第5話 ラブレター


 翌日、俺はいつも通り仲良さそうにイチャつくカップルを横目に呪いながら登校していた。

途中、亮介りょうすけ真帆まほさんが一緒に登校している姿を見かけて、石を投げようか迷ったが見逃してやった。

相変わらず俺も甘いものだ。


 そんなことがありつつ、学校に到着して昇降口で靴を履き替えるべく下駄箱のドアを開けると、


「なんだこれ?」


 一通の手紙が入っていた。

それは誰もが憧れるラブレターに見える。

だが、どうせクラスの頭の悪い男連中の悪ふざけだろう。

やれやれ、今どきこんなベタなラブレターなんて送るやつはいないだろうに。

まったくどこまでも暇な奴らだ。

こんなことしてる暇があるんだったら彼女を作る努力でもしたらいいのに。


 全く期待せずに手紙の封を開けると、



ーー今日の放課後、特別棟の3階の空き教室に来て下さい。  倉科杏くらしなきょう



 そう綺麗な文字で書かれていた。

あいつらも詰めが甘いなぁ。

差出人があの男嫌いの倉科さんだったらリアリティに欠けることが分からないのか?

せめてもっと身近な鈴香すずかとかにしとけばまだ信憑性しんぴょうせいもあがるものを。

あいつらが一生懸命に綺麗な文字でラブレターを書いている姿を想像すると涙が出てくる。

とりあえず手紙を無造作にカバンに放り込み教室に向かことにした。


 

 教室に入り自分の席に着くと数分後、亮介が登校してきた。


「よう、朝からデートなんていい身分だな」


「なんだ、見てたのか。声かけてくれればよかったのに」


「お前が彼女といるのを見ただけでも張り裂けそうだったのに、なんで自分からさらに傷を広げないといけないんだよ。もし、お前が手でも繋いでたら速攻切り落としに行ってたぞ」


「俺は彼女と迂闊に手も繋げないのか…」


 当たり前だろう。

お前はこのクラスを裏切った。

命があるだけでも泣いて喜ぶべきだろうに。

その時、俺はふと例の手紙のことを思い出した。


「亮介、この手紙のこと知ってるか?」


 そう言って、下駄箱に入っていた手紙を亮介に見せた。


「手紙?」


 亮介はなにも知らない様子だ。

ということは、他の男子どもの犯行ということだ。


「亮介は無罪か。じゃあ他の男子どもに問い詰めるとするか。制裁を加える時は手伝ってくれ」


 俺一人で馬鹿どもを沈めるのは流石に大変だからな。 

すると、手紙の中身を読んだ亮介が、


「いや、これ普通のラブレターだろ」


「いやいや。今どきこんなことするやついないだろ。」


「俺が彼女と付き合う前は、結構下駄箱にラブレター入ってたけどな」


「亮介、俺にそんな自慢するなんていい度胸だな。野朗ども!ベルト持ってこ……」


「待て待て!別に自慢してるわけじゃねぇよ!

おい、ベルトを外すんじゃない!」


 亮介が言い訳がましく喚いている。


「だからこれ、本当のラブレターじゃないのか?」


「差出人見てみろよ、倉科さんだぞ?嫌われることはあっても、好かれる覚えねぇよ。果たし状の方がしっくりくるわ」


 普段、倉科さんは男嫌いのうわさは本当らしく、男子達が騒いでいる姿を冷めた視線で見ている。

その中でも俺を見る目は、一段と鋭いように感じる。

まだ狩られていないのが不思議なぐらいだ。


「けど、恋愛っていうのは何が起こるか分からないからな。倉科さんがヒロの意外なとこに惚れてるかもれしれないしな」


「生意気言うんじゃねぇ小僧が!少し経験豊富だからって調子に乗るんじゃない!」


「少し経験豊富だから言わせてもらうと、この手紙が冗談ならいいけど、もし本当だったらヒロは真剣に向き合うべきだろ」


 それもそうかもしれない。

今の俺の考えはクラスの男どものイタズラと考えていて特別棟にはいかないつもりだ。

だが、もしこの手紙が本当で倉科さんが放課後、特別棟で待っているとしたら、ラブレターを無視したことになる。

人の好意を無碍むげにするのはとても不誠実なことだろう。

ならば、その万が一の可能性を考慮して放課後は特別棟に向かうべきだ。

それにもし誰もいなかったら、その時は連中を山に埋めればいいだけの話だからな。


「そうだな。とりあえず行くべきだよな」


「まぁ、その手紙が本当だったら俺は明日、宝くじ買いに行くわ。多分同じくらいの確率だろ」


「そのセリフ昨日も聞いたわ!どいつもこいつも俺のことなんだと思ってるんだ!」


 ちなみに宝くじが当たる確率は約一千万分の一らしい。

俺はもっと確率高いからな!


 そして、俺はチラッと倉科さんの方を見る。

すると、彼女も俺をことを見ていたらしく目があってしまったが、すぐに彼女は目を背けた。

いつもなら親のかたきのように俺のことをにらんでくるのに今日に限っては恥ずかしそうに目を逸らしている。

その様子を見ていた亮介が、


「もしかして俺、億万長者になれるかもしれないな…」


「なれるわけねぇだろ!」


 だが、その様子を見た瞬間、俺も思った。


『これ、脈ありなんじゃないか?』


 だが、この手紙が一千万分の一の確率で本当だとしたら、これは俺が憧れていた青春なのではないか。

放課後、誰もいない教室で告白される。

俺はそんな普通の恋愛を思い描いていた。

それが今、目の前にあるとしたら…

一千万分の一に賭けるべきじゃないのか。

もう一度言うけど、俺はもっと確率高いからな!


「何にせよ、放課後は行くべきだろ」


「ああ、そうだな」


「もし本当に倉科さんと付き合ったらダブルデートでもしようぜ!その時はお祝いにメシでもおごってやるよ。なんなら世界一周旅行も奢ってやるよ」


「だから宝くじ当たらねぇからな!」


「確か駅前に売り場があったよな?」


「売り場を確認するんじゃない!」


 いつものように冗談を言っていると担任の先生が入ってきて、朝のHRが始まった。



 今日一日、手紙のことが気になって全く授業に集中出来なかった。

授業中や休み時間、何度か倉科さんと目が合う機会があったがすぐに逸らされてしまう。

明らかにいつもとは違う様子だ。

『まさか本当に俺に春がやってきたのか?』

そう思うと、俺まで恥ずかしくなってしまう。

あんなに憧れていた普通の青春が俺にも訪れた。

俺は悶々と過ごしながら、そして運命の放課後がやってきた。



 放課後の特別棟はシーンと静まり返っていた。

特別棟とは各学科で専門的な授業を行う際に使われる場所で1、2階にはコンピューター室などがあるが、3階は使われていなく人が滅多に立ち寄ることもない。


 コツコツと階段を登る足音がやけに響いているように感じる。

そしてお目当ての空き教室の目の前にたどり着いた。

ふぅーと一つ大きく息を吐き、気持ちを整えて扉を開くと、教室の中には、




ーーー誰もいなかった……




 いつもと同じ使われていない空き教室だ。

外からはカラスの鳴く声が聞こえる。

カラスまで俺を馬鹿にしているように感じた。


「はははっ、まぁそうだよな…」


 乾いた笑いが出てしまった。

そんな都合の良いラブコメ展開なんて起こるはずがない。

ましては校内でも有名な美少女が俺に告白なんてあるはずがない。


 これで今回の件は男連中の仕業が確定したな。

いくら俺がいじられキャラと言っても今回のことはやりすぎだろう。

俺の純情を踏みにじりやがって!


 これは報復が必要だな。

メジャーリーグでは何か失礼なことをした際、報復死球というのがあるらしい。

ここは世界にのっとって、奴らにデットボールを喰らわせるべきだ!

ただのデットボールでは生ぬるい。

文字通り、奴らのボールをデットするべきだろう!

二度と女の子とイチャイチャ出来ない体にしてやる!


「とりあえず帰りにハンマーと斧、あと固定用のベルトを……」


「……なんの話?」


「うわぁ!!」


 その時、背後から女子の声が聞こえた。

反射的に振り返ると、そこには校内屈指の美少女で男嫌いで有名で、そして今回のラブレターの差出人の倉科杏が立っていた。


「待たせてしまったようでごめんなさい。委員会のことで先生に呼ばれてしまっていたから」


「あ、ああ大丈夫。それより一つ確認させてもらっていい?」


「なにかしら?」


 これを聞かないと話は進まない。


「あの手紙は倉科さんから俺に送ったもので間違いない?」


「……?なにを疑ってるかはわからないけど…」


「今日、秋元くんに話をするためにここに呼び出したのは私よ」


 本人がそう宣言したからにはもう疑う余地はない。

そして、俺に本当にラブコメ展開が起こるんだ!

俺はついに、青春の第一歩を踏み出すんだ!

ついでにクラスの男達のボールも守られた。

カラスの鳴き声も今は俺を祝福しているように聞こえる。


 だが落ち着け、俺!

小躍こおどりしたい気持ちは分かるが、ここはクールに振る舞うべきだ。

余裕を持ってこの大一番に臨むべきだ。


「話ってなに?」


 高ぶる内心を何とか隠して、冷静に問う。


「それは…」


 倉科さんは真っ直ぐ僕を見つめている。

その姿は今日一日の恥じらっている様子ではなく、いつもの倉科さんだった。

なんだ、君も冷静を装ってるんだな!かわいい奴め!

そして彼女はカバンから一枚の紙を取り出して、俺に差し出した。

……ん?紙?

訳が分からず、差し出された紙を見た瞬間、


「この契約書にサインしなさい」


 その紙には男女交際契約と書かれていた。

そして、名前を記入する欄には倉科杏の文字と丁寧に拇印ぼいんまで押されていた。

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