第13話 謝罪の秘策

 俺のきょうから嫌われて、契約を破棄してもらう作戦は失敗も終わった。

杏が謎の包容力を発揮して俺がどんなに嫌われるようなことをしても無駄だった。

結果的に俺は周りから頭のおかしい男と誤解され、初対面の真帆まほさんには女子のスカートをめくる変態のレッテルを貼られただけだ。

死にたい…


 だが、落ち込んでいる暇はない!

今の俺には明確にやることがある!

そのやることといえば…



 ーーー土下座である。




鈴香すずか様、本当に申し訳ありませんでした!」


 俺はこの日の午後は授業以外の時間は鈴香の横で土下座をしていた。

本来はあの作戦が終わったら事情を全て話すつもりでいたが、それは前提として俺の作戦が成功した場合、すなわち杏が契約を破棄した場合のことだ。

現在、まだあの契約は生きているから、俺が鈴香に事情を言うのは契約違反だ。

この際、俺へのペナルティーだけならまだいい。

だが、この契約は親父と倉科銀行との契約の一部なので俺が契約を違反したら当然、親父達の契約も無くなるだろう。

親父のことは知ったこっちゃないが、もう新店舗の話は進んでいるらしいから他の人にまで迷惑がかかることになるだろうから、それは申し訳なく思う。

だから俺は杏の方から契約を破棄してもらおうとした。

そうすれば融資の契約はそのままだと思ったから。


 だから事情を話すことが出来ず、俺はただ謝るしかない。

これは当然の報いだ。

俺は契約を破棄させるため鈴香のスカートをめくるという悪逆無道あくぎゃくむどうなことをした。

鈴香が怒るのも当然だ。

現に鈴香は土下座する俺はゴミ屑とでも思っているらしく俺のことを見ようともしない。


 いつも鈴香に何かと突っかかる杏も今回ばかりは何も言ってこない。

そのくらい俺のしたことは最低だったのだろう。


「秋元のやつ、なんで土下座してるんだ?」

「噂によると、三田村さんのスカートをめくるという暴挙を犯したらしいぞ」

「ほう…、これはもう言い逃れ出来ないな…やつも年貢の納めどきか…」

「今日ここでやつを滅ぼして、俺たちの平穏を取り戻そう!」


 もう俺のした行為はクラス中に知れ渡っており、それを聞いた男子どもは爆発寸前だ。

すると過激派男子たちがついに行動を起こした。


「三田村さん!このゴミの処理は僕たちにお任せください!」

「もう二度と三田村さんには近づかないように調教しておきますので!」

「この世界の害悪が!こっちに来い!」


 そう言って土下座する俺を連行しようとする。

ヤバイ…、こいつらの目は本気だ。

このまま連行されたらおそらく殺られる。


「鈴香!俺が悪かった、本当に反省してる!だからこいつらを止めてくれ!」


「…一回死んでこれば?」


 鈴香は冷たい声で俺に言い放つ。

どうやら俺を許す気はないらしい。

あれだけのことをしでかせば当たり前のことなんだが。

しかしこんなこともあろうかと俺は秘策を考えている。


「鈴香!お前が好きな駅前のクレープ、好きなだけ奢ってやる!」


 その言葉を聞いた鈴香の体はピクリと反応した。

駅前のクレープとは、最近中高生に大人気の店のことで、鈴香はそのクレープが大好物であることを俺は知っている。

鈴香と遊びに行く時は事あるごとに行きたがるからな。


「ふ、ふん!食べ物で釣ろうなんて最低ね。宏人ひろと、あんたが私にしたことを思い出してみなさい。そのくらいで許すとでも思ってるの?」


 鈴香は動揺しながらもまだ強気な言葉を言い放つ。

だが効いていることは確かだ。

俺はさらなる一手を打つことにする。


「親父の唐揚げ、好きなだけ持ってきてやる!」


「えっ…!?」


 するとさらに鈴香の体が跳ねた。

鈴香は俺の親父の料理が大好物だ。

特に唐揚げは俺の弁当に入っているといつももらいに来るぐらいだ。

鈴香の様子を見るにさらに激しく動揺している。

もう一息だな。


「特製デザートもつけてやる!」


「そ、そこまで言うんだったら許してあげなくもないわ。」


「ありがとうございます!鈴香様!」


 ついに鈴香は陥落した。

なんともちょろいやつだ。

それにしても自分の策士っぷりが改めて恐ろしい。

鈴香が俺を許すと男子どもはトボトボと帰って行った。


「鈴香…、お前もヒロと同じになってしまったのか…」


 亮介りょうすけが呆れながら呟いた。

せっかく話が丸く収まりかけているのに余計なこと言うんじゃねぇ!

なに自分はまともみたいに言ってやがるんだ!

お前も俺とたいして変わんねぇからな!


 亮介の言葉は鈴香には聞こえていなかったらしく、先ほどまでの怒りが嘘のようにハイテンションになっていた。


「じゃあ早速、食べに行くわよ!…確認するけど二人で行くのよね?」


「ああ、そのつもりだけど」


 どうせ亮介とかを連れて行ったらついでに奢れなどと言い出すに決まっている。

この前の杏との買い物で結構金を使ってしまったから節約できるに越したことはない。

俺の財布へのダメージを考えると二人で行くのがベストだ。

そして俺と鈴香が立ち上がろうとした時、


「待ちなさい!」


 今まで沈黙を貫いてきた杏の声が響いた。


「ヒロくん、彼女がいる身で他の女子とデートなんていい度胸じゃない。そんなこと私が許すと思ってるの?」


 せっかく鈴香に許してもらえそうなのに杏が文句を言ってきた。

元はと言えば、お前が俺のこと嫌ってくれないからだぞ!

そんなことは口が裂けても言えないが。


「デートじゃないわ。私は宏人の謝罪のために付き合ってあげるだけだから」


「どんな事情があれど男女が二人で出かける。これを一般的にはデートって言うんじゃないかしら?」


「あ〜、今日クレープを食べないと宏人を許すことなんてできないなぁ〜。一生、口聞いてあげないかもしれないなぁ〜」


 そう言って鈴香は俺をチラリと見てくる。

そう言われたら俺も擁護するしかない。


「杏、頼む!俺のためにもここは納得してくれ!」


 契約内容を考えれば今回の件はグレーゾーンだ。

契約には他の女子と出かけることを禁止するとは書かれていなかった。

杏さえ納得してくれれば契約違反にはならない。


「ぐぬぬっ……」


 そう言われた杏は呻き声を上げていて、対照的に鈴香はふふんと勝ち誇った様子だ。

お前ら、ほんとに仲悪いな。

それにしても鈴香のやつ、そんなにクレープ食べたいのか。


「でも二人は絶対ダメ!どうしても行くのなら私も付いて行くわ!」


「けどお前、今日このあと予定あるんだろ?」


 朝に今日は放課後に家のことで用事があるから別々に帰ると言っていた。

それに、迎えが来るとも言っていたのでそろそろ行かないといけない時間だろう。

杏はそのことを忘れていたのかハッとした表情を浮かべ、


「そういえばそうだったわ…。でも、でも…」


「また今度一緒に行ってやるから」


「うぅっ…」


 杏は泣きそうな顔をしていた。

普段、強気な杏からしたら珍しい。

こいつもそんなにクレープ食べたいのか?

クレープぐらい奢りじゃなかったらいつでも付き合ってやるのに。


「ヒロくん!浮気したら許さないから!」


 そう捨て台詞のようなことを言って杏は教室を走って出て行った。


「ふぅ、これで邪魔者は去ったわ。じゃあ行くわよ」


 鈴香は達成感に満ちた表情で言った。

どれだけクレープ好きなんだ。

そして俺と鈴香が教室を出る瞬間、男子どもが俺に小声で聞いてくる。


「な、なぁ秋元。ちなみに三田村さんの下着は何色だったんだ…?」


 こいつらほんとに救いようのないバカだな…

だが、あの美しい光景を俺だけが独り占めしていいものなのか。

それは世界の損失のような気がする。


「この世のものとは思えないほどの素晴らしいものだったとだけ言っておこう」


「「まじかっーー!!」」


 ーーーボコッ!!

その時、横から凄まじい衝撃が飛んできた。

その方を見ると鈴香が持っていた鞄で俺を殴ったようだが、そんなことは些細なことだ。

鈴香は鬼の形相で俺たちを見ていた。

それに気づいた男子どもは一目散に逃走を図る。


「…トッピングも追加で」


「はい!喜んでー!!」


 トッピングぐらいで命が助かるなら安いものだ。

俺の様子を見た鈴香は心底呆れながら、


「まったく、あんたってやつは…。…………なんでこんなやつのこと…」


 すいません調子に乗りました。

こんな俺のことを許してくれてありがとう。

そうして俺たちは今度こそ教室を出て、駅前に向かった。



      ※※※※※※※※※


『あの泥棒猫め…彼女の私を差し置いてヒロくんとデートなんて…』


『けど大丈夫、まだ契約は続いているから…まだ魔法は解けていないはずだから…』


『……ほんとに大丈夫よね…』

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