第14話 友達として


 駅前のクレープ屋は鈴香すずかのお気に入りなだけあって評判も高いらしく若い男女が多く見られた。

俺と鈴香は店の前にあるベンチに座ってクレープを食べていた。


「はぁ〜〜、やっぱりここのクレープは美味しいわね!」


 鈴香は念願のクレープを片手にとろけた幸せそうな表情で言った。

俺は鈴香に宣言通りクレープを奢ってやった。

スペシャルクレープ、チョコトッピングの生クリームマシマシ、合計1600円也。

実に痛い出費だ。

鈴香のやつ、遠慮なしに一番高いものを注文しやがって…

だがあの素晴らしい光景を1600円で買ったと思えば安いものか。


「これからはこれを毎日、好きな時に宏人ひろとの奢りで食べれるなんて!」


「毎日だと!?」


「あら?私の下着、見たわよね?」


「…お手柔らかにお願いします…」


 俺から言い出したことだし、実際に鈴香の下着を見たから否定はできない。

親父の店の手伝い増やさないとなぁ…


 鈴香は「冗談よ」と言いながら自分の空いているスケジュールを確認していた。

ホントに冗談だよね…?


 だが、クレープを食べ終え満足そうにしている鈴香を見ると、たまに奢ってやるのも悪くないと思えてくる。

鈴香には日頃からなにかと迷惑をかけてるからちょっとくらいはお詫びをしないとな。

そんな事を考えていると隣から不意に鈴香の声が聞こえてきた。


「ねぇ宏人…、倉科くらしなさんとは上手くいってるの?」


 俺はその質問に対してどう答えたらいいか少し考える。

上手くいってるかいってないかで答えると上手くいってるのだろうが、それはお互いに取り繕っているからだ。

俺と杏は周りから見たら仲の良いカップルに見えていることだろう。

だけど、俺たちは契約で結ばれた関係であってそこに恋愛感情はない。

現に俺は契約を破棄しようと色々な策を試してきたんだからな。


「ああ、今のところは上手くいってるよ」


 だが今の俺にはそう答えるしかない。

本当のことを言うと契約違反になってしまう。


「…じゃあ、なんであんなことしたの?何か理由があるんじゃない?」


 その声には茶化すよう雰囲気は一切なく、真剣さだけが伝わってくる。

あんなこととは、今日の昼休みのスカートめくりのことだろう。

鈴香の疑問は当然だ。

あの行動についての説明を俺は一切していない。

というか説明することができないと言った方が正しいのだが。


「どうしてそう思ったんだ?」


 俺はその質問にどう答えたらいいか分からず時間稼ぎのために質問で返した。


「だって最近の宏人、流石に様子がおかしかったし…。今までもバカなことやってたけど、最近のはなんか今までとは違うなと思って…」


 鈴香は俺が何かをやろうとしていたことをなんとなく勘づいていたみたいだ。

自分でも最近の俺はおかしい行動をとっていた自覚はある。

俺は普段からそうゆうキャラだったから誤魔化せると思っていたが、ここ最近の行動は仲の良い鈴香達の目からしたら異常に見えたことだろう。

今日の行動だって、きょうと上手くいっているのだったら、他の女子のスカートめくるという行為を彼女の前でする理由がない。


「……」


 俺は沈黙で答えるしかない。

その様子を見た鈴香が少し悲しそうな表情で、


「…私にも話せないことなの?」


 その言葉が俺の胸に深く突き刺さる。

俺だって話すことができるなら話したい。

仲の良い鈴香に隠し事をしていることに後ろめたさを感じる。

事情はあれど今、鈴香にこんな顔をさせてしまっているのは俺の責任だ。


 だけど、俺と杏の関係を鈴香に話すといろいろな人に迷惑がかかってしまう。

それだけはなるべく避けたい。


「悪い…、今は何も言えない…」


 俺はせめてものつもりでそう答えた。

その返答では何か事情があることは伝わってしまう。

けど俺は心配をしてくれている鈴香に嘘をつきたくない。


「そっか…」


 鈴香も俺の返答から何かがあったことを察したように小さな声で呟くようにそう答えた。

すると鈴香はすっと立ち上がり、俺の正面まで移動した。


「宏人、これだけは言っておくわ…」


 次の瞬間、さっきの暗い表情が嘘のように優しい表情を浮かべ、


「宏人にどんな事情があるか知らないけど、どんな事があっても私は宏人の味方だから」


「だから困った時は頼って欲しい。多分、亮介りょうすけもそう思ってると思うわ。私たちに出来る事ならなんでもやるから」


 鈴香は真っ直ぐ俺の方を見てそう言った。

そんな事を言ってもらえるなんて思っていなかった。

鈴香とは仲の良い友人だとは思っているけど、そこまで俺のことを考えてくれているなんて…


「ありがとう、鈴香…」


「だから話せることがあったら話してね」


 鈴香の優しさが身に染みる。

そこで俺に一つの疑問が浮かんだ。


「なんで鈴香は俺のことそんなに考えてくれてるんだ?」


「そんなの決まってるじゃない?」


 そう言うと鈴香は長く綺麗な髪をバサッと後ろにひるがえし、凛とした姿で高らかに宣言した。


「宏人は私の友達だからよ。"友達として"宏人を助けるのは当然よ」


 鈴香は口元に笑みを浮かべ、ウインクをしながらそう言った。

その姿に思わず見惚れてしまう。

それにしても友達だからか…

確かに、俺も鈴香や亮介が何か困っているんだったら助けてやりたい。

俺に出来る事ならなんでもやるだろう。


 そして俺は我にかえり、鈴香の顔から身を逸らす。

気恥ずかしくてまともに見れない。

たが俺は、こんなことを言ってもらえる友達がいて素直に嬉しかった。


「…そんなこと大勢の前で言うなよ、恥ずかしいだろ…」


 照れ隠しのつもりでとりあえず悪態をついた。

俺たちの周りには大勢の中高生がいてチラチラと視線を感じる。

こんな目立つ場所にあるベンチで向かい合っているやつがいれば注目されるのも無理はない。

その視線に気付いた鈴香はカッと頬を染めた。


「と、とりあえずそうゆうことだから!あと倉科さんと上手くいってるんなら、もう他の女子のスカートをめくるなんてしたらダメだから!私だから許してあげたんだからね!」


「友達として、下着は見せてくれないのか?」


「み、見せるわけないでしょ!そんな友達はこっちから願い下げよ!」


 それもそうだろう。

下着を見せてくれる友達がいるとしたら、それはいやらしい意味のフレンドだ。

俺と鈴香は断じてそうゆうフレンドないからな。

鈴香は俺の大切な友達だ。


「今度またスカートめくったら、屋上から叩き落とすからね!」


「分かってるよ。もうあんなことは二度としない」


 俺だって本気で下着を見せて欲しくてそう言ったわけではない。

…まぁ、見せてくれると言ったらやぶさかではないけど。

俺は鈴香や亮介とこんな風に軽口を言い合う関係を気に入ってるからな。


「ほんとに分かっているのかしら…」


 鈴香はハァと息を吐き呆れた表情で俺を見てくる。

俺はその視線から逃げるようにスマホを取り出して時間を確認する。

…杏からの大量のメールが届いていたがとりあえず無視しよう。


「そろそろいい時間だし帰るか」


 鈴香は無言でうなずき、俺たちは帰路につく。

帰りは特に話すこともなく俺たちは並んで歩く。

俺はそんな時間も心地よく感じる。

鈴香とは軽口を言い合うのも無言で歩く時間も俺は好きだ。


鈴香も俺と同じことを思っていてくれたら嬉しいと思う。

そしてこうゆう関係がいつまでも続いていけたら嬉しいと思った。




「さぁ、洗いざらい吐きなさい!」


 翌日、杏に鈴香とのデートの詳細を事細かく取り調べを受けたのは言うまでもないだろう…

だからデートじゃねぇって言ってんだろ…


      ※※※※※※※※※※



『宏人が今、何かに巻き込まれていることはもう確定したようなものだわ。そしてそれには多分、倉科さんを関わっている』


『これからは注意深く見ておかないとね』


『それにしても友達としてか…、我ながら思ってもいないとこを言ってしまったわ…』


『私はまだ諦め切れないのに…』

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