第26話 鈴香の思惑
今日の空は雲一つない快晴だ。
5月の半ばにしては少し暑く感じるけど、屋上で昼飯を食べるには絶好の天気と言えるだろう。
時折吹き抜ける風を気持ちよく感じながら、自分の弁当を取り出して昼食が始まると思ったその時、
「ヒロくん。私、お弁当を作ってきたのだけど」
そう言った
「いや、俺自分の弁当あるんだけど…」
俺はいつも親父の作る弁当を持ってきている。
そのことは杏も知っていると思うのだが。
「そう言わないで食べて欲しいわ。ヒロくんのために早起きして作ってきたの」
杏も善意で作ってきてくれたのだから食べないという選択肢はないだろう。
俺は杏から弁当箱を受け取り、包みを解きフタを開ける。
「おおっ!!」
思わず声が出てしまうくらい、杏の作ってきた弁当はクオリティーが高かった。
色取りが鮮やかなのはもちろん、ひとつひとつの料理が丁寧に作られていた。
そして何と言っても俺の好物が目白押しだったのが嬉しい。
俺の好物の話なんてしたことないと思うからたまたまなんだろうけど。
その弁当を覗き込んできた
「料理上手いんだな」
俺が素直な感想を口にすると、杏はふふんと得意げな表情を浮かべ、
「初めは失敗ばかりだったけど、いっぱい練習して上手くなったのよ。ヒロくんに褒めて欲しかったから」
俺のためにと言われて、少し恥ずかしいが悪い気はしないし、嬉しく思う。
「さぁ!早く食べて食べて!」
杏の急かすような声に押されて、俺は一口食べることにする。
「うん!美味いな!」
人並みの感想になってしまったけど、杏の料理はその見た目通り、普通に美味かった。
普段、腐っても料理人の親父の料理を食べているから、それなりに俺の舌は肥えているのだが親父とも遜色がないほど杏の料理はレベルが高い。
「よかった!練習した甲斐があったわ!」
俺の言葉を聞いた杏は、ほっと胸を撫で下ろしながらニコニコと嬉しそうに言った。
さっきの言葉から杏はたくさん練習してここまで腕を上げたのだろう。
そしてそれは俺のために、努力をしてくれたのだろう。
そのことを思うと、鼓動が早くなるのを感じる。
俺だって、女の子が俺のために頑張ってくれて何も感じないわけではない。
嬉しく思うし、ドキドキもする。
だけどそれが恋愛感情なのかは分からない。
多分、杏じゃなく他の女の子にそうされても同じようなことを思うことだろう。
俺は自分の感情を誤魔化すように、杏の弁当に次々と頬張っていく。
そしてあっという間に完食した。
「ありがとな!美味かったよ」
「よかった!また作ってくるから食べてね」
杏はニコニコしながらそう言った。
杏の心底嬉しそうな顔を見ると、俺まで嬉しくなってくる。
俺は弁当食べただけだけど…
「おう!けど今度は事前に言ってくれたら助かる」
さてと、杏の弁当を食べたが俺には自分の弁当が残っている。
自分の弁当も食わないと親父にグチグチ言われることになる。
俺が弁当残すと親父がうるさいからなぁ…
あとで食べてもいいけど、それだと多分夕飯が入らなくなるだろう。
夕食を食べないと親父がグチグチうるさいからなぁ…
お袋には何も言わないくせに…
我が家の大黒柱はとことん女家族に弱い。
我が親父のことながら情けない…
俺は親父を哀れみつつ、自分の弁当を出して、中身を見るといつも通りの料理が所狭しと詰め込まれている。
多分、店の残りものだろう。
「あっ…!」
その時、俺の弁当を見ていた
「鈴香、どうした?」
「…唐揚げ」
少し恥ずかしそうに鈴香が呟いた。
ああ、そうゆうことか。
鈴香は俺の親父の唐揚げが以前から大好物だ。
おそらく食いたいのだろう。
「ほら。好きなだけ食えよ」
俺としては杏の弁当を食べたから結構腹は膨れているし唐揚げくらいいくらでも譲ってやる。
それにスカートめくりの件で鈴香には親父の唐揚げを譲ると言ってしまったらからな。
だが、唐揚げの入った弁当箱を差し出しても鈴香は一向に受け取ろうとしない。
「遠慮するなよ。好きなだけ食っていいぞ」
俺がそう言っても鈴香はモジモジしながら受け取るか迷っている様子だ。
いつもなら差し出されたら俺の分まで食うぐらいの勢いなんだけどな。
「もしかして、ダイエットか?成長期なんだからいっぱい食べないと…」
「ち、違うわよ!そうじゃなくて、えっと…」
すると鈴香は蚊の鳴くような声で、
「その…、食べさせて欲しいなと思って…」
…何言ってるんだこいつ?
食べさせて欲しいって、俺が鈴香にアーン的なことをするってことか?
今までそんなことしたことないだろ。
鈴香が俺に食べさせてもらうのになんの意味があるんだ!?
ってか彼女(契約)ともしたことないし、俺も純粋に恥ずかしい。
「そ、それは…」
「ダメに決まってるじゃない!三田村さん、あなた何言ってるの!?」
俺が返答に困り
「あら?さっきの話、忘れたのかしら?」
「くっ……」
鈴香は先程までのモジモジした様子はなりを潜め、強気な態度で言い放った。
杏は痛いところを突かれたといった表情で悔しげに顔を歪めている。
さっきの話がなんだか知らないけどお前ら、お花摘みで仲良くなったんじゃねぇのかよ…
「宏人、ダメ…?」
鈴香にはいつもみたいな茶化すような雰囲気は一切ない。
だからこそ拒否しにくい。
ここで茶化すようなことを言ってくれれば俺も悪態のひとつやふたつついて誤魔化すこともできるのだけど。
っていうかもうやる以外選択肢はないように感じる。
まぁ、減るものじゃないしいいか。
「分かったよ。ほら」
俺は腹をくくり、鈴香の近くに移動して弁当箱から唐揚げをひとつ掴み、鈴香の口元に近づけていく。
俺は恥ずかしかなるがここまできてやめることもできない。
「いくぞ…」
「うん…」
鈴香も目を閉じて恥ずかしそうに口を開けて待っている。
いやいや、目は閉じなくていいんだよ!?
それじゃあまるでキスするみたいじゃねぇか!
やけに緊張しながら俺はゆっくりと鈴香の開いた口に唐揚げを押し込む。
鈴香ははむっと唐揚げを口にして少し大きかったのか口元を手で隠しながらモグモグと咀嚼する。
「う、美味いか?」
「え、ええ。美味しいわ…」
それからは誰も言葉を発することなく、なんともいえない雰囲気が俺たちを包み込んだ。
おいおいなんだこの雰囲気は!?
楽しい昼休みはどこいったんだよ!
ここでまた鈴香のスカートでもめくったら少しは雰囲気が変わるだろうか?
いや、今度こそ社会的にも身体的にも抹殺されるからやめておう…
俺がなんとか雰囲気を変える策を考えていると、
「宏人、もう一個欲しい…」
「はっ…!?」
鈴香が再度、唐揚げを要求してきた。
譲ることは別にいいんだけど、また食わせろということなのか!?
一回やるだけで精神をゴリゴリに削られたのにまたやれって言うのか!?
「ちょっと待って!ヒロくん、次は私よ!三田村さんばかりいい思いさせられないわ!」
杏が焦りながら待ったをかけて立ち上がった。
次ってなんだよ!
何で杏にも食べさせることが前提で進んでるんだ!?
亮介達が見ている中、食わせるのは恥ずかしいから出来れば自分で食って欲しいのだけど…
けど、二人の鬼気迫る表情を見るに断ったらどうなるか分からない。
「なんでもいいから早く食ってくれ…」
俺は観念して唐揚げを箸で掴み、差し出すと二人は我先にと俺の前へと俺に近づいて来た。
何を張り合ってるんだか…
どうでもいいけどお前らキャラ変わってないか…?
俺は呆れながら二人に唐揚げを食べさした。
二人の姿を見ていたらもう恥ずかしさとかは消え失せスムーズに食わせることができた。
杏と鈴香は唐揚げをモグモグと満足そうに頬張っている。
そこで俺は改めて考える。
杏のことは置いとくとして、何で鈴香はこんな事を言い出したんだ?
直接聞けば早いのだけど、なんだか聞きづらい。
普通に考えたらいつもの軽いノリなんだが、あの時の鈴香の表情からそれは考えにくい。
いつものおふざけではないとしたらどんな意図があるんだろう。
俺が鈴香の行動について考えていると、亮介が茶々を入れてきた。
「ヒロも罪な男だな。倉科さんという彼女がいるのに鈴香ともイチャイチャして」
「別にイチャイチャしてねぇだろ!餌付けだ、餌付け!」
「その割には緊張してたみたいだけどな」
「やかましい!ほら、早く飯食うぞ」
亮介の言葉に俺は照れ隠しで悪態をついて食事を再開した。
その後はいつもみたいに他愛のない話をして時間が過ぎていき昼休みは終わりを迎えた。
午後の授業は大したこともなく過ぎていき、全ての授業が終わり放課後を迎えた。
俺は病み上がりということもあり、いつもみたいに遊びには行かずに真っ直ぐ帰路についた。
そしてその日の夜、自室で俺は今日の昼休みの出来事について考えていた。
「鈴香のやつ、何のつもりだったんだろうな?」
結局、俺は鈴香のあの行動の意図が分からないままだ。
あの時はいくら考えてもその理由は俺には分からなかったけど、一人で冷静に考えて俺にひとつの考えが浮かぶ。
ーーー自惚れた考えなのは百も承知だけど、もしかしたら鈴香は俺に気があるのか?
今の行為からそう考えることはおかしくないのではないのか。
確かに好きな相手にならあのような行動をしてもおかしくはないだろう。
好きな相手にアプローチするということならあの行動は何の不思議もないと思うけど…
「いや、そんなことないか…」
俺と鈴香とは確かに仲がいいと思う。
だが、俺は今まで男女としては意識したことはないし、鈴香もないはずだ。
だからこそ普段、今までのような接し方が出来るのだろう。
俺と鈴香の間に恋愛感情なんてない。
もしあるとしたら友愛の感情だけだ。
そもそも俺は鈴香に好かれるような事をした自覚なんかないしな。
あの時、緊張したのはただ単に鈴香とあんな事するのは初めてだったから緊張しただけだ。
誰だって、恋愛感情がなくても女子とあんなことすることになったら緊張するし、ドキドキもするだろう。
仮にも鈴香は男子からの人気も高い美少女なんだからなおさらだ。
「………」
そう自分を納得させようとしても俺には引っかかるところがある。
それは杏という前例があるからだ。
俺は直接言われるまで一切、杏からの好意に気づいていなかった。
理由については今も謎だけど、自分が知らない間に人から好意を向けられる事を俺は今身をもって経験している。
それを踏まえると、鈴香も俺が気付いていないだけで今までも好意を向けてくれていたのかもしれない。
実際に鈴香から直接、好意を聞いたわけじゃないから俺のイタイ妄想なのかもしれないけど。
「よく分かんねぇなぁ…」
鈴香の考えは分からないけど、よく分かんないと言えばそもそも今の俺の現状がよく分からないものだ。
まず俺と杏はラブコメでよくある偽の恋人ではなく、正真正銘の本当の恋人だ。
ただしそれは契約によっての関係であって、杏と恋人契約を結んではいるが今現在、俺は杏への恋愛感情はない。
なら何故、契約を結んでいるかというと親父達のこともあるが、一番は杏の意思を尊重してのことだ。
それについては俺は自分の意思で決めたことだから納得もしている。
だから契約に基づき、これからも周りには杏と恋人のように振る舞わなければならない。
それだけだったらまだ分かるのだけど、事態をややこしくしてるのは追加契約の内容だ。
俺は杏と恋人関係だけど、この先に他に好きな人が出来たら契約は解消されるというもの。
よくよく考えると、杏のことを保留にしておいて他の女の子を好きになるというのは不誠実ではないか?
あれ?それって俺、杏のこと
まぁ、追加契約に関しては杏から言い出したことだから勘弁して欲しい。
早く答えを出した方がいいのは分かっているけど、こればかりはそう簡単に答えが出ないことも分かっている。
だって今の俺は誰にも恋愛感情がないのだから、誰かを選べというのも無理な話だろう。
そして今後、俺が誰のことを好きになるのかなんて自分でも分からない。
鈴香のことも俺が考えても仕方ない。
とりあえずは杏との契約を続けていき、その中で答えを探していくしかないのだ。
そして一つ言えることは、今の現状は俺の求める普通の青春からはかけ離れているということだけだろう…
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