第30話 勉強会2日目


 勉強会二日目。

その日も朝から俺たちは課題に勤しんでいた。

友人たちと勉強会なんて和気あいあいと楽しく進んでいくと大抵の人が思っているのだろうが、


「バカ宏人ひろと!あんた何回言ったら分かるのよ!」


「バカですいません…。むしろ生まれてきてごめんなさい…」


 鈴香すずかの怒声がリビングに響き渡る。

現在、俺は鈴香に数学の課題を教えてもらっている最中なのだが俺の覚えが悪いせいで鈴香が大変おかんむりだ。


 鈴香の教え方はスパルタである。

ただ答えだけを教えるような甘いことはせずに、俺が解き方などを理解するまで徹底的に教えてくる。

まぁ、それは去年もそうだったから分かっていたことなんだけど。


 チラリと亮介りょうすけの方を見ると、佳純かすみに教えている最中だった。

どうやらこいつは俺に教えるつもりは一切ないらしい。

この裏切り者が…


「……」


 もう一人の教え役のきょうは頭を抱えてうなだれていた。

当初、杏は俺に教えると息巻いていたが、俺のあまりの出来なさにどう教えたらいいか行き詰まったようだ。

どうやら杏は俺の学力を甘く見ていたらしい。悪い意味で…

『俺を甘く見るなよ?お前の想像に収まる男じゃないぜ?』

そうカッコつけてみたが悲しくなるからやめよう…


「だからここは、この公式を使うんだって!問題をよく読みなさいよ!」


 さらに鈴香の声が響く。

これがクラスの男子どもだったらご褒美などとアホなことを言うだろうけど、あいにく俺はそんな特殊性癖を持っていない。

まぁ、鈴香も俺のことを考えて教えてくれているし、実際に俺の覚えが悪いから叱咤されることは仕方ないのだけど。

大体、因数分解とか三角関数とか社会に出て使うのか?

もっと教えるべきことがあるんじゃないのかと愚痴も言いたくなる。


「ひろくん……」


 杏は杏で哀しむような呆れるような視線を俺に向けてくる。

その視線は『そんな問題もできないのか…』『どこまで頭が残念なんだ』と語っている気がする。

そうゆう視線が一番心にくるからやめてくれ…


「ちょっと!ちゃんと聞いてるの!?」


 俺がそんなことを考えているとさらに鈴香の怒声が上がる。

いかん、いかん。教えてもらっている以上、他ごとを考えている暇はない。

覚えが悪い上に不真面目なんて鈴香たちに申し訳なさすぎる。


「悪い。次こそは理解するからもう一回教えてくれ。鈴香だけが頼りなんだ」


 俺は誠意を込めて頼んだ。

迷惑をかけている以上、誠意を込めて頼むのは当たり前のことだろう。

それに杏がリタイヤした今、鈴香しか頼れる相手はいない。


「そ、そう。そこまで言うんなら教えてあげる。次はちゃんと理解しなさいよ。えっと、ここはね…」


 そう言って鈴香は再度、丁寧に教えてくれた。

その結果、なんとか理解し課題を進めることができた。



「終わったーー!!」


 鈴香のおかげでなんとか数学の課題を終わらせることに成功した。

鈴香の丁寧な教え方もあり、レベルアップの音が聞こえそうなくらい理解できた気がする。


「お疲れ様。宏人にしては頑張ったわね」


「おう、ありがとうな。本当に感謝してるよ」


 去年に続き、今年も勉強を教えてもらって鈴香には頭が上がらないなぁ。

勉強に限らず、他のことでも鈴香には世話になってるけど。


「まだ課題は残ってるんだからそのセリフは全部終わってからにしてよね」


 それもそうだ。

鈴香の協力もあって課題も順調に進んでいるけど、まだようやく半分といったところだ。

今後も鈴香に頼ることも多くあることだろう。


「分かってるよ。また頼む」


 鈴香は少し呆れた様子だったが、笑みを浮かべて俺の言葉に答えていた。

その様子から嫌がっているようには見えない。

鈴香からしたら俺に教えることにメリットは何も無いのにこうして俺を助けてくれる。


 その理由は“友達“だからだろう。

まったく、本当にいい友達を持ったと思う。

この関係を大切にしていかないといけない。

そしてこの関係がずっと続いていけば嬉しいと心から思う。


「おっ、やっと終わったか!ヒロもホント覚え悪いな。なんでうちの高校に受かったんだ?裏口入学か?」


 亮介が待ちくたびれた様子でそう言ってきた。

こいつとはそろそろ縁を切ろうかな…

俺だって奇跡だと自覚してるから改めて言うんじゃねぇ…


「お前は少しは鈴香を見習え!見ろ、なんの見返りも求めず聖母の如く振る舞う姿を!」


「教えられる奴のセリフじゃないだろ…。それに鈴香も何も考えてない訳じゃ無いだろうし」


「黙って!亮介黙りなさい!」


 鈴香が慌てて言葉を遮る。

そんな焦っている姿を見ると、何かあるみたいに勘ぐってしまう。

すると、慌てた鈴香と目があった。


「べ、別に宏人のためじゃないんだからね!全部自分のためなんだから!勘違いしないでよね!」


 鈴香は謎のツンデレムーブを決めてそう言った。

なんだよ自分の為って…、やっぱり見返りが目的なのか!?

まぁ、見返りと言っても鈴香のことだからクレープ奢れとか、唐揚げ寄越せとかの食い意地の張ったことだろう。

そのぐらいだったらお礼としても妥当だ。


「明日は私もヒロくんが理解できるように頑張るから!幼稚園児でも分かるくらい丁寧に教えるから!」


 杏がそう声を上げた。

そう言ってくれるのはありがたいんだけど、流石に俺の知能は幼稚園児並みじゃないと思うのだけど。

流石にそうだよね…?




 その日もかなり課題を進めた。

そして昨日と同じく親父たちと夕飯を食べ、また勉強に勤しみ就寝の時間になる。


「明日で課題も終わりそうだな」


「やっとだな。」


 今日も鈴香や杏のおかげでそれなりに課題を終わらせることができた。

このペースだったら明日にはすべての課題を終わらせることが出来るだろう。

そうなれば、なんの憂いもなく夏休みを満喫することが出来る。

楽しい楽しい夏休みの開幕だ。


「ヒロは今年の夏休みは何をする予定なんだ?」


 亮介の言葉に俺は考える。

やりたいことならいくらでもある。

花火、バーベキュー、海、夏祭りなど挙げ出したらキリがない。

だけど、俺は何をやるかより大事なことがあると思っている。


「何やるにしても、お前らと一緒に過ごせたらそれだけで楽しいんだろうな」


 俺は何をするかより誰とするかの方が大切だと思っている。

仲の良い奴と過ごせば何をやっても楽しいだろうし、いくら楽しいことをするにしても気の遣う相手と一緒なら楽しさは半減するだろう。

俺の場合は亮介や鈴香、それに杏がそうゆう相手だと思っている。


「おお!ヒロがデレ始めたぞ。明日は雪か?」


「明日は真夏日だよ!小っ恥ずかしいこと言ってる自覚はあるからイジるんじゃねぇ!」


 言うんじゃなかった…

くそ、俺としたことが!こんなこと言ったら亮介が茶化してくることなんて分かりきっているのに。


「まぁ、その考えは俺も同感だけどな。ヒロたちと過ごせれば楽しい夏休みになるんだろうな」


 亮介も俺と同じことを考えていたのか俺の意見に賛同した。

そう言ってくれることが嬉しく感じる。


「ほんとお前たちは俺にはもったいないくらいな友達だよ」


 俺が何気なくそう呟くと、亮介の表情が曇ったように感じた。  


「前から思ってたけど、ヒロって自己評価が意外と低いよな。普段はバカ丸出しのくせに」


 亮介は呆れた様子でそう言った。

その言葉に俺はドキッとした。 


「…まぁ、そうかもしれないな」


 恥ずかしくて面と向かっては言えないけど、亮介や鈴香は本当にいい奴だ。

それは、これまで一緒に過ごしてきた時間でそれは痛いほど感じている。

杏も過ごしてきた時間こそ二人より少ないが、二人と同じ感情を俺は持っている。

こいつらは俺にはない魅力を持っていて、誰からも好かれるような人間だ。

そんな奴らが何故なんの取り柄もない俺と一緒にいてくれるのかと考えたことは少なからずあった。


 要は俺は自分に自信がないのだ。

杏からの好意を素直に受けられないのもそれが原因なところもある。

もちろん杏への恋愛感情がはっきりしてないのもそうだけど、俺は人から好かれるような人間だと思わないのもひとつの理由だ。

だから杏からの偽りのない好意を伝えられた時も正直、ピンとこなかった部分もある。


「…あまり俺が首を突っ込むつもりはなかったんだけど…」


 亮介は『はぁ』と俺に見せつけるようにため息を吐いて言葉を続ける。


鈴香すずか倉科くらしなさんもヒロのことをよく思ってないとこんな真面目に教えてくれないと思うぞ。よく思われてるっていうことはヒロが気付いてないだけでヒロにも魅力があるってことだろ」


「もちろん俺だって普通の奴とはここまでつるまない。ヒロには俺にはない長所があると思ってるからな」


 確かに亮介はその性格などから誰からも好かれているけど、こいつは誰とでも仲良くしているわけではない。

俺や鈴香などの特定の人間と仲良くしていて、他の人とは雰囲気が悪くならないよう話しつつも一線引いている印象だ。

そんな亮介が俺とこれまでつるんできた理由。

その理由は俺自身には分からない。


「亮介が思う俺の長所って何だと思う?」


 分からないから俺は素直に聞くことにした。

頭の悪い俺には分からないだろうし、こうゆう事は自分では気づかないとこもあるだろう。


「そうだな…。例えば、付き合いきれないほどのお調子者のこととか恥知らずのこととか全てノリで生きているとことか…」


 亮介から出てくることはとても長所とは思えないことばかりだった。

えっ?お前こんな風に思ってたのか…


「けどやっぱり一番すごいと思うことは、自分の意思を貫くところだと思うぞ。なんだかんだ言って筋は通ってるしと思うしその結果、鈴香とか倉科さんを助けた訳だしな」


 確かに俺の行動理念はそれだ。

自分の意思で納得したことをやろうと思っている。

そうじゃないと後悔すると思うし、他のやつのそう言った姿を見るのも納得できない。

だが、裏を返せば自分勝手に行動していることだとも感じている。

自分の勝手な価値観で行動し、それを人にも押し付けているようなものだ。

だから、そこは自分の長所でも何でもないと思っていたのだけど…


「そうか…、そうだったんだな…」


「そうだ。あんまり俺の"友達"を舐めてくれるなよ」


 俺はなんだかんだ亮介のことを信頼しているし、こうゆう時に変に嘘をつくような奴ではない。

そんな亮介がそう言うのであればそうなんだろうと思う。

そうゆうことを言えるのも亮介の魅力なのだろう。

そして、亮介からそう言われたことが素直に嬉しかった。

それにしても自分で気づいてないからか…

自分の鈍感さは自覚しているから気づいてないのも頷ける。


「だからヒロはもっと自信を持って自分の思った通り行動すればいいんだよ。どうせバカなんだから難しいこと分からないだろうしな」


 亮介に面と向かって言われて少しは自分に自信が持てる気がする。

一言余計なのはいつものことだけどな。


「そんなヒロにもうひとつだけアドバイスをやろう」


 亮介はビシッと俺に指を向けてしたり顔で続けた。


「ヒロは自信を持ってもう少し視野を広げてみろよ。自分に自信を持てば分かることもある。ヒロの鈍感も多少は良くなるだろ」


 いまいち亮介のアドバイスの意図は分からなかったが、こいつが言うからには意味のあることなのだろう。


「分かった。頑張ってみるよ」


「よろしい。まぁ、ヒロには難しいと思うけどな。なんたってヒロの鈍感さは筋金入りだから地球が滅びでもしないと治らないからな」


「お前は俺をバカにしないと会話できないのか!?」


「バカにしてるつもりはない。ただ俺は偽りのない事実を言ってるだけだぞ」


「それをバカにしてるって言うんだよ!もういいから早く寝るぞ。明日もあるんだから」


 そう言って俺は部屋の明かりを消した。


『まったく…、本当にいい友達を持ったな』


 こうやって真剣にアドバイスをくれる友達はなかなかいないだろう。

だからこそ俺は亮介から言われたことを受け止めて実践しないといけないだろう。

そうでないと亮介に対して失礼だし、こんな俺と友達になってくれた鈴香や杏に申し訳ない。

それに今日の亮介との話が何かを変えるきっかけになる気がする。

というかここまで言われて変わらなかったらあいつらの“友達“として情けない。


 これからは自分に自信を持って日々を過ごそう。

そうなれば亮介が言ったように分かることがあるかもしれない。

そして俺自身が少しずつでも変わっていけば、答えを見つけることが出来るかもしれない。


 そう決心して俺は眠りについた。

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