第27話 夏を満喫するために

 時は過ぎて、衣替えも済まし季節は夏真っ盛りの7月となった。

日々上がり続ける気温にみんな参っている様子で、俺もまた例に漏れず暑さに負けていて自然と気分も下がってしまう。


 だが悪いことばかりではない。

良いことで言えば、周りの俺を見る目に変化が現れていた。

きょうとの恋人ムーブを続けていた甲斐あってか、前みたいに周りから好奇の目で見られることも少なくなってきて、俺に対する不名誉な噂も時間と共に薄れていった。

どうやら周りは俺が杏の恋人ということを認知したということだろう。

まぁ、クラスの残念な男子どもからは相変わらず怨嗟えんさの声が聞こえるが、あいつらことを気にしてもしょうがない。

契約上、周りに恋人のように振る舞うということだからこの周りの反応は喜ばしいことだろう。


 一方、俺の気持ちというとあれから一ヵ月以上経とうとしていたが、俺はまだ答えを見つけることが出来ていない。

杏とは毎日のように一緒にいて、今まで以上にアプローチのような行動をしてくれていたが、まだ俺の中で恋愛感情が生まれてはいないと思う。

そしてもちろん杏以外の女子に好意も抱いていない。


 杏から偽りのない好意を伝えられている俺としては、キープみたいな形を続けていて本当に申し訳ないと思う。

早く答えを出した方がいいと思うけど、無理に誰かを好きになるのも違うし、焦って答えを出すのも杏に対しても相手の女子に対しても失礼だと思う。

だから杏には悪いけど、まだ時間が欲しいというのが俺の本音だ。


 だが、もう少し経てばみんな大好き夏休みがやってくる。

夏といえば海に花火に夏祭り、その他もいろんなイベントが盛り沢山だ。

そして、こういったイベントで恋に落ちるのは往々おうおうにして良くあることだと思う。

俺の答えが出るきっかけにもなりうるだろう。

そのためにも、楽しい夏休みに向けて終わらせるべきことがある…




 夏休みまで一週間切ったある日、教室で俺は亮介りょうすけ鈴香すずかとある話し合いをしていた。


「ヒロ。もう少しで夏休みだけど今年も集まるか?」


「そうだな。そうした方が後々楽だしそうするか」


 俺と亮介がそう話をしていると、


「…宏人、あんた少しは自分の力でやろうとは思わないの…?」


 鈴香が呆れた様子で俺に声をかける。

鈴香の言い分ももっともだが、こればかりは鈴香の手を借りるしかない。


「お願いします、鈴香様!!鈴香様だけが頼りです。哀れな我々にどうかご慈悲をお与え下さい!!」


「俺をヒロと一緒にしないで欲しいんだけどな」


「え〜。どうしようかなぁ…」


 俺の魂の懇願も虚しく、鈴香は俺の願いを聞くかを迷っていた。

鈴香が迷うのも当然といえる。

確かにこの作戦は鈴香の負担が大きいが、成功させるには鈴香の協力が不可欠だ。

これは誠意を見せるために土下座に靴舐めコースかと床に座り腹をくくっていると、


「なんの話?」


 横にいた杏がコテンと小首を傾げている。

そうか杏は去年は別のクラスだったから知らないのか。

俺は今回の作戦を杏に説明する。


「去年の夏休みに入って数日の間、俺の家に集まって課題を全部終わらせたんだ。それを今年もやろうと思ってな」


 俺たちは去年、夏休みが始まってから数日の間、課題を終わらせるために集まった。

そして地獄のような日々を協力して乗り越えて課題を終わらせた。

流石に鈴香は女子ということで一日置きに帰っていったけど、亮介はその間俺の家に泊まって課題を進めたぐらいの力の入れようだった。

そうした理由は単純に長期休みにおいて切っても切り離せない最大の難関を最初に終わらせようという考えからだ。


「けれど、何のためにそんなことするの?そんな大変なことしなくてもコツコツやっていけばいいじゃない?」


 杏の意見もごもっともだ。

夏休みは長いこともあってそれなりの量の課題も出る。

普通に考えてそれを数日で終わらせるということはなかなかに大変な事も俺たちは分かっていた。

だが、俺たちは確固たる信念を持っていた。


「それは…、夏休みを遊びつくすために決まってるだろ!!」


「そ、そう…」


 俺の力の籠もった言葉に杏は若干気圧された様子で呟いていた。

やっぱり、課題が残っていると遊ぶにしてもどこか憂鬱になってしまう。

だから何の憂いもなく遊び倒すために嫌なことは最初に終わらせるべきだ。

実際に去年は、早めに課題を終わらせたからその後は自由に遊ぶことが出来たし、空いていた日は亮介や鈴香と楽しい時間を過ごすことが出来た。

またあのような時間を過ごせるなら、多少の苦労も頑張ろうと思う。


「ということで鈴香様、お願いします!俺に勉強を教えて下さい!」


「何が"ということで"よ…」


 鈴香は呆れた様子でため息まじりにそう言った。

去年のこともあり、鈴香が渋るのも分かる。

なぜならその原因は俺にあるからだ。

去年、鈴香に分からないところを聞き倒して相当な苦労をかけたからな…


 俺の成績は平均的な学力と比べてほんの少しだけ、誤差の範囲で悪いと言えなくもない。

いや、発展途上といったところか。

だから分からない問題も出てくるから、成績の良い鈴香に教えてもらわないと課題は進まない。

亮介の成績はそれなりに良い方だけど、こいつは教えるのがとてつもなく下手だ。

一年の時に聞いたら『感覚で分かるだろ』とか言い出したからな。

何だよ感覚って。それで分かったら苦労しないんだよ!

だからこの作戦を成功させるには鈴香がいないと俺が困る。

鈴香はまだどうするか迷っているようだが、俺は楽しい夏休みのために誠意を見せて頼み倒すしかない。


「おい、また秋元のやつ土下座してるぞ」

「あいつの土下座見飽きたわ。もはやH組名物だろ」

「そうだよな。あいつの土下座ほど安いものはないよな」


 男子どもがヒソヒソと話す声が聞こえてきて、時折パシャリとカメラの音まで聞こえてくる。

おい、やめろ。撮るんじゃねぇ!

俺の土下座なんて映えるわけないだろ!

周りから散々言われているけど、夏休みのために土下座を解くわけにはいかない。

俺が鈴香の返答を待っていると天使の声が聞こえてきた。


「じゃあ、私が教えてあげるわ」


「杏!本当か!?」


「ええ本当よ。三田村さんは嫌みたいだし、何よりヒロくんに教えるのは彼女である私の役目よ」


 杏がそう言ってくれるのなら俺としては断る理由はない。

鈴香が嫌なら無理に巻き込むのは気が引けるしな。

少し薄情な気もするが俺としては教えてくれるなら誰でもいいところもあるし。


「じゃあ今回は杏に頼む…」


「ちょ、ちょっと宏人!何勝手に話し進めてるのよ!?誰も行かないなんて言ってないじゃない!」


 鈴香が慌てて言葉をかけてきた。

いや、勝手も何も俺としては鈴香に気を遣ってそう言ったつもりなんだけど…


「けどお前渋ってたからてっきり乗り気じゃないと思って…」


 それに杏も鈴香と同等に成績が良いから教える役としても適任といえるだろう。


「私も行くわよ!行けばいいんでしょ!」


 やけくそ気味に言葉を捲し立てる鈴香。

まぁ来てくれるならありがたいけど。

教える役が増えるほど鈴香と杏の負担は減るわけだし。


「あら?無理しなくても良いわよ三田村さん。私があなたに変わって丁寧にヒロくんに教えてあげるから」


「何も分かってないわね。宏人の覚えの悪さを甘く見ないほうがいいわよ。同じことを三回言わないと理解しないんだから。記憶力は鶏並みよ」


「そんなこと普段の授業を見ていれば分かるわ。ヒロくんの頭が残念なことぐらい」


 こいつら言いたい放題言いやがって…

確かに俺の学力は周りより少し、ほんのちょっぴり低いかもしれないけど。

そんなこと言われたら俺だって傷つくんだぞ…


「で、二人とも来てくれるってことでいいのか?」


 二人は頷き了承した。

まぁこれで今年の課題も何とかなるはずだ。

二人がかりで教えてもらえば去年より早く終わるかもしれないし、教える役が二人いれば負担も軽減されるだろう。

実際に去年鈴香は終わった瞬間に机に突っ伏して眠りに落ちていたのを覚えている。

改めて考えるも鈴香をそんな状態にさせるってどんだけ俺は問題児なんだよ…

今回はなるべく頑張ろう…


「じゃあ、去年と同じで初日から集まるってことでいいか?」


「ヒロの家の迷惑じゃなかったらいつでもいいぞ」


 普段は親父もお袋も店のほうにいるから問題ない。

去年も同じことをしたのだから親父達が渋るということもないだろう。


「じゃあ決まりだな。今年も俺たちの夏を満喫するためにこの試練をみんなで乗り切るぞ!」


「おーー!!」


 俺の高らかな宣言に反応したのは亮介だけで、杏と鈴香は何かを考えている様子だった。

まだこの二人の仲は改善されてないっぽい。

前みたいにあからさまに喧嘩腰という訳ではなくなったけど、まだ二人の間にはピリピリとした雰囲気が漂っている。

この機会に仲良くなって欲しいと思う。


そして、あっという間に1週間が過ぎて、終業式が終わり楽しい楽しい夏休みを迎えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る