第12話 嫌われ大作戦②


 昼休みを告げるチャイムが鳴り響き、俺は早速行動に移る。

きょうには朝のうちに屋上で飯を食べようと誘ってあり、授業が終わったらすぐにスタスタと弁当を持って教室を出て行ったみたいだ。

後は鈴香すずかを誘うだけである。


 鈴香は最近は女友達と昼飯を食べていて、今日もそうするべく席を立とうとする。

逃してなるものか!


「鈴香!昼飯、一緒に食おうぜ!」


「はっ…!?何をたくらんでるの?」


 開口一番、俺に疑いの言葉を投げつけてきた。

今までだって飯ぐらい一緒に食ったことあるだろ!

なんでそんなに疑っているんだ!

だが実際、今日はスカートめくりという極悪非道なことを企んでいる。

俺は鈴香を安心させるべく、なるべく優しい声で無害をアピールすることにした。


「ナニモタクランデナンカイナイヨー」


「……」


 鈴香はさらなる疑いの視線を俺に向けた。

これがいわゆるジト目というやつか。

これに興奮する人間がいることが信じられない。

だだ無言の威圧を感じるだけだ。


「ってか、あんたここ最近倉科さんと食べてるじゃない。私とじゃなくて彼女と仲良く食べれば?」


 杏と恋人関係になってから昼飯は杏と食べていた。

だから最近は亮介や鈴香といっしょに飯を食べることがめっきり少なくなっていたからな。


 というか鈴香の声はやけに刺々しい。

どうやら俺と昼飯を食べることに乗り気ではないみたいだ。

だが、諦めるわけにはいかない。

俺には杏から嫌われ契約を破棄してもらうという野望があるからだ!

俺は普通の青春のために鈴香を説得しなければならないんだ。

俺は鈴香の手を取り、誠心誠意説得を試みる。


「俺は鈴香と飯が食べたいんだ!」


「ふぇっ!?」


 鈴香が今まで聞いたことのない声を発してアワアワし始めた。

俺の誠意が伝わったのだろうか?


「け、けど、あんた倉科さんと付き合ってるんでしょ?」


「そんなの関係ない!俺の目的のために鈴香といっしょに飯を食べたいんだ!」


「目的のために私と食べたいって…それって…」


 鈴香の声は小さすぎてよく聞こえないが、モジモジしながらどうするか考えているようだ。

普段、クールぶっている鈴香にしては珍しい表情だな。


「わ、分かったわよ!行けばいいんでしょ、行けば!」


 なんとか鈴香は了承してくれた。

これで第一関門はクリアだ。

俺のこれからすることを考えると申し訳ないが、鈴香には俺の為に犠牲になってもらおう。

その時、俺たちの会話を聞いていた亮介りょうすけが、


「ヒロ!俺も行ってもいいか?」


「お前も最近、真帆まほさんと飯食ってるじゃないか?」


 亮介も付き合い始めて以来、昼休みは真帆さんといっしょ食べることが増えていた。

今日も真帆さんと食べると思っていたのに、厄介なことを言い出したな。


「彼女のことまだお前たちにちゃんと紹介してなかっただろ?いい機会だし、みんなで食おうぜ!」


「いや、それは…」


 俺としては、変に人数が増えるのは嫌なんだが…

何が悲しくて大勢の前でスカートめくりしなければならないんだ。


「何か都合が悪いことでもあるのか?」


 なんでいつもアホみたいな事ばかり言っているくせにこうゆう時だけ鋭いんだ!

まったく、だから勘の良いガキは嫌いなんだ!

俺の企みを正直に言うわけにはいかないがこれ以上、かたくなに拒否してもかえって怪しまれるだけだろう。


「はぁ、分かったよ…」


「よし!じゃあ、真帆も呼んでくるわ!」


 そう言って亮介は教室を出て行った。

すると周りの男子どもがざわめき始めた。


「おい、秋元のやつ倉科さんだけじゃなく三田村さんにまで手を出そうとしてるぞ」

「あの百面相め…、今すぐ逮捕してやる…」

「奴はとんでもないものを盗んで行きました。それは、俺たちのクラリスと良心です。もう何をしても構わないな…」


 元々お前らに良心なんてなかったじゃねぇか!

そう文句を言いたいが、男子どもが暴挙に出る前に俺もさっさと退散した方がいいな。

そして俺はこの件が終わったら全力で弁明しようと心に決めた。



 その後、すぐに俺たちは屋上に集まった。

日立高校の屋上は原則立ち入り禁止なのだが、鍵が壊れているらしく普通に出入り出来る。

そのことはまだ知れ渡っていなく今、屋上は人がいない貸し切り状態だ。

俺はそのことを杏から聞いて知った。

なんでも杏は普段からここで昼休みを過ごしていたらしく、最近はここで俺と二人で食べている。


 なんて俺の作戦にとって好都合な場所なんだ!

これは神が俺のことを後押ししてくれているんだな!


 そう浮かれていたのがつい先ほどまでのことだ。

作戦を実行する前に、屋上では修羅場が始まっていた。


「…三田村さんが来るなんて聞いてないのだけど」


「…倉科さんがいるなんて聞いてないんだけど」


 そう不満たらたらな様子で俺のことを睨みつける杏と鈴香。

といっても、この二人がいないと俺の作戦は成り立たないからいてもらわないと俺が困る。

それを踏まえて、俺はあえてこのことを二人に伝えてなかった。

この二人は何故か仲が悪く、話している姿も数回しか見ていない。

だから、そのことを伏せて二人を連れ出した。

もしみんなで食べると言ったら絶対拒否されるからな。

俺はなんとか言い訳を考える。


「この気持ちのいい青空の下でみんなで飯を食べたらうまいだろうと思ってな!」


「今日は曇りだけどな」


 そう亮介がツッコミを入れてくる。

うるせぇ!真面目に突っ込んでくるんじゃねぇ!

バカはバカらしく雰囲気に流されとけばいいんだよ!

亮介の横からは真帆さんの「あはは…」と若干引き気味に乾いた笑い声が聞こえた。

初対面で早くも悪印象を与えてしまったらしい。

これからすることを思えば俺の印象なんて最悪なものになると思うが…

違うんだ!普段の俺はもっと知的でクールなんだ!

その時、鈴香がハァとため息を吐き、


「私、教室に戻るわね。私がいても邪魔なだけでしょ」


 確かに現状は俺と杏、そして亮介と真帆さんが付き合っていて鈴香としては居づらいだろう。

だが鈴香を帰すわけにはいかない。

鈴香がいなくなったら、俺は真帆さんのスカートをめくることになってしまう。

初対面でスカートをめくるのは流石に通報されるし、その前に亮介に殺される。


「待ってくれ!頼むからこの場にいてくれ!」


「嫌よ。倉科さんも私がいたら嫌そうだし」


「そうね、出来れば退席してもらいたいわね。私たち、"好みは合えど"仲は悪いみたいだから」


 その言葉に鈴香は杏をキッとにらみつける。

杏の言葉の意味は分からないが険悪なことは明らかだ。

杏のやつもなんでそんなに喧嘩越しなんだよ!

どんな理由があるかは知らないがもっと仲良くしろよ!


「じゃあ、私いくわね」


 無情にも鈴香は屋上から立ち去るべく、階段に続く扉に向かい歩き出した。

もうしのごの言っている暇はない。

俺は鈴香を追いかける。


「鈴香!」


「もう、なによ!」


 鈴香が怒ったように立ち止まり、振り返った。

もうやるしかない。

俺は今日でこの契約を終わらせると覚悟を決めたはずだ。

俺は鈴香の近くまで歩みを進めるとふーと一つ息を吐き出すと軽く膝を折り、手を下に下げる。

その姿はまるで居合切りをする剣士の如く…



 バサっと勢いよく鈴香のスカートをめくり上げた。



「へっ?」「あっ」「おっ?」「えっ?」


 鈴香、杏、亮介、真帆さんが各々一文字づつ声を発した瞬間、俺の目に映った光景は、




ーーーキレイな水色のパンツだった。




 それは可愛らしい小さなリボンがほどこされている、今日の空のように澄んだものだった。

今日は曇りだけど…

俺は今までの人生で見たことのない美しい光景に目を奪われる。

この世にこんな美しいものがあったなんて…


 だがそれも長くは続かない。

この世には残酷なことに重力というものがある。

俺がめくり上げたスカートは天高く舞い上がった後、重力に従い元の場所に戻ってきて鈴香のパンツを再び隠した。


この世のものと思えないほどの美しい光景を見た俺は感動の余韻よいんに浸っていると、鈴香の大声が屋上に響き渡った。


「なにするのよー!!!」


「がはっ!」


 バチンと鈴香の見事な平手打ちが俺の顔にクリーンヒットして倒れ込んだ。

それは人生で初めて食らったほどの衝撃だった。

だがあえて言おう。

わが行いに一片の悔いなしと…


「信じらんない!変態!ド外道!浮気者!」


 そして、鈴香は「この最低男!」と吐き捨てて屋上を去って行った。

鈴香には悪いことをしたがこれで俺の目的は達成された。

『鈴香ごめんな…、そしてごちそうさま…』

そう心の中で鈴香に謝罪と感謝を送っていると亮介が近づいてきた。


「ヒロ…どうゆう訳か知らないけど、後で鈴香に謝っておけよ」


「ああ、それはもちろん分かってるよ…」


 そう亮介が哀れみの声をかけてくる。

その時、亮介の隣にいた真帆さんと目が合った。


「ひっ……!?」


 真帆さんは短い悲鳴をあげた後、自分のスカートを押さえつけた。

大丈夫、もう目的は達成したから君のスカートはめくらないよ。

だからその不審者を見る目はやめてくれないか?

例え、今日の俺の行いが変態不審者だとしても…


「ヒロくん…」


 すると杏が悲しげな表情をして歩み寄ってきた。

これでさすがに杏も俺に愛想を尽かすだろう。

こんなスカートめくりをするような男と恋人を続けるわけがない。

これでやっと俺の努力は報われ、あの契約から解放されるんだ!

俺が自分の努力に称賛を送り、感銘かんめいを受けていると、


「もう…いくらデートの時、私の勝負下着が見られなかったからって、三田村さんの下着を見ることないのに…」


「…はっ?」


「私の下着だったらいつでも見せてあげるわよ…」


 杏が訳の分からないことを言い出した。

俺は別に下着が見たくてスカートめくりをしたわけではない。

杏から嫌われる為にスカートめくりをしたのだ。

なのに杏の反応がおかしい。

ここは俺に呆れて罵倒して別れを切り出す場面ではないのか!?


「あの…杏さん。今の僕の行い、どう思いましたか?」


「他の女子の下着を見たことは万死に値するわ。それ相応の報いを受けてもらう。けどそれはヒロくんを満足させてあげられていない私にもほんの少しだけ責任があるわ」


 こいつは本当に聖母なのか!?

もはや俺が何をやっても受け入れてくれる雰囲気がある。

いやいや!杏さんには責任なんてこれっぽっちもございませんから!

僕が全面的に悪いんですから!

だから頼むから俺のことを嫌ってくれ!


「これからはこんなことを起こさせないようにもっとイチャイチャしていく必要があるわね」


「ええっ…」


 杏は別れるどころかさらなる高みを目指すらしい。

そうして俺の最後の作戦も失敗に終わった。

その様子を見ていた亮介と真帆さんは、


「倉科さん、本当に秋元くんのこと好きなんだね…」


「俺がもし他の女の子のスカートめくったらどうする?」


「その時は、八つ裂きにしてから別れる」


「そんなことは絶対ないけど肝に命じておくよ…」


 そうだよね、その反応が普通だよね。

俺の作戦は間違ってなかったよね。

この行いを許す杏がおかしいだけだよね…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る