第2話 新学期


 春の暖かい日差しを心地良く感じながら学校に到着した。

新たな決意を胸に通い慣れた校門をくぐり、校舎の前で貼り出されているクラス分けの名簿を見る。 


 2年H組 秋元宏人


 自分のクラスを確認して教室に向かう。

僕の通う、日立ひたち高校は一学年A〜Iまでの全9クラスで構成されている。

一クラス30人程なので、一学年が約270人、それが3学年あるから800人以上の生徒が在籍している。


「それにしてもH組か」


 別に何組でも良かったんだけど、いざH組になると少し抵抗がある。

だってね。Hだもんね。 

自分でもくだらない考えだと思うが、くだらないことで盛り上がるのが男子高校生。

どんないじられ方をするのか分かったもんじゃない。


 だが、今更文句を言ってもクラスは変わらない。

俺はH組の教室に向かい歩き出す。


 H組の教室に到着すると、中からは早くも賑やかな話し声が聞こえてくる。

扉を開けると、その音でクラス中の視線が一瞬だけ集まるが、すぐにおしゃべりに戻る。

もうちょっと新しいクラスメイトに興味を持ってくれてもいいのに…


 席順は出席番号順で黒板に貼り出されていたのでそれを見たらすぐに分かる。

ちなみにこの高校の出席番号は男子の名字から始まり、終わったら女子の名字順となる。

なので出席番号の席順だと男女がきっちり別れることとなるから席替えがない限り、女子と隣になれるのは男子の出席番号が遅いやつに限られる。

これほど自分の名字を呪ったことはないだろう。


 おい先祖、何やってるんだ!

ちゃんとこういうことを考えて名字決めろよ!

秋元家が俺で途絶えたら間違いなくお前らのせいだぞ!


 自分の先祖を呪いつつ席に座ると、後ろからパタパタと足音が近づいてきて、聞き慣れた声が聞こえた。


「おっす、ヒロ!また同じクラスだな!」

 

「おう亮介。またよろしくな」


 そう声をかけてきたのは、宮田亮介みやたりょうすけだ。

一年の頃からの付き合いで何かと一緒にいることが多く、強いていうなら俺の一番仲の良い友人だ。

けど今はこう思わずにはいられない。

どうせなら女子から挨拶されたかったな…


「あれ?ヒロなんかテンション低くないか?

記念すべき新学期だぞ!もっと元気よく行こうぜ!」


 そう言って俺の背中をバシバシ叩いて来る。うぜぇ…

しかし決してこいつは悪気があるわけじゃない。

一年の頃はこういうノリにも応えていたからな。

だが、そんなバカみたいなことをしていたら彼女なんて出来ない。

これからはクールにいこう。


「俺は二年からは落ち着いた生活を送るんだ。

そうゆうノリはもう卒業だ」


「お前からノリの良さをとったらオラウータンの方がよっぽど賢いぞ」


 ……決して悪気があるわけじゃない。

一年の頃の俺を知っているがゆえに、戸惑っているだけだ。

クールにだ、クールに。


「俺は変わったんだ。バラ色の高校生活を歩むために。そして可愛い彼女を作るために」


 すると亮介の顔がポカンとした表情になった。

お前の方がよっぽどオラウータンのような顔だ。


「もしかしてお前に彼女が出来るとか考えてるんじゃないだろうな?」


「…だったらどうだってんだ?」


「とりあえず病院に行くことを勧めるわ」


 …クールにだ。

…決して悪気があるわけじゃないわけあるか!

悪意100%じゃねぇか!


「うるせぇ!ちょっとが顔が良いからっていい気になってんじゃねぇ!」


 誠に遺憾いかんながら亮介はモテる。

顔も整っていて、気さくな性格で1年の頃から同学年に限らず上級生からも告白されていた。

それを知った時は縁を切ろうと思ったが、誰とも付き合う気はないと言ったので許してやることにした。

俺の慈悲深さに感謝しろよ。

本来なら今頃お前は海の底なんだからな。


「新学期になって浮つく気持ちは分かるが現実を見ろよ」


「よし、戦争だな」


 いくらマザーテレサ顔負けの寛容さを持っている俺でもそこまで言われたら我慢できない。

その言葉を皮切りに、俺と亮介は小突き合い、罵り合う。

まずい、このままじゃこのクラスでもネタキャラが定着してしまう。


「おはよー!新学期早々、バカ達がバカやってるねー」


 明るい声に振り向くと、肩にかかるくらいの髪の長さの活発そうな女子の姿があった。

念願の女子との会話かと思ったが、よりにもよってこいつか…


「鈴香も同じクラスなのか…」


「何、不満なの?こんな可愛い女の子と同じクラスで」


 そう自信満々に言うこいつの名は三田村鈴香みたむらすずか

こいつも1年から同じクラスで絡むことが多かった仲の良い友人だ。


「不満があるわけじゃないけど、もうちょっと代わり映えのあるメンバーが良かったな」


「それを不満って言うのよ!」


「違うんだ、つい口から思ったことが出てしまって…」


「何のフォローにもなってないわよ!」


 相変わらずノリのいい奴だ。

すると亮介が焦りながら、


「聞いてくれ鈴香。ヒロが変な宗教に毒されちまった!彼女を作るとか言い始めたんだ!」


 相変わらず、こいつは失礼だな。

俺が恋愛をしたらそんなにおかしいか。


「ふーん。じゃあ私が付き合ってあげようか?」


「なん…だと…!?」


 女子にそんなこと言われて、さすがの俺も戸惑ってしまう。

誠に遺憾いかんながら、鈴香も男子からの人気は高い。

明るい性格で容姿も整っていて、お世辞抜きで可愛い部類だ。

そんなやつと付き合えるなんて、新学期初日からこんな順調でいいのか。


「ところで、幸せを呼ぶ壺ってのがあるんだけど…」


「お前が宗教にハマってんじゃねぇか!」


「だって何の得もなしに宏人と付き合うなんて…

それならオラウータンと付き合う方がまだマシよ」


「お前らはまず、俺とオラウータンの比較をやめろ!」


 せめて人類と比較しろ!

さすがにオラウータンとの勝負なんて俺の圧勝に決まってるだろ!

決まってるよね…?


 けど、正直なところ鈴香と付き合うなんて想像できない。

こいつはノリの良さもあり、男友達感が強いからな。


 いつもと変わらぬ軽口を言い合っていると、また教室のドアが開く音がした。

何気なく扉の方に視線を向けると、美少女が入ってきた。


「へー、倉科さんも同じクラスなんだ」


 そう亮介が呟いた。

倉科杏くらしなきょう

この学校では知らぬ人がいないくらいの有名人だ。

なんでも、親が銀行の社長を務めているらしく正真正銘のお嬢様。

それに加え、容姿もかなり良く、長く綺麗な髪に誰もがうらやむスタイル、そしてクールな雰囲気で男女共に憧れる人が多いと聞く。

現に、教室の視線は彼女に釘付けだった。

俺が入ってきたときとは大違いだ。

彼女は綺麗な髪をなびかせながら自分の席に着いていた。


「ヒロ、よかったな。倉科さんと同じクラスになれて。運が良かったら倉科さんとお近づきになれるかもしれないぞ」


「宏人って倉科さんのこと気になってるの?」


「そっ、そんなんじゃねぇよ!第一、あの人とは住む世界が違うだろ」


 あんなお嬢様と俺では釣り合いが取れない。

それに学校の有名人となれば、競争率が半端ないことだろう。


「よかった。そのくらいのことは分かっていてくれて…」


「はっ倒すぞ!」


 自分で思っていても、人から言われるとムカつく。


「まぁ、倉科さんもヒロことなんて眼中にないと思うけどな」


「オラウータン好きかもしれないだろ!オラウータンはすごいんだぞ!動物の中では最も知能が高い部類に属し、人間に近い動物として全世界に知られてるんだぞ!」


「なんで、オラウータンのフォローしてるのよ…」


 鈴香がため息混じりの呆れた声で呟いた。

つい俺がバカにされたと思いオラウータンのフォローをしてしまった。

さっきからオラウータンと比べられて親近感が湧いてしまった。


「まぁ、何で恋愛したいか知らないけどとりあえず頑張って」


 まったく嬉しくないエールを言って、鈴香は自分の席に着き、周りの女子と話し始めた。


「ヒロ、本気で彼女作りたいのか?」


「最初からそう言ってるんだが」


「じゃあ俺も協力してやるよ!」


 なに?協力だと?

確かに女子からモテる亮介に紹介してもらえれば彼女が出来る可能性も上がるだろう。

だが、


「いや、やっぱいいわ」


 俺が求めている恋愛は、自分の力で見つけてこそだと思う。

人からの紹介が悪いとは思わないけど、俺はそういう人は自分で見つけたい。

それが俺の考える普通の恋愛だ。


「そうか…俺のお節介だったな」


「いや、協力してくれると言ってくれて嬉しかった。ありがとな、亮介」


 俺のためにそんな提案をしてくれるなんて。

改めてこいつと友達やっていてよかった。

そして亮介が満面の笑みを浮かべて、


「これでヒロに一生、彼女出来ないことが確定したな!」


喧嘩けんか売ってんのかテメェ!!」


 俺たちが再度騒いでいると、


「おーい、席つけよー」


 そう言って担任の教師がやってきた。

その言葉を聞いて、亮介は自分の席に戻っていく。


 ここまでは一年の頃と変わってないじゃねぇか!

このままでは彼女を作るのなんて夢のまた夢だ。

なんとかしなければ…

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