第34話 夏の一幕とメイドの意地悪

 

 ここは俺たちの他に誰もいない倉科家のプライベートビーチ。

他の人がいないとなると多少は騒いでも大丈夫だろう。

そう思うと開放感からかテンションは上がる一方だ。


「ひゃっほぉーー!!」


 俺は我先にと海に飛び込んでいく。

夏の暑さに火照った体が冷たい海水によって冷やされていく。

サウナの後の水風呂のような感覚でなんとも極上な気持ちよさだ。


「隙あり!」


「がはっっ!?」


 極上な感覚に浸っていた俺に向けて、海に飛び込んできた亮介りょうすけのボディアタックが炸裂した。

その衝撃に耐えきれず俺は顔から海に倒れ込む。


「亮介!てめぇ何しやがるんだ!?」


「おお!これは気持ち良いな」


「話を聞けよ!俺の至福の時を邪魔しやがって!」


「随分と隙だらけだったからな。海といったらこれが定番だろ?」


「そんな定番聞いたことねぇよ!?」


「随分ぼーっとしてたからな。海で油断は禁物だぞ。どんなとこに危険が潜んでいるか分からないんだからな」


「ほぅ…。そうだな、油断してたらいけないよな…」


「ぶふっ!?」


 調子に乗って言葉とは裏腹に勝ち誇り油断していた亮介をぶん投げる。

すると亮介はなんとも情けない声を上げて沈んでいく。


「なにすんだ!!いきなりぶん投げたら危ないだろ!」


「どの口が言ってやがる!それはこっちのセリフだ!」


「これはもう全面戦争だな。いつも通り、男なら拳で語るべきだろ?」


「上等だ!格の違いを見せてやるよ!」


 その言葉を皮切りに俺と亮介は互いを沈めようと力士の如く組み合った。

だが、実力は概ね互角だ。

ということはこの勝負の分かれ目は体力と精神力にある。

俺は集中力を極限まで高め、無我の境地に達する。

男の意地にかけてこの戦いだけは負けることは出来な…


「おい見ろよヒロ、あっちにセクシーなお姉さんがいるぞ」


「なにっっ!?」


「バカめ!隙ありだ!」


 俺が目を離した一瞬の隙をつき、亮介は俺を投げ飛ばした。

当然、セクシーなお姉さんなどいなかった。

というかプライベートビーチなんだからいるはずもない。

くそ!卑怯な真似しやがって…

そんなこと言われたら誰だって見てしまうだろ!


「はぁ…あんた達、海にまで来てもそんな感じなのね…」


 いつの間にか女子陣が近くに来ていて鈴香すずかが呆れた声でそう言った。

まずい、これでは鈴香の言う通りいつもの日常じゃないか。

亮介などにかまっている暇はない。

俺は女子とキャッキャウフフ楽しく水の掛け合いっこでもしたいんだ。

波打ち際ではしゃぎ、水着が波にさらわれるラッキースケベイベントがしたいんだ。

決して野郎と相撲をするために海に来たわけではない。


「よし!じゃあ早速遊ぶか!」


 俺は気持ちを切り替え、これから起きる青春イベントを楽しむべく気合を入れた。



 ーーーまず初めにスイカ割り。


「ヒロくん!まずは前に3歩行って!」


「よし任せろ!」


宏人ひろと!そこから2歩右よ」


「右だな!いちにっと」


「あっ、秋元くん。そこから2歩左で」


「ん?左?」


「ヒロ!そこから3歩後ろだ!スイカはそこにあるぞ、叩き割れ!」


「初期位置じゃねぇかよ!!俺で遊んでんじゃねぇ!叩き割るぞ、お前たちを!」


「上上下下右左右左で最後にAだ!」


「なんだAって!?俺に何の技を出させようとしてるんだ!?真面目に誘導しろ!」


 そんな意味不明な指示を受け、何とかスイカにたどり着いたり、


 ーーー続いてビーチバレー。


「お前ら、女子だからって手加減してもらえると思うなよ…。俺は勝負事は例え幼稚園児でも容赦しないぜ…」


「ふん。私の運動神経を舐めないことね。三田村さん、ここは一時休戦して協力しましょう」


「そうね。宏人に負けるのはなんか癪だし。あとでなに言われるか分からないわ」


「さて、いっちょ遊んでやるか…。だが残念ながら俺は生まれてから一度もビーチバレーで負けたことがないんだぜ…」


「あれ?ヒロ、ビーチバレー初めてって言ってなかったか?」


「だから負けたことないんだよ…」


「お、おう、そうか…。それでよくそんな大口叩けるな…。ある意味才能だわ」


「俺のセンスを持ってすればビーチバレーなんか簡単だ。さぁ、いくぞ!うりゃぁぁー!」


ーーパサッッ。


「「「………」」」


「ヒロ…。せめて相手コートまでは届かせてくれよ…。」


「無知め。今のはフォルトっていってもう一回サーブ打てるんだよ」


「無知はヒロだろ。それはテニスのルールでビーチバレーでは普通に失点だよ…」


そんな一幕がありつつ、ワイワイ騒ぎながらビーチバレーをしたり、


 ーーー最後に罰ゲームをかけた砂山崩し。


「次は俺だな…。よしセーフだ!」


「おい亮介!もっと男らしくガバッといけよ」


「人のこと言えないだろ。小指で撫でるように削ったヒロには言われないないな」


「はい、次は宏人ね。負けたら罰ゲームだから。この旅行中、全員に一生絶対服従だから」


「一生!?まてまて、この砂山崩しは人生がかかってるのか!?罰ゲームはもっと可愛いやつだっただろ!?」


「絶対服従…。そうなればヒロくんを思いのままに出来る…」


きょう、闇落ちするんじゃない!俺に何させるつもりだ!?」


「はいはい、早くしなさい。あと10秒でタイムオーバーだから」


「だからここぞとばかりに新ルール追加するのやめろ!くそっ、やってやるよ!」


ーーポトリ。


「ギャアァァーーー!!!」


「はい宏人の負けね。とりあえずこれからは私たちに敬語で話しなさいよ」


「いや待て!そうだ、今のは風で倒れたから無効だろ!もしくはお前らの悪意の渦で倒れたから認められねぇ!」


 ゴネ散らかして最終的には必殺土下座でなんとか奴隷落ちを免れたり、そんなことをしてに俺たちは海を満喫した。

幸か不幸かラッキースケベイベントが起こらなかったのが残念だが仕方ない。

実際に起こってもどう対処すればいいか分からないからな。

しかしやっぱり気を許した友達とこうやって遊ぶのは楽しいな。

こんな関係がいつまでも続いていけばいいと思う。

まさか海まで来て土下座するとは思わなかったけど…



 その日の夜。

海を満喫し尽くした俺たちは当初の予定であるバーベキューの準備をしていた。

といっても久保田さんが先立って食材の下準備やバーベキュー用品の設置などをしてくれていたからそうやることもない。

せいぜい皿を出したりする程度だ。

それも終わり、早速バーベキューが行われる。

そこにあるのはしっかり下準備された肉に綺麗に切られた野菜、おまけに新鮮なエビやイカなどの魚介類まである。


「ではさっそく始めましょう」


 そう言ってさゆりさんは食材を手際よく網に乗せていく。

すると、網に乗せられた食材がジュっと音を立て、色が変わるにつれてなんとも香ばしい匂いが漂ってくる。


「こんなの絶対うまいだろ!?」


 見ただけでそう確信出来るほどの光景だ。

バーベキューというだけで満足なのに、それに加えて豪華な食材も用意されていてまさに贅沢の極みだ。


「皆さま、焼きあがりましたよ」


 さゆりさんがそう言って次々に盛り付けられた皿を配り始める。

ぱっと見焼き加減も絶妙でさゆりさんのスペックの高さに感心してしまう。

日々メイドという業務をこなしていたらやはり料理や家事なども上達していくのだろう。

そこで俺はふと思う。

ここまで何から何までさゆりさんの世話になっていて申し訳ない。

さゆりさんだって夕食はまだだろうし、せめて出来ることくらいは手伝うべきだろう。


「焼くの変わりますからさゆりさんも食べてください」


「いえ、大丈夫です。これが私の仕事ですから。さぁ、秋元さまもたくさん食べてください」


 俺の提案をさゆりさんはきっぱり拒否する。

俺としては少しくらい手伝わしてくれたら気持ちも楽になるのだけど、ここであまり粘っても仕方がない。

メイドとしてのこだわりなどがあるのかもしれないし。

まだ手伝う機会はあるだろうし別のことを手伝えばいいだろう。


「じゃあお言葉に甘えていただきます」


そう自分を納得させて差し出された皿を見た俺は固まった。

受け取った皿の上にはこんがり焼け上がった食材が盛り付けられている。

見た目はものすごくうまそうだし、焼き加減も申し分ない。

だが、問題なのはその皿の上に野菜だけでバーベキューのメインともいえる肉や魚介類は一切入っていなかった。

チラリと周りを見ると、他のやつの皿には肉はもちろん魚介類、野菜ともにバランス良く盛り付けられていた。


『さゆりさんは俺のことベジタリアンとでも思ってるのか!?』


 当然、俺はベジタリアンでもなければ宗教的に肉や魚介類を食べてはいけないわけでもない。

俺の家は仏壇もあるゴリゴリの仏教だ。

別に野菜が嫌いというわけじゃないから別にいいんだけど、流石に俺も育ち盛りだから肉や魚介類も食べたい。

もちろん食材は十分に用意されていて足らなくなることはまず無いと思う。

まだバーベキューも始まったばかりだから尚更だ。


「……」


 しかし、あれだけ俺たちのために働いてくれたさゆりさんに文句を言うのは気が引ける。

さゆりさんも満足に食べていないのに何もしてない俺が出されたものに文句をつけるなんて図々しすぎるし。

諦めてとりあえずは山盛りの野菜を食べようとしたとき、


「もう!さゆりさん。ヒロくんにいじわるしないの!」


 立ち尽くす俺を見た杏がさゆりさんを叱るようにそう言った。


「申し訳ございません。うっかりしてました。こちらをどうぞ」


「いえ…、ありがとうございます」


 さゆりさんは俺に一言謝罪して、新たな皿を差し出した。

今度は野菜だけではなく、いろんな食材が盛り付けられていた。


 しかし杏の言った一言が俺の頭に残った。

さゆりさんが俺に"いじわる"をしていたのか?

だとしたらそうする理由はなんだ?

確かにこの状況からさゆりさん自身はうっかりと言っていたがそれは少し考えにくい。

朝から俺を警戒するような視線は感じていたが、それは引率者という立場から俺たちをよく監視してないといけないからだと思っていた。


ーーーだが、何か別の理由があるとしたら…


 何か理由があって俺を警戒していたりいじわるをしたと考えるとさゆりさんの一連の行動にも納得がいく。

その理由は身に覚えはないんだけど…


「あれ、ヒロ食わないのか?じゃあ俺がもらってやるよ」


「やめろバカ!」


 俺はその疑問にフタをして亮介からの強奪を防ぎながら食べ始める。

とりあえず手遅れかもしれないが、これ以上警戒されないように大人しくしておこう…




 バーベキューを終え、予定していた今日のイベントは全て終了した。

俺は風呂上がりの火照った体を冷ますため一人で外に出て、ベンチに座り一息ついていた。

辺りは日が落ち、すっかりと暗くなっており静かな波の音と虫のなく声が響いている。

そして、ふと空を見上げれば満天の星空がある。

星座の種類とかは分からないけど、こうして見ているだけで穏やかな気持ちになってくるから不思議なものだ。

昼間とはまた違う夏らしさがあり、これら全ても夏らしくおもむきのある一幕だ。

今、この場においてこの景色や状況を一人で独占していると思うとなんとも贅沢だなと思っていると、俺の心中を察したかのように背後からザッザッと足音が聞こえた。

誰か来たと思い振り返ると意外な人物がいた。


「秋元さま。少しよろしいでしょうか?」


 そこにはさゆりさんの姿があった。


「はい。何か手伝うことでもありますか?」


 今日一日ロクに手伝いもしてこなかったからやっとその後ろ暗さを晴らせると期待して返事をしたが、


「いえ、そうではありません」


 俺の言葉をさゆりさんはきっぱり否定する。

どうやら俺の期待は外れたみたいだ。

だが、わざわざ外に出て俺のところまで来たのだから何か大事なことがあるのだろう。

さゆりさんは少し言いたいことを纏めているかのように考えている仕草を見せる。


「単刀直入に申しますと…」


 さゆりさんの視線が俺に向けられる。

俺はその真っ直ぐな視線の中に含まれる感情を察して身構えてしまう。

少なくとも楽しい話をするような感じではない。



「あなたは杏さま…いえ、"杏"のことをどう思っているのですか?」



 さゆりさんの質問は俺が未だに答えを出せていないことだった。

そう問いかけてきたさゆりさんの視線には朝と同じ警戒に加えて、敵意も含まれているように感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る