第16話 何とかするから…
その日、杏は俺と一言も喋らなかった。
いつもは休み時間になるたびに俺と話をしているけど、杏は無言で自分の席に座っていた。
まるで何かを考えているように。
俺が話しかけても、全て無視された。
それは俺に手紙のことは気にするなという意味なのだろう。
杏のその様子が俺の不安を掻き立てる。
原因はおそらく例の脅迫まがいの手紙だろう。
あの手紙の意図としては俺と杏を別れさせたいんだろうけど、誰が何のためにそんな事をやったんだ?
そして杏は『私がなんとかする』と言った。
一体、杏は何をするつもりなんだ?
それに何で俺に何も話してくれないんだ?
分からないことだらけで参ってしまう。
現状、俺に出来ることは何もないんだけど、このまま杏に任せていいんだろうか。
俺はそんな不安に駆られながら放課後を迎えた。
「先に帰ってて」
帰りのHRが終わった瞬間、杏は俺にそう告げた。
普段なら喜ぶところなんだが、今回ばかりは流石に『はい、そうします』とは言えない。
「杏、お前はあの手紙の犯人が分かっているのか?」
「まったく見当もつかないわ」
そう言って杏は俺に詳細を話す気はないらしい。
今日一日はずっとこんな調子だ。
けれど、このまま杏に任せておくというのもなんか違うと思う。
「何か知ってることがあるんだったら教えてくれ」
「…何もないわ」
何もない訳ねぇだろ。
じゃあ、何でそんなに思い詰めた顔してるんだ。
「お前は何をやろうとしてるんだ?」
「…ヒロくんには関係ないことよ」
杏は頑なに話そうとしない。
ここまでくると腹が立ってくる。
俺は杏を心配して言ってやってるのになんだ態度は。
せめて事情を話すくらいの事はしてもいいんじゃないか。
その後も一切、事情を説明しない杏に対して俺のイライラは
「そうか、じゃあ勝手にしてくれ」
「……」
つい、頭にきて冷たい言葉が出てしまった。
だが、ここでカッとなって声を荒げないだけ俺は大人の対応をしたと思う。
杏が何も話さない以上、俺も動きようがない。
それに杏は俺に関わって欲しくないみたいだし、お望み通りに帰るとしよう。
俺は帰り支度を整えて、さっさと教室を後にしようとする。
「ちょ、ちょっと宏人!いいの!?」
後ろから話を聞いていた
いいもなにも、杏が何も話さない今の状況で俺に何をしろって言うんだ。
そもそも俺は契約で杏と付き合っているだけなのに、こんなトラブルにまで対応する必要ないんじゃないか。
契約内容にはそんな項目なかったはずだ。
『俺にできることなんてない』
その一言で俺は自分を納得させて帰路につく。
だが、教室を出る瞬間に見た杏の強がっているような表情が頭から離れなかった。
今となっては思い出せないけど昔、確かにどこかで見たことあるような表情が…
ーーーーーーーーーーーーーー
私は特別棟の3階の空き教室にいた。
ここは私のここは私にとって特別な場所だ。
なぜなら私はここでヒロくんと"契約"を結んだのだから。
そして私がヒロくんの彼女になれた場所だから…
そんな場所をこんなことに使うのは抵抗があるけど、人目のつかない場所がここしか思いつかなかったから仕方ない。
「ヒロくんには酷いことしてしまったわね…」
はぁと深いため息が出た。
今回ばかりはヒロくんに悪いことをしたと思う。
ヒロくんが怒るのも当然だ。
私は何の説明もせずに、一方的に自分の主張を押し付けたのだ。
「これが終わったら、ちゃんと謝らないとね…」
あの手紙は私が原因だ。
だからこれは私が何とかしないといけない問題だ。
無闇にヒロくんを巻き込むわけにはいかない。
この件においてはヒロくんは完全な被害者だ。
これ以上、ヒロくんに迷惑をかける訳にはいかない。
そして、私が成長したことをヒロくんに知ってもらいたい…
「私が何とかするから…」
その時、ガラガラと大きな音を立てて教室の扉が開いた。
音の方に振り返ると、私の予想通りの人物がいた。
以前から私たちのことを陰からチラチラと見てきた見覚えのある人物だ。
名前は確か、田中だったわね。…いや、佐藤だったかしら?
まぁどっちでもいいけれど。
「ヒロくんにあんな手紙送って一体どうゆうつもりかしら?」
「何で僕の気持ちを分かってくれないんだ…」
会話が噛み合わない。
それだけ彼は切羽詰まっているということなのだろう。
そんなこと私には関係ないけど。
「あなたの気持ちは知らないし、以前に私はちゃんと断ったはずよ」
以前、彼から告白されたことがあるけど、その時にきっぱり断ったはずだ。
私には好きな人がいると…
「私にはもう彼氏がいるの。優しくてかっこ良くてあなたより何倍も素敵な彼氏が」
「
彼が自分勝手な訳の分からないことを
別にあなたに理解してもらわなくてもいいのだけれど。
ヒロくんを選んだのは私の意思であり、彼がヒロくんの代わりになる事は絶対にない。
それに私はヒロくん以上の男性がいるとは思わない。
そもそも彼の一方的な想いなんて知ったこっちゃないし。
「あんな奴のどこがいいんだ…」
その言葉に私はとてつもない怒りを感じる。
ヒロくんのことを何も知らないくせに何を言ってるんだ。
私がどれだけヒロくんのことを想っているか知らないくせに。
だけどそれを言ったところで彼には分からないだろう。
ヒロくんの魅力は私だけが知っていればそれでいいから。
私はこれ以上、彼と話をしても無駄と思い本題を切り出すことにした。
「もう、あんな手紙を出すのはやめてくれる?ヒロくんにも迷惑がかかるから。あと私たちに今後一切関わらないでくれるかしら?」
「今後こんなことがあったら、それなりの手を打たせてもらうから」
そう言った瞬間、彼はうつむいた。
彼が理解したかしてないか分からないが今日言いたかったのはこれだけだ。
もう一度はっきり言っておかないといつまでも嫌がらせは収まらないと思ったから。
「話はそれだけよ。じゃあ、私は行くわね。もう二度と私たちの邪魔をしないで」
これで嫌がらせが収まるかは分からない。
ただ警告した以上、次に同じような行為があったら学校や両親に報告するつもりだ。
私はやるべきことを終えて教室を後にしようと彼の横を通り過ぎる。
その時…
ーーバシっっ!
その時、彼がすれ違いざまに私の腕を掴んだ。
驚いて彼の方を見ると、彼の表情は暗く
「どうして分かってくれないんだ…。僕は君をこんなにも愛しているのに…」
私の全身に寒気が走る。
好きでもない男にそんな事を言われても嬉しいわけがない。
私がそう言われたい男性はヒロくんだけだ。
「あなたの思いなんて一生分からないわ。言えるのは私はヒロくんを愛していることだけよ。分かったら手を離してくれるかしら?」
その時、暗く濁っていた彼の表情が怒りに染まっていくのがはっきり分かった。
彼は鬼気迫る顔をしていた。
どう見ても正気ではない。
「あんな男に君を取られるくらいなら、いっそ僕の手で…」
「きゃっ!?」
彼がそう呟いた瞬間、掴んでいた私の腕をグイッと引っ張り、私はバランスを崩して、倒れ込んだ。
彼は倒れ込んだ私のお腹に馬乗りになるようにして私の動きを封じてきた。
流石に仰向けで倒れ込んでいる上に馬乗りされていたら動きようがない。
「ちょっと!どうゆう…」
次の言葉は出てこなかった。
その時、私の目に映ったのは彼の手に握られた一本のカッターナイフ。
彼はそれを私に突きつけて言う。
「騒がないでね…。少しでも騒いだらどうなるか分かるよね…」
そんなこと言われなくても私は声を発することが出来ない。
生まれて初めて、本物の殺意というのを感じた。
私は声一つあげることも出来なかった。
「君が悪いんだからね。僕の想いを受け入れてくれないから…」
そう言って彼は私を見下ろしながら私のブレザーを開き、シャツのボタンを外していく。
そして私の体を舐め回すように見てくる。
「やっと僕の愛が伝わるんだね」
「い、いやぁ…」
逃げないといけないのに、大声をあげないといけないのに私の体は言うことを聞いてくれない。
あまりの恐怖に涙が出てくる。
ああ、約束破っちゃった。
あの日、もう泣かないって約束したのに…
だから今まで気を張って強い私を演じてきたのに…
私はあの時から何も成長していない…
「何も怖い事はないよ。これから君は僕のものになるだけだから…」
怖い、怖い…。誰か助けて…
そんな思いも虚しく、彼の手が私に伸びてくる。
私は恐怖のあまりギュッと目を
教室の扉がバンッと大きな音を立てて開き、誰かが入ってきた。
私も彼もとっさに扉の方に視線を向ける。
「ああっ……」
安堵のあまり涙声の情けないかすれた声が出てしまった。
彼が来てくれたらもう安心だ。
だって昔もそうだったんだから…
「
彼は息を切らしながら、そう叫んだ。
私が誰よりも愛している人が助けに来てくれた。
「てめぇ!何してやがる!!!」
ああ…、"また"ヒロくんが助けに来てくれた…
あの日と同じように…
やっぱりヒロくんは私のヒーローだ。
「俺の大事な彼女に手を出してんじゃねぇ!!!」
その言葉に私の目からポロポロと涙が溢れ出した。
その涙にはさっきの涙とは別の意味の涙も含まれていた。
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