第33話 男の性(さが)


 夏といえば何を思い浮かべるだろう?

最もメジャーで誰しもが思い浮かべるのは間違いなく海だろう。

海というのはなんだか特別なような気がする。

海水浴というのはこの時期にしか出来ないし、夏の暑さの中で海に入るあの気持ち良さは夏にしか味わえない…



ーーーそんなことはどうだっていい!!



 そして海といえばと問われた時、真っ先に出てくるのはやっぱり女子の水着だ。

思春期真っ只中の男子高校生で女子の水着に興味がない奴はいるだろうか。いや、いない(反語)

かく言う俺も例に漏れず女子の水着姿には興味がある。というか興味しかない。

学校の授業でも水泳の科目はあるのだが、基本男女別で行っており見えるにしても遠目で且つ学校指定の水着だから魅力は半減だ。

それでも見るものは見るんだけど…


 しかも今回の女子メンバーは高校でも指折りの綺麗どころが集まっている。

きょうは学校でも有名になる程の美少女だし、鈴香すずかも男子からの人気が高い。

真帆まほさんも日立高校三大美女に数えられるほどの人だ。

よくもまぁここまでのメンツが集まったものだ。

クラスの男子どもが知ったら血の涙を流し悔しがるだろう。

そして報復としてベルト固めコースになることは想像に難くない。


 杏は『期待してね』と俺に言った。

実は元々期待しているだけどその言葉に俺の期待は膨れるばかりだ。

体の一部が膨れて前屈みにならないか心配まである。

…まぁ冗談は置いといて、そんな期待をしつつ俺はビーチに向かった。



 ザバァーとリズム良く聞こえる波の音にむせ返るほどに感じる潮の香り。

それを全身で感じつつ、俺は着替えに行った女子達をまだかまだかと待っていた。


「あいつら遅いな…」


「おいヒロ」


 まぁ女子にはいろいろ準備があるんだろう。

だが、そう分かっていても期待している分、こう焦らされるとどうしてもソワソワとしてしまう。


「いや、クールいくべきだな。あくまで自然に振る舞うべきだ…」


「おいヒロ。聞いてんのか?」


 あまり不躾に見過ぎても女子としてはいい気持ちではないだろう。

ここは余裕を持ってあたかも期待してしない感じでいくべきだ。

よし、とりあえずの方針は決まったな。


「ここはひとつ心を落ち着けるために貝殻でも集めるか…」


「おいヒロ!お前も手伝えよ!」


 亮介がビーチシートとパラソルを設置しながら文句を垂れる。

一足先に着替えを終えた俺と亮介りょうすけは諸々の準備に勤しんでいた。

今日は燦々さんさんと日差しが照り込む真夏日だ。

そんな中で遊ぶとなると当然日陰で休憩する場所が必要となる。

だから先に着替えを終えた俺と亮介がパラソルなどを準備している。


「どうせヒロのことだから女子の水着のことでも考えてたんだろ」


「うっ…」


 見事に図星を突かれ口籠ってしまう。

でも言われっぱなしは癪だから反論する。


「お前は期待しないというのか!?こんな綺麗どころが集まってるのに」


「俺は真帆以外は興味ないな」


「嘘つけ!思春期男子高校生は誰の水着であろうと興味があるもんだろ!違うとは言わせないぞ!もしそうならお前に青春を送る権利はない!母ちゃんの腹の中からやり直して青春とはなんたるかを学び直してこい!大体お前は…」


「分かった分かった!ヒロの必死さが怖いよ…」


 亮介が呆れたようにそう呟いた。

素直に期待してると言えばいいものを…

このムッツリ野郎にも困ったものだ。


「ってかヒロには倉科さんがいるだろ。あまり他の子ばかり気にしてると嫌われるぞ」


 それもそうだ。

亮介は俺と杏の契約については知らないはずだからその意見も出るのだろう。

正直俺は契約上、周りに杏と付き合っているように振る舞っているけど、恋人という認識は薄い。

だが、それも仕方ないと思う。

だって俺は杏への恋愛感情は今のところないのだから。


「も、もちろん杏の水着は一番期待してるぞ。ただ、それでも女子の水着を見てしまうのは男の性であって…」


「ヒロくん。待たせてごめんなさい」


 その時、待ち望んだ声が聞こえた。

その瞬間、俺の体は強張ってしまうが持ち直す。


「おう。杏」


 どうやら最初にやって来たのは杏みたいだ。

俺は浮かれる気持ちをなんとか抑えつつ、冷静を装い振り返るとーーー俺は言葉を無くした。


 杏の水着は色白の肌に溶け込むかのような白いビキニだった。

そして水着に隠された豊かな胸とキュッと引き締まった腰のくびれ、そして細くしなやかな足。

そして水着の色と対照的な黒く長い髪が風でサラサラと舞いただただ美しかった。

まるでモデル雑誌から飛び出てきたような、いやモデル顔負けのスタイルの美少女がそこにはいた。


「どうかしら?」


 茫然と言葉が出ない俺に杏が問いかける。

その表情には俺がどう感じているのか期待と不安が混ざっていた。


「すごい似合ってるよ。人並みの感想で申し訳ないけど本当に綺麗だと思う」


 俺は何とか感想を口にする。

ありきたりな言葉しか出てこない自分の語彙力の低さが恨めしい。

ここで気の利いた一言でも言えれば杏も喜ぶと思うのに。

だが、今の杏の姿はそれ以外出てこない。

どんなに場数を踏んだ男でも魅入られ言葉を無くす、そんな魅力が杏にはあると思った。


「良かった!ヒロくんにそう言ってもらうためにたくさん悩んだ甲斐があったわ」


 だが、俺のそんな普通の感想を聞いて杏は一瞬ホッとした表情を浮かべ微笑む。

どうやら俺の普通の感想でも杏は嬉しく思ってくれるようだ。

こんな美少女が俺のために考えて選んでくれ、ありきたりな感想でも喜んでくれるなんて俺は幸せものだなと思う。

どうやら俺は前世で相当な徳を積んできたらしい。


「さぁ、早く遊びにいきましょ!」


「ナチュラルに私たちのこと置いてくのやめてくれる?」


 杏に目を奪われて気がつかなかったが、鈴香達も着替えを終えてやって来ていた。

俺は声のした方を振り返るとーーーまたしても言葉を失う。


 鈴香の水着は淡い黄緑のパステルカラーの水着だ。

すらりと長い足に普段は制服の中に隠されている思ったより大きな胸。

杏に負けず劣らずのスタイルの良さを全面に出している。

普段は男友達みたいなノリで話しているせいかあまりピンとこなかったけど、こう見ると鈴香も相当可愛い女の子なんだなと思う。


「ちょっと宏人ひろと、あまりジロジロ見ないでよ…」


 顔を赤らめモジモジと恥じらう姿を見てサッと視線を逸らす。

危なかった…。鈴香に言われなかったら永遠に凝視しているとこだった…


「そうか…、鈴香も女の子だったんだなぁ…」


「どうゆう意味よ!」


「悪口じゃないぞ。鈴香の新たな魅力に気づいたってことだからな」


「そ、そう…。なら許してあげるわ」


 普段通りの軽口を言って平静を取り戻す。

杏が不満そうな顔でこっちを見てくるが俺の心の平穏のためここは勘弁してくれ。

まったく…、意外なとこでドキドキさせないでほしい。

古今東西、男子というものは女子の思ってもみない女性らしさに惚れるものだ。

危うく鈴香に惚れるとこだった…、いや俺じゃなかったら惚れているところだ。


「真帆も似合ってるじゃないか!可愛いぞ」


「ありがと…。けどあの二人とは並びたくないなぁ…」


「大丈夫、大丈夫!真帆も負けてないって」


 そんな俺を他所に亮介と真帆さんが仲睦まじく話をしている。

俺も亮介の意見に同意だ。

真帆さんだってスタイルは二人に劣るかもしれないが、それでもかなりレベルが高い。

ワンピースタイプの水着にフリルがあしらわれており、なんとも可愛らしい。

是非とも写真にでも収めておきたいものだ。

…そんなことしたら亮介に八つ裂きにされるからしないけど。


「皆さま準備が終わったようですね」


 最後に久保田さんがやってきた。

ちなみに服装は水着ではなく、さっきと同様の格好だ。

お目付役なので当然とも言えるが少し残念だ。


「では私は夜の下準備をして来ますので、何かありましたらお声掛けください」


 そう言って久保田さんは足早に別荘の方に戻って行った。

夜の準備というのは今日行う予定のバーベキューのことだろう。

俺たちのために準備してくれるのに当の本人達は遊んでいるのはなんだか申し訳なく感じる。


「なぁ杏。俺たちも手伝いに行った方がいいんじゃないか?」


「大丈夫だと思うわ。私たちのサポートのためにさゆりさんがいるんだし。それにさゆりさんの料理の腕は本物よ。私たちが手伝った方が逆に時間がかかる恐れすらあるわ」


 久保田さんは相当な腕前らしい。

俺も料理が得意なわけじゃないし、他のメンツも得意という話は聞いたことがない。

まぁ、バーベキューの準備なんてそんなに難しいとは思わないけど、下手に手を出して台無しにするよりもここはプロに任せた方がいい。


「じゃあお言葉に甘えて、俺たちは遊ぶか」


 久保田さんには悪いが、ここは準備は任せて思いっきり遊ばしてもらおう。

その分、後で出来ることを手伝えばいいだろう。

そう納得して、俺たちは待望の青く輝く海に突撃していった。

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