第20話 騒動の結末


「てめぇ!何してやがる!!」


俺はきょうに馬乗りになっている男に声を荒げる。


「俺の大事な彼女に手を出してんじゃねぇ!!」


俺は刃物を持った男に強気な言葉を吐く。



 …だが、まるでスーパーヒーローのようなセリフを発した俺の内心はとてつもなく焦っていた。

だって相手は刃物持ってるし、表情からして明らかに正気じゃない。

俺は護身術や合気道などは習っていないし、対処できるわけがないだろ。

そもそも刃物を持った男に対処できる高校生がいるだろうか。いや、いない。


 鈴香すずかのやつ、なんてことに巻き込んでくれたんだ。

あいつの言い分では、側にいるだけでいいみたいな話だったんだが…

こんなゴリゴリの緊急事態を俺にどうしろというんだ!

ガッツリ俺も杏も命の危険があるじゃねぇか!

そう鈴香に文句を思っていると、後ろからバタバタと足音が聞こえてくる。


「ど、どうなってるの?」

「おいおい、なんだこの状況は?」


 鈴香すずか亮介りょうすけが教室に入って来て、この状況を見て狼狽うろたえていた。

こんな状況だったら誰でもそうゆう反応になるだろう。

俺は焦りながらも頭をフル回転させてまず今やるべきことを考え出す。


「鈴香!とりあえず先生を呼んできてくれ!」


「わ、分かったわ!」


 鈴香はそう言って走り去っていく。

この状況は俺たちの対処できる範囲を超えている。

そうだとしたら大人の手を借りるのが正しいだろう。

無理に俺たちだけで対処して亮介はともかく、女子である鈴香を危険な目に合わせるわけにはいかない。


 そして俺たちが次にやることは杏に被害がないように男の注意を俺たちに向けて、先生が来るまで時間を稼ぐことだ。

さっきは熱くなってつい強気な言葉を使ってしまったけど、相手が刃物を持って杏に迫っている以上、無闇に刺激せずに待つべきだ。


「とりあえず落ち着け!お前は完全に包囲されている。大人しく投降しろ!まずはそのカッターを捨てるんだ!」


「ヒロ…、もうちょっと言い方あるだろ…」


 とりあえず刑事ドラマで聞いたことあるセリフを言ってみたが間違っていたようだ…

言い方なんて分かんねぇよ!

こんな状況初めてだし俺は今、人生で一番焦ってるんだから。


「秋元宏人ぉぉ!!!」


「うぉ!?」


 その瞬間、男は俺の名前を叫ぶとすっと立ち上がった。

なんだ、なんだ?めっちゃ睨まれてるけど。

男は明らかに俺に敵意満載な視線を向けてくる。


「お前さえいなければ彼女は僕のものだったのに!!お前のせいで…、お前のせいでぇぇ!!」


 男は目を見開き、俺への憎悪の言葉を叫び続けていた。

めっちゃ怖いんだけど…

だが、こいつの行動の理由は大体分かった。

おそらく、この男は杏のことが好きでその好意が暴走しているのだろう。

だとしたら杏の彼氏である俺に対しても恨みがあるのもおかしくない。

完全な逆恨みだけど…

だから、杏と別れろと脅迫状を送って来ていたのか。


「…どうやら、あいつの狙いはヒロみたいだな…」


「どうやらそのようだな…。亮介、ひとつ俺に作戦があるんだけど聞いてくれ…」


「聞く前に、俺はこの辺りで失礼するわ」


「ちょっと待て、てめぇ!!」


 この場を去ろうとする亮介を俺は羽交い締めにして引き留める。


「こんな修羅場に友達を残していく気か!?お前に人の心は無いのか!?」


「離せ、ヒロ!!俺はまだ死にたく無い!幸い、あいつはお前が狙いみたいだから俺がいなくても問題ないだろ!?」


「問題大アリだ!!俺の作戦はお前を肉壁にして時間を稼ごうと思ってるんだからな!」


「お前に人の心は無いのか!?」


 俺と亮介はこの雰囲気に似合わずギャアギャアと言い争う。

けど、いつもみたいな会話をしたことによって俺は少し冷静を取り戻していた。


「そろそろいいか?秋元宏人、お前に裁きを与えてやる…」


 そう言って男は俺たちに向かってゆっくりと近づいてくる。

おいおい、これマジでヤバいやつじゃねぇか…


「ヒロくん!!私のことはいいから早く逃げて!!」


 杏の叫びが教室に響き渡る。

このままでは俺の身が危ないだろう。

けれど、これでひとつ状況が好転した。

俺は小声で亮介に指示を出す。


「亮介。俺があいつの注意を引くから、その間に杏を連れて逃げてくれ」


 男が俺に気を取られて杏から離れた今しか杏を保護するチャンスはない。

やつの態度からして時間稼ぎも難しそうだし…


「いいけど、ヒロは大丈夫か?」


「自信はないけどな…。だけどこれが最善の案だと思う」


 このままだと杏がさらに危険な目に遭うかもしれない。

杏をそんな危険に晒すわけにはいかない。

俺は杏の彼氏だから。

杏を"助ける"のは俺の役目だ。


「分かった。ヒロ、気を付けろよ…」


「おう!なんとかしてみせるわ!」


 そう言って俺はなるべく男が杏から遠ざかるように教室の端まで移動した。


「来やがれ、このストーカー野郎!!俺が杏の彼氏ってことを見せてやるよ!!」


 俺は男の気を引くように煽るような口調で叫ぶ。

案の定、男は怒りを前面に出してもう俺しか見えてない様子だ。


「彼女をたぶらかしたことを後悔させてやる…」


 男は殺意に満ちた表情で俺に向かって走り出す。

そしてあっという間に俺との距離が縮まり、男はカッターを振り上げる。


「秋元宏人。彼女に手を出したことを死んで償え…」


「ヒロくん!!!」


 杏の悲鳴のような叫びと共に刃物が俺に振り下ろされる。

だけど俺も簡単に死んでやる気はさらさら無い。


「ファイトォォーー、いっぱぁぁつ!!」


 俺は自分でもよく分からないかけ声を上げて持っていたカバンを盾にしてカッターを受ける。

カバンの中には教科書やノートが入っていて運良くカッターを受けきることが出来た。


『死ぬかと思った…』

俺はひとまず安堵する。

上手くいったから良かったけど、カバンで刃物を受けきれる保証などどこにもなかった。

これは普段の行いがいいから上手くいったと信じよう。

そして俺は『亮介!!今だ!!』と目線で合図をする。

亮介が軽く頷くと素早く杏のもとに駆け寄り、抱き抱えるようにして連れ出そうとする。


「倉科さん、立てる?とりあえず逃げるよ」


「でも…、ヒロくんが…」


 たが、杏は俺を残していくことを躊躇ためらい、なかなか動こうとしない。

あいつ何やってるんだ!

俺の決死の行動を無駄にするんじゃねぇ!


「杏!!いいから早く行け!!」


 俺は焦って杏に声を張り上げる。

だけどそれは完全に悪手だった。


「彼女に触るなぁぁぁ!!!」


「ぐわぁ!」


 男は亮介が杏を連れ出そうとしていることに気づき、叫びと共に俺を突き倒し杏たちの方に向かってしまった。

そして連れ出そうとする亮介を突き飛ばし杏から引き剥がす。

『くそっ!!最後の最後にミスった…』

自分の失敗を悔やんでいると、男はとんでもない行動にでた。


「僕の気持ちが分からないなんて本当に悪い人だ…僕のものにならない君なんていなくなればいい」


 そう呟くと、杏にカッターを振り上げる。

それを見た瞬間、俺は反射的に男に向かって走り出していた。


「やめろぉぉ!!」


 自分でも信じられないくらい素早く男に近づき、体当たりをして突き飛ばす。

その衝撃で男は吹っ飛び、俺も勢い余って倒れ込んでしまう。

けど、これで何とか杏が逃げる隙は出来た。



ーーーグサッ…


 倒れ込んだその時、俺の横腹にチクリと痛みがはしった。

痛みを感じた部分に目を向けると…


そこには男が持っていたカッターナイフが刺さっていて、そのまわりには血が滲んでいた。

それまではアドレナリンのおかげかあまり痛みを感じなかったが視認した瞬間、猛烈な痛みが襲ってくる。


「い、いってぇ……」


「ヒロ!!」 「ヒ、ヒロくん!!」


 亮介と杏が俺の名を呼んだ気がするが、反応することが出来ない。

まるで眠るように意識が遠のいていくような感覚に陥る。


「ははっ…、これで邪魔者は消えた…。これで彼女は僕のもの…」


男が勝利を確信した言葉を発したその時、


「何やってるんだ!!!」


 バタバタと大勢の人間が教室に入ってくる気配がした。

どうやら鈴香が呼んでくれた先生たちが間に合ったらしい。


「宏人!!しっかりして!!」


 俺の名前を呼んで駆け寄ってくる鈴香の声が聞こえた気がするが、もうほとんど意識はなく、返事はできない。

だけど先生たちが男を取り押さえているのが目に入った。

よかった…、これでもう安心だ。

ついでに、誤解されて亮介も確保されていたけどそれは何とかなるだろう。

すると安心したからか、俺の体からフッと力が抜ける。


「保健室…いや、救急車を呼べ!!」


 その言葉を最後に俺の意識は完全に途切れた。

けど、杏が無事ということに俺は満足感に満ち溢れていた。

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