第28話 策略


 夏休み初日、前から話をしていた通り今日から俺、きょう鈴香すずか亮介りょうすけの四人で勉強会をする予定だ。

親父達にその旨を言ったら、「まじ!?みんな来るの!?いいよいいよ!なんなら住んでもいいよ!」というありがたくも気持ち悪い返事をもらったから、好きにしよう。


 ちなみに今回の勉強会には亮介の彼女である真帆まほさんは不参加だ。

一応亮介が誘ってみたんだけど、真帆さんは一人で勉強する方がいいらしく断られたらしい。

俺としては真帆さんには醜態しゅうたいしか見せてないから少しでも挽回する機会が欲しいと思っていたから残念だ。

もしかして俺がいるから断った訳じゃないよね…?


 それにしても、真帆さんからしたら彼氏が他の女子と勉強会をするのによく許してくれたな。

それについて亮介に聞いてみたら、『あいつもいろいろ察してたからな。そこは心配してないぞ』、というよく分からない返答をされた。

まぁ、真帆さんが許してくれているのだったら問題ないのだろうし、俺が口を出すことでもない。


 そして今、俺は自宅のリビングで杏達を待っているのだが、妹の佳純かすみがソワソワと髪を弄ったり、身なりの確認をこれでもかというくらい念入りにしている。


「なぁ、佳純。少しは落ち着けよ…」


「話しかけないで」


 我が愛しの妹はとことん兄と会話するつもりはないらしい。

佳純と普通に会話したのはいつだろうと考えてみて思い出せないことに絶望した。


 といってもなぜ佳純がソワソワとしているのかは大体察しが付いている。

鈴香と亮介が来るのが楽しみなんだろう。

佳純は鈴香と亮介のことをとても気に入っている。

去年、こうして家に集まった時に意気投合して、特に鈴香のことは姉のように慕っている。

結構頻繁に連絡をとっているという話しも聞いているぐらいだ。

反抗期の妹をここまで手懐けるなんて…、後でコツでも聞いてみよう。


 亮介も無駄に高いコミュ力と無駄にいい外見もあってか佳純から好かれている。

なんなら異性として好意を向けている様子だ。

亮介のやつ…。俺の可愛い妹を籠絡ろうらくするなんて…、埋めるか…。

とはいえ、亮介にはもう彼女いるから妹の恋は今のところは叶うこともないだろう。

亮介のやつ…。俺の可愛い妹を悲しませるなんて…沈めるか…。


 佳純は多分、鈴香や亮介に自分も勉強を教えてもらおうという算段だろう。

佳純の勉強道具がリビングに用意してあるし。

まぁ、佳純も今年受験だからいい機会だ。

まずは兄に頼って欲しいんだけどなぁ…、教えれる気がしないけど。

そう考えていると、ピンポンとインターホンが鳴る音が聞こえた。

どうやら誰かが到着したみたいだ。


「ちょっと!?まだ心の準備が…」


 佳純はインターホンが鳴った瞬間、ビクッと体を跳ねさせ狼狽うろえたように言った。

あいつらと会うだけなのに心の準備も何もないだろうに。

俺は焦る佳純を尻目に玄関に向かい扉を開ける。


「ヒロくん、こんにちは。」


 そこには杏が立っていた。

どうやら杏が一番乗りのようだ。


「おう!とりあえず上がってくれ。まだ鈴香と亮介は来てないけど」


「お邪魔します」


 俺はそう言って家の中に招き入れると、杏はカラカラと音を鳴らして家の中に入ってきた。


……んっ?カラカラ?なんの音だ?


 俺は疑問を感じて杏の方を見ると、その姿に違和感を感じた。

というかおかしいところは一目瞭然だし、とてつもなく嫌な予感がする。


「あの…杏さん?その荷物はなんですか?」


 思わず敬語になってしまった。

課題をやるだけなら持ち物なんてたかが知れている。

せいぜい学校に持っていっているカバンて事足りるだろうが、杏はカラカラと音を立ててキャリーケースを引いている。

勉強をやるだけなら明らかにおかしい量の荷物なのだ。

そして俺の嫌な予感は当たってしまう。


「何って、勉強道具とお泊りセットよ」


「まてまて!?もしかしてお前、泊まっていくつもりなのか!?」


「もちろんそのつもりだけど?」


 そんな話聞いてないぞ!?

確かに亮介は去年同じく泊まると言っていたけど、杏と鈴香は何も言ってこなかった。

だからてっきり女子は一日置きに帰るものだと思ってた。

というか、実家とはいえ男の家に泊まるなんてよろしくないだろ!?

普通に考えて、男女が一緒に泊まるってことが倫理的にアウトだろう。

そしてキャリーケースで持ってくるんじゃない!!

なに旅行気分で俺の家来てんだよ!?


「お前…親父さん達には言ったのか?」


「そこはちゃんと言ってあるわ。楽しんできなさいって言われたわ」


 すげぇな親父さん…

娘が男の家に泊まるっていうのにそれを許可するのか…

俺が親だったら縋り付いてでも止めるぞ。


「と言ってもなぁ…。親父達、許してくれるかなぁ…?」


 俺も両親に亮介が泊まるとしか言ってない。

女子が泊まるとなったらあの狂った親父達も流石に許さないんじゃないか?

普通の考えなら許してくれないだろう。

うちの親は狂っているから断言できないところが悲しいけど…


「私がヒロくんのご両親に話をするから大丈夫よ」


 何が大丈夫か知らないが、そこの判断は親父達に任せるとしよう。

杏が泊まったところで何かいかがわしいことをするわけでもないし。


「じゃあとりあえずリビング行くぞ。ほらキャリーケース持ってやるから」


 そう言って杏をリビングまで案内する。

もうボチボチ集合時間になるから亮介と鈴香もそろそろやって来る頃だ。

そして杏を連れてリビングに入っると、俺達の姿を見た佳純はポカンとした表情を浮かべていた。

そうか、佳純には杏が来ると言ってなかったし、初対面だからこうゆう反応にもなるか。


「ほら佳純。挨拶しろ」


「…秋元佳純です」


 佳純は俺の言葉を素直に聞くくらい驚いている様子だ。

別に佳純は人見知りというわけでは無いと思うけどいきなり知らない奴が入ってきたら驚きもするか。


「初めまして。お兄さんとお付き合いさせてもらっている倉科杏です。佳純さん、これからよろしくね」


「倉科…。ああ、あの契約の…」


 佳純は思い出したようだ。

佳純は杏とは初対面だけど、あの契約については知っている。

親父達を問い詰めた時に一緒にいたからな。


「この愚兄になにか変なことされてないですか?」


 反抗期の妹はとことん兄のことを疑うらしい。

最初に聞くことがそれかよ…

してねぇよ!なんなら俺が命の危機に晒されたわ!デッドボールされかけたわ!


「…そ、そんなことないわよ。お兄さんはとっても優しい人だから」


「どうやら催眠術にかかっているみたいですね…。なんだったら私が通報しましょうか?」


 どこまで疑うんだこの妹は…

催眠術という突飛な発想が出てくるくらい佳純の中で兄が悪なのは確定しているらしい。

兄のこと疑いすぎだろ…


「本当に何もないわよ。それに私はヒロくんに何をされてもいいわ。それくらいお兄さんのことが大好きだから」


 そんなことを妹に言われて恥ずかしくて死にそうになる。

そう言われて決して嫌ではないし、嬉しく思うんだけど時と場所を考えてくれ…


「そうですか…」


 杏がそう言うと佳純はなんとか納得してくれたようだ。

そこで俺は佳純に言っておかないといけない事を思い出す。


「佳純。契約のことだけど亮介には言うなよ」


 契約内容では家族以外に契約を知られてはいけないから釘を刺しておかないといけない。

ポロっと話でもしたら大変だし、またややこしいことになるからな。


「鈴香さんにはいいの?」


「鈴香はもう知ってる。この前、たまたま知られてしまったからな」


 俺の言葉を聞いた佳純は何とも複雑そうな顔をしていた。


「どうした佳純?」


「うるさい。黙って」


 どうやら佳純はツンデレモードに移行したみたいだ。

いや、デレてもいないからツンツンモードか。

ツンツンと思えばなんだかこの態度も可愛く思えてくるな。

語感だけだけど…

だがこうなってしまったら口を聞いてもらえないからもうどうしようもない。

次に妹と会話出来るのはいつになるかなと悲しいことを考えていると、


「あ〜きもとくん!あ〜そびましょ!」

「ちょ、ちょっと!恥ずかしいからやめてよ!」


 玄関の方から頭の悪そうな呼び声が聞こえた。

声からして亮介と鈴香がやってきたのだろう。

こいつ、普通にインターホンを鳴らす発想はないのか…

遊ばねぇよ、勉強すんだよ!


「あっ、亮介さんと鈴香さん来た!!」


 佳純のテンションは一瞬のうちに上がり、玄関に向かって駆け出していった。

いいなぁ…、俺も佳純と仲良くしたいなぁ…


「あいつら連れてくるからちょっと待っててくれ」


 俺は杏に声をかけて佳純に続いて玄関に向かった。



 玄関に向かうと、すでに佳純が二人を迎え入れており楽しくお喋りしていた。

佳純のあんな笑顔、久しぶりに見たな。

俺の前じゃ、あんな顔してくれないのに…

いつまでもあの笑顔を見ていたい気もするけど、ずっと玄関で話をさせておくわけにもいかない。


「おう!杏はもう来てるから早く上がってくれ」


「お邪魔します」


 そう言って家に上がる二人に俺は先程のような違和感を感じた。

正確に言うと違和感を持ったのは一人に向けてなのだが。

そして、デジャブのような嫌な予感がする。


「あの…、鈴香さん?その荷物は何ですか?」


 鈴香は杏みたいなキャリーケースではないけど、勉強道具が入っているらしきカバンの他に、ボストンバックを持っている。

もしかしてこいつもか…


「今年は私も泊まろうかなと思ってね」


「……」


 何で女子メンバーは俺に何も言わないのか…

まず俺に許可を取るもんじゃないのか?

俺が女子メンバーの雑さに呆れていると、


「何その顔は?宏人に付きっきりで教えてあげるんだから感謝して欲しいわね」


 そう言われたら俺としてはあまり強く出ることは出来ない。

実際、教えてもらうわけだし、鈴香も善意で泊まると言っているかもしれないし。


「それにしても鈴香にしては思い切ったな。やっと覚悟が決まったか」


「うるさい!それ以上言ったら怒るわよ!」


「なんでだよ。俺は応援してるのに」


 亮介が訳の分からない茶々を入れて鈴香がそれに言い返す。

もう好きにしてくれ…


「はぁ…。親父が許可したらだぞ」


「それでいいわ。後でお土産渡しに行くからその時に宏人のお父さんに話すわ」


 鈴香は自分の荷物とは別に持っていた紙袋を見せながらそう言った。


「とはいえ、鈴香といい杏といい前もって言ってくれよ。別に隠すことでもないだろ」


 仮に親父が許可したとしてもいろいろ準備とかあるんだから。

万が一のことを考えて、男子高校生なら誰しも持っている保健体育の本などを隠さないといけないし。


「…なに?倉科さんも泊まるの?」


「ああ。あいつも泊まるらしい。キャリーケースで来てるからな。泊まる気満々だ」


 そう言った瞬間、鈴香の表情が少し歪んだ。

まぁ杏と鈴香はあまり仲良くないから一緒に泊まるとなったらいい気はしないのかもしれない。

けどお前らが事前に言わないのが悪いんだからな!


「まぁ、どうなるか分からんけど、もし泊まるとなったら仲良くしてくれよ」


「…出来る限り善処するように検討するわ…」


 鈴香の返事はなんとも不安なものだった。

というかそれ、絶対しないときの返事だろ…


「倉科さんも鈴香と考えることは同じだったな…。これは鈴香も苦戦しそうだ」


 亮介がそう呟いた瞬間、鈴香は亮介の肩を叩いた。

何ことを言ってるから知らないけど、杏ともこんな風に軽口を言ったりじゃれあったり出来る関係になって欲しいものだ。

この勉強会で杏と鈴香の仲が少しでも良くなるようにしたいと思いつつ、俺は二人を杏の待つリビングへと招き入れた。



     ※※※※※※※※※※※※



『亮介の言った通り倉科さんも考えていることは同じのようね』


『見ていた限り、宏人と倉科さんもここまで目立った進展はしてないはず』


『私にもまだチャンスはある。だからこの機会を無駄にはしない』


『私だってずっと好きだったんだから。絶対に負けない』

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