第15話 騒ぎの予感


 きょうと恋人契約を結んで数週間が経とうとしていた。

それぐらい経てば、なんだかんだ言って杏との関係にも慣れてきた。

とはいえ、まだ周りからは好奇の目で見られることが多いが、時間が経てば減ってくることだろう。


 そんな俺は、この恋愛契約を解消する手段が思い付かずにいた。

親父を説得するのが一番なのだが、俺はそれを諦めていた。

あのハゲ親父は契約を解消する気は無いらしく、俺が何を言っても聞く耳を持たない。

それならと、杏の方から契約の破棄をしてもらおうと動いてみたが、それも失敗に終わった。


 正直、もう打つ手がない…

だから俺はこの契約を続けることに決めた。


 だが決して契約の破棄を諦めたわけではない。

良い手段が思いつくまでとりあえずだ。

必ず俺は契約を解消して普通の青春を送ってみせる!


 そう自分に言い聞かせて俺は契約にのっとり、杏と恋人関係の日々を過ごしていた。




「んっ?なんだこれ?」


「どうしたの?」


 そんなある日、俺はいつものように杏と登校して靴を履き替えるべく下駄箱を開けると、そのには一枚の手紙が入っていた。


 とてつもなく嫌な予感がする…

このパターン、前にもあった気がするな。

というかあんなこと忘れもしない。

杏からのラブレターが入っていた時と同じパターンだ。

杏は俺の下駄箱に入っていた手紙を見ると、


「ヒロくん、あなた彼女がいるのにラブレターをもらうなんて許されると思っているの?」


「何で俺が責められてるんだよ…」


 恐る恐る手紙を取り出し、内容を確認すると、



ーーー倉科杏くらしなきょうと別れろ。さもなくば…。



 お手本のような脅迫状だった。

怖いよ、さもなくば何だよ!?俺に何をする気だ!

いろいろ怖い想像しちまうじゃねぇか!

その手紙には差出人の名前は無かったが、おおよそクラスの過激派の男子どもの仕業だろう。


「これのどこがラブレターって言うんだ?」


 俺は杏に文句を言ってやろうと杏を見ると、


「……」


 杏は今まで見たことのないような険しい表情で何かを考えていた。


「杏?どうしたんだ?」


 俺が声をかけると杏はハッとして、


「いいえ、なんでもないわ。ごめんなさいね、私がモテすぎるせいでこんなことになってしまって…

まったく、美しすぎるというのも罪なものね」


「謝罪の気持ちが一切伝わってこないんだよなぁ…」


 杏はいつも通りの振る舞いに戻ってそう言った。

さっきの杏の表情はなんだったんだ?


 そこで俺に疑問が浮かぶ。

いつもあいつらはこんな脅迫状を出すよりも実力行使してくるのに珍しく温厚なやり方だな。

脅迫状が温厚に思うのがそもそもおかしいんだけどな…


 まぁ、あのバカどもの行動を考えるだけ無駄か。

どうせ俺はいつも杏といるから実力行使に出にくいから、こうゆう陰湿な手を使っただけだろう。

俺はその疑問に都合の良い言い分を考えて自分を納得させた。


 だが俺はその疑問をもっと考えるべきだった。

そのせいであんなことになるなんて…




 それから頻繁に例の脅迫状が俺のもとに届くようになった。

内容としては最初と同じく、杏と別れろみたいな内容だった。


 あのな、俺だって別れれるもんなら別れてぇよ!

そうゆう契約なんだよ!


 本当のことを言うことが出来ないのがもどかしい。

だがいい加減、この脅迫状にもうんざりしてきた。

あいつらのお門違いな恨みを何で俺が受けないといけないんだ。

そんな不満を持っていたある日、俺の怒りは頂点に達した。



「おいてめぇら!いい加減にしろ!」


 教室内に俺の怒声が響き渡った。

この日の朝も、こりもせずに下駄箱には例の脅迫状が入っていた。

ここまでしつこいと流石に仏の俺でも我慢出来ない。


「なんだよ朝っぱらからうるさいやつだな」

「どうした、そんな変な顔して。ああ元々か…」

「やっぱ彼女持ちは声も態度もでけぇな〜」


 奴らは口々に俺を挑発してくる。

こいつら…、人間として終わってやがる…

お前らには人の心がないのか!

あんなことをやっておいて何でこんなに強気でいられるんだ。


「俺は女子からの手紙しか受け付けてねぇんだよ!

分かったら、もうあんな手紙入れるんじゃねぇ!」


「手紙?何のことだ?」

「何言ってんだこいつ、新手の惚気か?」

「これはベルト固めコースじゃないか?」


 こいつら、無駄にとぼけやがって…

あんな脅迫状を入れる奴がお前ら以外にいるわけないだろ!

こいつらに白状させないと俺の怒りは治まらない。

その時、教室の扉がガラガラと空いた。


「なに騒いでるの、宏人ひろと。廊下まで声が響いてるわよ」


「朝からヒロは元気だな〜」


 鈴香すずか亮介りょうすけが揃って登校してきたようだ。


「聞いてくれ!こいつらが俺に悪質な嫌がらせをしてきたんだ」


「嫌がらせ?」


「ここ最近、脅迫状みたいな手紙を頻繁に送ってきやがった。これはもう重罪だ。正義は我にあり!」


 俺が鈴香に奴らがした悪行を全て語る。

奴らは鈴香に知られたらまずいと思ったのか焦って言い訳をしている。


「お、おい!冤罪だ!本当に手紙なんて知らないぞ!」


 男子どもはかたくなに自分たちの罪を認めようとしない。

本当に見苦しい奴らだ。

俺は最後の手段に踏み切る。


「おいお前ら!この手紙は杏も知っているんだぞ。俺が一言杏に言えばお前らは制裁を受けることになる。当然だよな、俺たちを別れさせようとしてるんだから杏もさぞ頭にきてることだろう」


 俺は杏を脅しに使った。

杏が男嫌いで男子に対しては容赦がないことは有名だ。

おそらく、俺が言えば杏は男子どもを絶滅させるだろう。

彼女に頼るというのは少しダサい気がするがこの際仕方がない。

それくらいのことをこいつらはしたんだ。


「お、おい!それは卑怯だろ!」

「お前に男のプライドはないのか!」

「倉科さんのお仕置き…。むしろご褒美か…」


 一部のマニアックな性癖の持ち主はほっといて大半のやつは震え上がる。

それにしても杏、お前どれだけ恐れられてるんだよ…


「今、謝れば許してやらんこともないぞ」


「だから知らねぇって言ってるじゃないか!」


 ここまでしても男子どもは罪を認めない。

その時、タイミングよく杏が教室に入ってきた。

今日の朝は別々に登校すると連絡があって今、学校に着いたらしい。

それを見た瞬間、男子どもは青ざめる。

その様子を見た杏は俺に向かって、


「どうしたの?何か様子が変だけれど」


 俺は最後の慈悲で男子どもをチラリと見るが奴らが謝罪する気配はない。

どうやら命はいらないみたいだな…


「こいつら、また例の手紙を入れやがったんだ!

これは重罪だ、制裁してやってくれ!」


 これでこいつらは終わりだ。

俺に逆らった罪をあの世で後悔するんだな。

勝ち誇る俺は杏の方を向くと、


「……」


 杏は無言で険しい表情をしていた。

それは、この脅迫状が初めて入っていた日に見た表情と同じだ。


きょう?」


 俺が声をかけると杏は静かに口を開いた。

その表情は怒っているのか、悲しんでいるのか分からない。

ただ、真剣さだけは痛いくらい伝わってくる。


「この人たちは無罪よ」


 杏ははっきりと男子たちの無罪を断言した。

それは確信を持っていった言葉と言うのは表情を見れば分かる。

けど、なんで杏は言い切れるんだ?

まるで手紙を入れた犯人が分かっているような感じだ。


「ヒロくん、迷惑かけてごめんなさい。けどもう大丈夫よ。私がなんとかするから…」


 どうゆうことだ?

杏は何を知っている?

たが、俺がそのことを問いただす前に、


「この話はこれでお終いよ。もうHRが始まるから早く席につきましょう」


 そう言って杏はスタスタと自分の席に向かった。

『私がなんとかするから』と杏は言った。

杏は何をする気なんだ。

だけど妙な胸騒ぎがする。

何か変なことにならなければいいんだが。


「お前ら、本当にあの手紙を知らないのか?」


「だから最初から知らねぇって言ってるじゃねぇか!」


 男子たちの表情を見ても嘘をついている感じではないし、何より杏は違うと言った。

どうやら俺の早とちりだったみたいだ。


「悪い、俺の誤解だった」


「まったく、いい迷惑だぜ。考えてみろ、手紙送るなんてめんどくさいことするより、直接お前をる方が手っ取り早いだろ」

「そうだよな。俺たちがそんな生温なまぬるい手を使うと本当に思っているのか?」


 …どうやら俺の推理の一部は合っていたようだ。

今後もこいつらのことを疑い続けようと心に決めた。

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