第19話 助けるということ


「思い出してくれた?」


 俺はあの出来事をはっきりと思い出した。

悪い噂を流され傷ついていた鈴香すずかに俺は友達になろうと提案した。

確かにそんな出来事があった。だが…


「あの時も俺は鈴香を助けようなんて思ってなかった。あれは俺が俺のためにした行動だ」


 あの行動は自分の考えに沿った行動だ。

そこには鈴香を助けようとか、救ってやろうとかそんな理由はない。


 それに俺は誰かを助けれるような人間ではない。

なんの取り柄もなく、出来ることも限られているごく普通の男子高校生だ。


「けど、あの後も宏人ひろと亮介りょうすけがいろいろと動いてくれていたのでしょ?」


「知ってたのか…」


 鈴香と友達になった日以降、例の鈴香に対する噂は少しずつ消えていった。

それは俺と亮介が裏でいろいろと手を回していたからだ。

というか主に亮介の働きが大きい。

亮介は一年の頃から顔が広い方で女子にも知り合いは多くいたから、鈴香への誤解を解くために大勢の人に事情を話してもらった。

俺はというと噂について話をしている奴がいたらその都度、噂は嘘だと説明しただけだ。

そもそもそれをやろうと言ったのも亮介から言い出したことだった。


「そりゃあ、今まで消えなかった噂があの日を境に消えていったんだから、あんた達が何かしてくれたってことはすぐに分かるわよ」


「けどそれも俺のためだ。強いて言うなら友達の悪い噂が流されていて気に食わなかっただけだ」


 もし鈴香を助けたというならそれは亮介だろう。

あいつの方が俺よりよっぽど鈴香の噂を消すのに貢献した。

亮介のおかげで今も鈴香は自分の生き方を貫けていると言っても過言ではない。

それに亮介は俺と違って、純粋に鈴香を助けようという気持ちを持っていたのかもしれない。


「宏人はずっと自分のための行動と言うけれど、宏人がどう思っているかじゃなくて、私は確かに宏人に救われたと思っているわ。そしてあの日、宏人が話しかけてくれなかったら私は多分ダメになってたと思う…」


 鈴香の表情はあの時の心境を思い出しているかのように少し暗くなる。

だけどその表情はすぐに消え去り、俺の目を真っ直ぐに見つめて言った。


「宏人は困っている人に手を差し伸べることができる優しい人間だと私は思っているわ。これは私の中で確信を持って言えることよ。だから、今の倉科くらしなさんをほっとくのは宏人らしくない!」


「だから俺は助けた自覚なんてねぇよ。仮に俺が誰かを助けるにしてもそれは鈴香や亮介とかの親しい人間だけだ」


「…宏人の中で彼女の倉科さんは親しい中には入ってないの?」


 自分で言った言葉の意味を理解してハッとする。

その言葉は杏とは親しくないと言っているようなものだ。

そんな言葉がとっさに出てしまうのを考えると俺の中ではまだ杏とは良い関係が築けていないのだろう。

俺はあの契約に納得してないから当然と言えば当然なんだけども。


「いや、それは…」


 俺はどう返答したらいいかを迷ってしまう。

普通に考えたら彼女である杏とは親しいに決まっている。

けれど、俺と杏の関係は普通ではない。

あの契約があるから俺と杏は恋人関係になっているだけなのだから。

そんなことを考えている俺の様子を見て鈴香は言葉を続ける。


「宏人に何か事情があるのは前から分かってる。

それに多分、倉科さんが関係してるのも…」


「!?」


 鈴香はそこまで分かっていたのか。

確かにこの前、俺に何かしらの事情があることは鈴香にぼんやりと話したことはあるけど、杏が関係してるとは言ってない。

だけどいつも一緒にいた親しい鈴香や亮介だからこそ、俺の行動から杏が関係していることに気づいているのかもしれない。


「それについては聞くつもりは今はないわ。宏人が話してくれるのを待つつもりよ。だけどだったら尚更なおさら、倉科さんを助けに行ってあげて。あの日私を助けてくれたように…」


「助けろって言っても何やればいいんだよ?」


 杏が何をやろうとしてるから分からない以上、俺に出来ることなんてないだろ。

だから俺は杏をほっといて帰っているというのに。


「そんなの部外者の私には分からないわ。私はただ困っている人をほっとくのは宏人らしくないって思ってるだけよ。けど…」


 鈴香は俺を優しく諭すように言った。


「宏人の言う助けるってことは何か行動をして問題を解決することだと思ってるみたいだけど、ただ側にいてくれて話しかけてくれるだけでも助からこともあると思うわ。あの時、それで私は助けられたのだから」


 それは俺の中にはなかった考え方だった。

確かに俺が思う助けるということは、人の抱えている問題に対して行動をして解決することが助けると思っていた。

だけど、そばにいるだけで助けたことになると鈴香は言った。


「そんなことで助けたうちに入るのか?」


「当事者の私が言ってるだから間違いないわ」


 人によってとらえ方は様々だけど、それで俺に助けられたと言っている鈴香が言うならそうなのだろう。

ということは俺はあの時の、鈴香を助けていたのだ。


「そんな宏人に私は感謝しているし、大切な友達と思っているわ。そんな大切な友達のことを失望させないでよね!」


 鈴香を助けて、杏は助けないというのはおかしな話だ。

しかも契約上、杏は俺の彼女なのだから俺とは無関係の人物ということはない。


 それに鈴香は失望させるなと言った。

俺だって仲の良い鈴香や亮介にカッコ悪い姿を見せたくない。

そんなことはないと思うが、ここで俺が杏を助けず、そのことに鈴香が失望して俺から離れていってしまうのは嫌だ。

俺も鈴香のことは大切な友達と思っているから。


「分かったよ、行けばいいんだろ。杏のとこに」


 杏のところに行っても何も出来ることなんてないかもしれない。

というか、もう杏は自分で問題も解決しているかもしれない。

まぁその時は俺が無駄な体力を使っただけだ。

けしかけた鈴香には今度、何か奢ってもらおう。


「ほら、早く行くわよ!亮介に倉科さんのこと探してもらってるから!」


 鈴香は俺を引きずるように引っ張る。

それはあの日、俺が鈴香を連れ出したときと似ているように感じた。




 放課後の校舎は学校は酷く閑散としている。

日立高校は部活がそれほど盛んではなく、帰宅部の割合も結構高い。

だから、放課後に学校がシーンと静まり返るのもそう珍しいことではない。

昇降口で靴を履き替え、校舎に入るとバタバタと誰かが近づいてくる音がした。


「やっと来たか、ヒロ」


「悪いな、亮介。杏を探してもらって」


 亮介は色々なところを探し回っていたのかハアハアと息を切らしていた。


「ヒロの為だからな。今度、何か奢れよな」


「それは鈴香に言ってくれ」


「はっ!?何で私なの!?」


 お前が言い出したことだから当然だ。

とは言え、俺にもほんの少しだけ責任があるから亮介に奢るときは少しは出してやろう。


「それは置いといて、ちょうど倉科さんの居場所が分かったところなんだ。特別棟に入っていくのを見ていなやつがいてな」


 特別棟といえば、俺が杏に呼び出された忘れもしない場所だ。

となれば多分、特別等の3階の空き教室に杏はいるのだろう。

あそこは人が滅多に来ないし…


 そう思った瞬間、嫌な予感が俺を襲う。

あんな人目につかないところで杏は何をやるつもりなんだ。

あんな場所じゃあ、何かあった時に助けも呼べないだろ。


「それに倉科さんが入って行った後、コソコソした男子も入って行ったらしいんだ」


 亮介の言葉に俺は冷や汗が流れる。

杏がやろうとしていること、それは多分あの手紙をやめさせることだ。

そしておそらくその男子が例の手紙の犯人なんだろう。

そのことから、杏は犯人と直談判するつもりだと考えることは簡単だ。


「杏のやつ、何を考えてやがるんだ…」


 あんな脅迫紛いのことをしてくるような奴が普通なわけがない。

しかも手紙の内容からして杏に対して好意を持っているのだろう。

そんな奴と人目のつかない場所で二人で話すなんて誰が考えても危険だ。



ーーー杏が危ない目にあっているかもしれない…



 そう思った瞬間、俺は全速力で特別棟に向かって駆け出した。


「宏人!?」

「おい、ヒロ!どうしたんだ!?」


 俺の行動に鈴香と亮介は驚きの声を上げる。

二人には悪いが、今は説明している時間も惜しい。


『杏、無事でいてくれよ』


 そう俺は願いながら、走り続けた。



 特別棟に着き、俺は3階に向かって階段を駆け上がる。

1、2階はパラパラと生徒の姿を目にすることができたが、3階に上がった途端に人気がなくなる。

3階に到着して、一番奥の馴染み深い教室に飛び込むようにして入る。


「杏!大丈夫か!?」


 そう言って扉を開けた俺の目に飛び込んできた光景は…


 見知らぬ男子に馬乗りにされた杏の姿だった。

その男子の手にはカッターナイフが握られていて、杏の制服は酷くはだけている。

そしてなにより、普段の杏からは想像も出来ない涙を浮かべて怯えた表情が物語っている。


俺の悪い予感が当たってしまったと…


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