか?変なことされてないか?」


「おい!ハゲっていうんじゃない!由紀ちゃんに誤解されるだろ!」


「やかましい!今真面目に話してるんだから黙ってろ!あといい加減ハゲを認めろよ!」


 まったく…、さっきまでのシリアス展開はどこいったんだ。

クラスの男子どもといい親父といい、こいつらが出てきてからコメディー丸出しじゃねぇか。


「ううん…。おじさん、優しかったよ。おねえちゃんのところに連れてってあげるっていったから」


 俺からしたら優しい親父というのも逆に怪しいと思うのだが、由紀ちゃんの反応を見ると親父を庇っているように見える。

親父が洗脳した可能性も否定できないが…

だがここは情状酌量の余地ありの執行猶予扱いが妥当なところか。

おい、また由紀ちゃんと手を繋ごうとするんじゃない!

俺もまだ繋いでもらってないのにずるいぞ!


「とりあえず見つかって良かったよ。鈴香のやつすごく心配してたんだぞ」


「ごめんなさい…」


「それは鈴香に直接言おうな。きっと許してくれるから大丈夫だ。それに親父も一緒に謝らせるから心配しなくていいぞ」


 そう由紀ちゃんを宥めるが俺の心情としても罪悪感でいっぱいだ。

鈴香にあんな偉そうなことをいっておいて、まさか今回の事件が身内の犯行とは思いもしなかったからな…

鈴香にどう説明すればいいんだろう…

思ってもいなかった展開に憂鬱としながら、鈴香に電話をかけた。



「由紀!!」


「おねえちゃん!!」


 あの後、鈴香に連絡をしたらものの数分で鈴香が現れた。

俺と別れてからもだいぶ探し回ったみたいで、髪は乱れ肩で息をしている。

その姿に俺の心が痛む。


「よかった…。無事でよかった…」


「おねえちゃん、ごめんなさい…」


「由紀は悪くないわ。私の方こそ私の不注意で由紀を一人にしてごめんね」


 鈴香は由紀ちゃんを抱きしめながらそう呟いている。

感動の再会シーンで俺もホッと胸を撫で下ろす場面のはずなんだが、その原因が身内にあるという事実に申し訳なさしかない。

俺も今すぐ親父と土下座するべきだろうか…

すると、鈴香の姿に自分のしでかしたことの大きさを理解したのか親父が口を開いた。


「すまなかったな鈴香ちゃん。余計な心配かけちゃったみたいで。早く連絡するべきだったな…」


「いえ、元はと言えば私が由紀から目を離したのがいけないんですから。由紀を保護してくれてありがとうございます」


 鈴香には親父を処する権利はあると思うが、不問としてくれるみたいだ。

そう言ってもらえると俺も救われる。


「ところで鈴香ちゃんさえ良ければこの後も由紀ちゃんと一緒にうちで食事でもどうかな?」


「自重しろバカ親父!なに幼女と息子の同級生をナンパしてんだよ!」


 この親父、全く反省してねぇぞ!?

今からでも遅くない、やっぱり通報するべきか…?

いや、通報より帰ったらお袋にチクってやろう。

そっちの方が親父にはダメージが大きいはずだ。

明日から我が家に親父の居場所は無くなるだろう。


「ありがたい話ですけど、もう時間も遅いので由紀もいますから帰らないと…」


 時間を確認するともうそこそこ遅い時間でいつの間にか花火の音も聞こえなくなっていた。

周りを見ると帰路につく人が増えている。

そう言えば、杏達にも撤退命令を出さないといけないなぁ。

さすがにこの時間から集まるの厳しいだろうし。


「そうか、なら仕方ないな。じゃあ宏人、鈴香ちゃんと由紀ちゃんを送ってってやれ。夜に女の子二人だけじゃ危ないからな」


「誘拐未遂の容疑者のセリフではないけどな。じゃあ早く行くぞ。一刻も早くこの中年から由紀ちゃんを引き離さないと大変なことになるからな」


「宏人も由紀には近づけさせないからね」


「俺が由紀ちゃんの隣を歩く!お前がなんて言おうとそれだけは譲れねぇぞ!」


 だって俺はまだ由紀ちゃんと手を繋いでない。

親父だけに美味しい思いさせてたまるか!

俺は由紀ちゃんの隣をがっちりキープして歩き出した。

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