第4話 正義の鉄槌


 二年生になってから、早くも三週間ほどが経とうとしていた。

そのくらい経ってしまうと、クラスでの交友関係や立ち位置も決まってくる。

もちろん俺の立ち位置も決まってきていた。

二年生から彼女を作るためにクールにいこうと思っていたがのに、亮介や他の男子のせいでネタキャラが定着してしまった。

まずい、このままでは一年の時と同じになってしまう。

男同士で馬鹿をやっている奴がモテるはずがない。

なんとか路線変更をしなければ。

だがそう思っていた矢先、俺のそんな思いを忘れるほどの大事件が飛び込んできた。



 ある日の昼休み、俺とクラスのある条件の男子は一人の人物を拷問していた。


「おい、亮介。何か言い残す言葉はあるか?」


「待て、早まるな!俺は無実だ!」


「やかましい!誰が口を開いていいと言った!」


「ええっ……」


 亮介は絶望の表情を浮かべていた。

現在、亮介はイスに縛りつけられ、武器を手にした多くの男子に囲まれている。

ちなみにロープが無かったので、各々のベルトを代用して強固に縛り付けてある。


「お前はこのクラスの鉄の掟を破りやがった。罰を受けてもらう」


「なんだよ、鉄の掟って?そんなの聞いたことないぞ!」


「それは……彼女を作ることだ!」


 モテない男子が多いこのクラスで暗黙のルールが出来上がっていた。


「ところで亮介よ。お前、彼女が出来たらしいな?

俺たちを差し置いて青春を満喫しようとしているようだな?」


 これはさっき鈴香から聞いたことだ。

亮介はついに彼女を作りやがったのだ。

しかも相手は日立高校三大美女に数えられている木下真帆きのしたまほさんで、俺も学校で見かけると目で追ってしまうほどの美少女だ。

そんな女子と付き合うなんて万死に値する行為だ!


「そんな掟聞いたことねぇよ!ってか俺の勝手だろ!」


「うるせぇ!クラスメイトは一心同体なんだよ!

掟を破ったお前には報いを受けてもらう」


 そして俺たちは亮介に一歩ずつ近づいていった。

俺たちの手にはホウキやモップなどの武器が握られている。


「や、やめろ!俺が死んだら彼女が悲しむだろ!」


「その時は俺が優しくなぐさめてやるよ。だからアフターケアは任して安心して死んでくれや」


「このド外道がーー!!」


「さぁ野郎ども!宴の時間だぁー!!」


「「うぉーー!!」」


 俺たちが裏切り者へ正義の鉄槌てっついを下そうとした時、


「やめなさい」


 コツンと頭に何かが当たった。

振り返ると呆れた様子の鈴香が立っていた。

手にはホウキが握られている。


「なんだ鈴香。お前もこの裏切り者を粛正しゅくせいしたいのか?」


「やめろって言ってんのよ。周り見てみなさい。女子たちドン引きしてるわよ」


 周りを見てみると確かに女子たちは虫を見るような目で俺たちを見ていた。

家ではゴミのように見られて、学校では虫なのか…

だが、今はそんなことどうでもいい!

こいつを裁かないと俺たちの気が収まらない。


「止めるな鈴香!こいつは青春独占禁止法違反であの世に送らなければならないんだ!」


「だから私が付き合ってあげてもいいのよ?」


 鈴香の言葉に周りの男子はピタッと動きを止めた。


「「あきもとくぅん??」」


 仲間のはずだった男子どもが一斉に俺を見た。

こんな大勢から殺気を受けたのは初めてだ。身の危険を感じる。亮介が焦るのも納得だ。

それにしても、なに言ってんだ鈴香は!

いくら俺たちを止めるためと言っていいことと悪いことがあるだろ!


「おい、鈴香!冗談を言って無闇にこいつらを刺激するんじゃない!俺も粛正されるだろうが!」


「冗談ね……。そう冗談よ。あんたと亮介が粛正されればこのクラスに平和が戻るでしょ?それにあんたの頭も少しはマシになるかもよ。感謝してほしいわね」


「このド外道がーー!!」


 その時、新たな殺気を感じた。

周りを見ると、俺たちに侮蔑ぶべつの視線を送る女子の中でも、一際鋭い視線を送っていた倉科さんの姿があった。

まるで獲物を狙う鷹の如く、鋭い視線を俺たちに向けていた。

俺は本能で悟った。これ以上やったら狩られると…

倉科さんは大の男嫌いで有名だ。

これまで告白してきた男子をこっ酷く振って再起不能にまでさせたという噂を聞いたことがある。

なので同じ教室で騒いでいる男子を狩ることは容易に想像できる。

俺と同じくその殺気に気付いた連中も、


「おっ、おい秋元、まずいぞ」

「ひっ、まだ死にたくない」

「あのさげすむ視線が癖になるんだよなぁ」


 一部の頭が残念な奴を除いて、周りの同士たちもその視線に震え上がっている。

当然、俺だって命は惜しい。

ここが引き際か…


「亮介、命拾いしたな」


「ここまでやっといて何言ってやがる!」


「おーい野郎ども!解散だ」


 俺の声で、ぞろぞろと男子連中が席に戻っていく。

そろそろ昼休みも終わる頃だ。


「おい、お前ら!これほどいてから帰れ!」


「そのぐらいは甘んじて受けろ」


「あんた達、バカもほどほどにしなさいよ…」


 鈴香が心底呆れた様子で言った。

何を言っているんだ。

この程度の罰で終わらせたことに感謝してほしいくらいだ。

席に戻る時、チラッと倉科さんを見るとまだ俺のことを睨んでいるようだ。

どうやら俺は完全にロックオンされてしまったらしい。

夜道には気をつけよう…


 すると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響き、黒川先生が入ってきた。

黒川先生は厳しいことで有名な先生だ。


「おい、宮田。斬新ざんしんな授業の受け方だな。俺の授業は受けたくないってことか?」


「あいつらにやられたんです!」


 縛られて動けないから目線だけで俺たちを告発した。

亮介のやつはクラスメイトを簡単に売りやがった。


「冤罪だ!何か証拠でもあるのか!」


「とりあえずベルトしてないやつ立て」


 しまった!証拠隠滅を怠ってしまった!

そして俺たちは黒川先生にこっ酷く叱られるのだった。



 その夜、俺が食事を終えてリビングでくつろいでいると、親父とお袋のある話が聞こえてきた。


「銀行の融資の審査、結構時間がかかってるみたいね。進捗しんちょくはどうなの?」


「もっとすんなりいくと思っていたんだが、なかなか進まなくてな。けど、あとは細かいところを詰めていけば大丈夫だ」


 どうやらこの前親父が言っていた新店舗の件についてらしく、話を聞く限りそろそろ銀行の審査も終わるのだろう。

そうなったら新店舗の話も本格的に進むことになる。


 すると親父が俺の方を向き、


「ところで宏人。お前、彼女はできたか?」


「いっ、今はいないかなー」


「そうかそうか!まぁお前に彼女が出来たんだったら、俺は宝くじ買いに行くわ。きっと同じくらいの確率だろうからワンチャンあるだろ!」


「馬鹿にしてんのか、ハゲ親父!」


 この親父は俺のことをディスらなければ会話できないのか。

なに嬉しそうに言ってやがる。

親だったらもっと息子のことを心配しろ!

あとそんな確率低くないからな。


「なら問題ないな!」


「何が問題ないだ!問題しかねぇよ!」


「ああ、こっちの話だ」


 親父がよくわからないことを言い始めた。

なんだ?とうとうボケが回り始めたか?

ハゲの上にボケ始めるなんて救いようがない。

明日から親父に優しく出来そうだ。



 すると親父はお袋との会話を再開し始めた。

これ以上この場にいて親父から馬鹿にされようものならまた戦争が起きてしまう。

そして、俺と親父の小遣いは無くなることだろう。


 俺は戦略的撤退を選び、自分の部屋に戻って行った。


 ただ、親父が言った謎の発言が妙に気になっていた。

聞いたところであのひねくれ親父が素直に教えてくれるはずがないから、もう考えないことにしよう。


 そして、親父を見返すために絶対に彼女を作ってやろうと心に決めた。

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