第7話 恋人宣言


 翌日の放課後、俺は倉科くらしなさんに昨日と同じ特別棟の教室に呼び出された。


「例の契約書は持ってきてくれたかしら?」


「……」


 俺は無言で記名と拇印ぼいんが押された契約書を差し出す。

うちの狂った両親を説得できず、なし崩し的に契約を飲むことになったのだ。

まさか高校生で拇印を押すなんて思ってもいなかった。


「確かに受け取ったわ。これで明日から私とあなたは恋人になるわね」


「誠に遺憾いかんながらな…」


「どうしたの?私と付き合えるなんて誰もがうらやむ名誉あることよ。もっと小躍こおどりして喜ぶべきなんじゃないかしら?」


 この人はすごいことを言うな…


「俺は納得はしてねぇからな!必ずあのバカ親父を説得するからそれまでの間だけだ」


「もう融資の話は進んでいるから今更難しいと思うけどね」


「じゃあ、こんな契約無視して普通の青春を送ってやる!」


「契約違反にはペナルティーがあるわよ」


 そうだった!

あの俺にしか無いペナルティーがあるんだ!


「ちなみにペナルティーの内容は…?」


「そうねぇ…。まぁ私も鬼ではないわ。あなたの気持ちも考慮して……、デットボールでいいわ」


「ほぼ極刑じゃねぇか!」


 昨日の俺の独り言聞いてたのかよ。


「まぁ、あなたのボールはこれから使い道がないからペナルティーにはならなそうだけど…」


「なぜ決めつける!?将来有望だわ!ドラフト1位だわ!」


 こいつ、見たことないのに俺の息子をバカにしやがった…

今のところはたまたま使う機会がないだけだ。

まだ全然諦める時ではない!

ってか男嫌いの倉科さんだったらデットボールくらいやりかねないなぁ…

青春を手に入れるために契約を破ったら、二度と青春できなくなるのか…


「じゃあこれからよろしくね、ダーリン!」


「やめてくれ…」


 倉科さんはウインクしながらそう言うと、颯爽さっそうと去っていった。

明日から俺、どうなるんだろう…




 翌朝、今までで今日ほど学校に行きたくない日もなかっただろう。

不登校にでもなってやろうかとも思ったが、それは流石にまずいと思い、渋々家を出る。


「おはよう、ダーリン」


「……」


 幻覚が見えた。

昨日はこれからのことをいろいろ考えていてあまり眠れなかったからそのせいだろう。


「どうしたの?相変わらずひどい顔だけれど?」


 失礼な幻覚だ。

寝不足でなかったらこんな好青年そうそういないだろうに。

まぁ幻覚など無視して、早く学校に向かわなければならない。


「あら、こんなところにハンマーと斧が…」


「報復デットボールはやめろ!」


 俺は自分のボールを守るべく、前屈みになり股間をおさえる。


「朝から女子の前で股間を触るのはやめなさい。

いやらしい」


「お前のせいだ!ってか何でそんなもん持ち歩いてるんだ!」


淑女しゅくじょたしなみよ」


「デットボールしようとしてた奴が淑女を名乗るな!」


 薄々分かってはいたが、幻覚ではなく本物の倉科さんが家の前で待っていた。


「なんで俺の家知ってるんだ?」


「融資先の住所を調べるなんて簡単よ」


 おい倉科銀行。

個人情報の管理はどうなってんだ!

危うく俺が女の子になるところだったじゃねぇか!


「まぁそれは分かった。じゃあなぜここにいる?」


「恋人になってから記念すべき初登校だから一緒に行こうと思って」


「ええっ…」


 そんなことしたら目立つじゃん。噂になるじゃん。奴らの耳に入るじゃん。俺の死期を早めるだけじゃん。


「そんなことしたらお前はベルトで縛られている奴の彼女になるぞ。いいのか?」


「それは死にたいぐらい嫌だけど、周りにアピールするのはもっと大事よ」


 死にたいぐらい嫌なのか…

亮介りょうすけをベルト固めしたときの真帆まほさんもこんな気持ちだったのかな…

無性に申し訳なく思えてくる。


「じゃあ行きましょうか、ダーリン」


「とりあえずその呼び方だけはやめてくれ…」


「なら行きましょうか、ひろくん」


「まぁそれなら…」


「私のことは呼び捨てでいいから」


「分かったよ、きょう


 "ひろくん"その呼ばれ方が何故か懐かしく感じたが気のせいだろう。

そんなことより今日、俺はちゃんと生きて帰れるかの方が心配だ。




 登校中は案の定、周りの視線が凄かった。

ただでさえ周りの目を引く容姿をしている杏だ。

黙っていれば誰もが目を奪われる、男の子嫌いで有名な美少女。

そんな彼女が男と、それも特別かっこよくない俺と歩いているのだから視線が集まるのも無理はない。

自分で思っていて悲しくなるな…


 そしてその噂は早くも広がっていった。


 そして学校に着き、俺と杏は共に教室に入る。

教室には多くの生徒がいて、その視線が俺たちに集まる。

亮介や鈴香ももう登校してるみたいだ。

俺はその視線に気づかないフリをしてごく自然に自分の席に座ると案の定、男子たちから、


「おい秋元、どうゆうことだ!今、あの倉科さんと一緒に来てなかったか?」


「たまたま時間が被っただけだよな!なっ?」


 と質問責めをくらった。


「これにはマリアナ海溝より深い事情があってだな…」


 契約のことを話せるわけもなく、俺は誤魔化そうとするが、


「どんな事情だ!正直に言え!」


「大丈夫、俺たちは仲間だろ!何があっても怒らないから!ねっ?」


 男子どもは逃してくれない。

本当のことを言ったらデットボールなんだって!

こんなことで俺の将来有望な息子を失うわけにはいかない。

だが、この状況をどうやって乗り切るべきか…

俺が言い訳を考えていたその時、


「私たち、お付き合いしているの」


 今の間にか近づいてきていた杏がそう言い放った。

その言葉に教室がシーンと鎮まりかえる。

するといち早く我にかえった男子が、


「またまたぁ〜。倉科さんは優しいな〜秋元を助けるためにそんな嘘を言うなんて」


「そ、そうですよね!嘘ですよね!」


「本当のことよ」


「もう分かりましたから!冗談はもういいですから!」


 すると杏がハァっと深いため息を吐き、


「もう一度言うわよ。私とひろくんはお付き合いをしているの。だから今日も一緒に登校したの。」


 そう言い残すと杏はスタスタと自分の席に戻っていった。

ここまではっきり言われたら男子たちも冗談ではないと理解したのか、俺の方に振り返ると、


「「あきもとくん??」」


 目を見開き、殺意全開で言い放った。

あっ、これやばいやつだ。


「おい、野郎ども!ベルト持ってこい!」


 お前らほんとベルト好きだな。

いいかよく聞け、ベルトは決して人を縛り上げるものじゃないんだぞ。

こら、廊下を歩いている生徒にまで借りに行くんじゃない!

俺が飢えた狼の如く群がる男どもに必死で抵抗していると、


「宏人、今の話本当なの?」


 杏の宣言を聞いていた鈴香すずかがやってきた。


「鈴香!助けてくれ!」


「今の話本当なのかって聞いてるのよ」


 どうやら俺を助けにきてくれたわけではないらしい。

俺を問いただす鈴香は少し焦っているように見える。

何で鈴香が焦ってるんだ?


「三田村さん、こんな奴の言い分聞く必要ないですよ!」

「そうそう。倉科さんと一緒に登校しただけでも重罪ですから!」


 鈴香はそうわめく男子たちをチラリと見て、


「今は宏人に聞いてるの。少し黙ってて」


 こっわぁ、鈴香こっわ。

鈴香のこんな冷たい声聞いたことない。


「は、はい」

「黙ります、一生」

「三田村さんの蔑む目。なかなかいいなぁ」


 一部の残念な男子を除いて、震え上がる。

おい、デットされるぞ。ボールをデットされるぞ。

今、この教室にはハンマーも斧もあるんだぞ。


「それで、倉科さんと付き合ってるの?」


 何で責められてる感じになってるんだ。

けど、ここで付き合ってないと言えばまた話がややこしくなる。


「ああ、付き合ってるよ」


「そ、そう…。それは、良かったわね…」


 鈴香は少し戸惑った様子でそう言うと、自分の席に戻っていった。

いきなり俺に彼女が、それも倉科さんと付き合ってるとなれば驚きもするか。


「ヒロ、おめでとう!これでお前が言ってた青春が出来るじゃないか!いやぁ、俺は自分のことのようにうれしいぞ!」


「お、おう。」


 まるで自分のことのように喜んでいる亮介を見ると心が痛む。

彼女ができたとは言え、契約で結ばれた恋愛なんて俺の求めていた青春ではない。


「これで俺も億万長者か」


「だから宝くじ当たらねぇよ!」


 こいつ、自分のことしか考えてなかった。

胸の痛みを消しとんだ俺はチラッと杏を見る。

すると杏と目が合いヒラヒラと手を振ってきた。

何でこいつはこんな余裕なんだ…

俺はこれから毎日命がけで生活しなければいけないのに。


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