幽霊と出会う
山川 湖
現れたな、はかりゴム!
エントランスには
『
自動ドアの頭上、その監視カメラがびっくりと鳴いた。
「ふん。弁財天の回しが! その言葉に浮かれると思ふなよ?」
監視カメラは誰にでもわかりやすい言葉を吐く(わく)。然るに、縁とはその道の通り方を知っていることに過ぎない。
自動ドアの先のエントランスは、百姓綺譚猿(大蛇は死んだのさ。いーんいんいん)の群れで埋め尽くされている。
驚くことはない、ねじり首ない、と少年ジョウは恬然と道を行く。全ての猿にとって、少年ジョウもまた同類の卑しい獣に過ぎないのだよ。
百姓綺譚猿とは、己以外の全てのたつちくを猿とみなす孤独な大帝に他ならない!!! いーんいんいんいん。
「俺様が猿? 馬鹿も休み休み言いなはれ。しんね。いーんいんいんいん」
少年ジョウの哄笑が手前の猿の気を誘ったかと思えば、稲妻が等高線を食らい(食らいマックスという便所を想像する庭とはお友達になれないなぁ、イカそーとーなぁ、いーんいんいんいん)、一瞬に及ぶ閃光の幕間が過ぎると、たちどころに猿の顔はそっぽを向いた。まるで!筋書きが下手な紙芝居! 総統の
それは意識ある者の黙殺とは違う。猿は、我を忘れる狂気を持って、少年ジョウの足元で小鳥金玉ちゃくちゃくを極める。肉の
「サングラスをかけると、いいよ。いや......いや、ぴーや、白髪のゴリラ湾のためかな」
猿をかき分け、盲目の少女「パダステル」が少年ジョウに語りかけた。
→主体の半転 AS ――
少女「パダステル」は、猿垣の奥でいーんいんいんと笑う何かに気づき、歩き出した。裸足ではない。
クリティカルな芋を直線状転がすと、猿は一斉に道を開けた。芋が砕ける瞬間、皆は一瞬だけ怯むのだ。
次に起こるのは、悪夢。×層に連なる幻惑が芋を覆う。意思を介さず育った自然薯は、もはや各々が勝手に象徴を得るために既に生まれ始め出した。ある猿の見た芋は、粉々に砕け、その芯を神殺しの剣ゴッドスレイヤーに見立てている。神への嫌悪を抱えていた猿は、芋の割れ方を見て、その余波が自分にとって揺ぎ無く望ましいものだと、あるいはそれが神にとって致命的なアキレス腱(芋がアキレス腱とは、随分とまあ、いーんいんいん)だと、信じて疑わなかった。あるいは、多くの猿が、是非はともかく巨大な物がピンチクックに瓦解するだろうという消費的気分を携え、芋に手を伸ばした。ここで質問だが、陽菜君、かくも悲しきヒブナに切望はあるか? うーん。分からないなり。小生には、まったくもって、ゲロゲロ、分から......ゲロゲロ(っち、カエルだとバレちまう。さっさと逃げないとなぁ。やけけ。やけけ。さっさと......逃げないと。さっさと.....)ないですね、へへー。
余談(ヨダンの【考える人】だと? うばばうばばうばば。これだからガキは。干葡萄食って鼻毛を抜けヨ!)だが、卑弥呼はこうして人を占っていたのだヨ。おほほ。
「寄り目で世界を見なはれよ?」
道の先に立つ盲目の少年「ジョウ」が、見栄を切って云った。彼は、幽霊だったのだ。
「そういう世界よ。自分は幽霊かもしれない。この世界には、生の位相も死の位相もどちらも存在し、創造者は、全ての生者と死者に同等の外見を与える。声を支配されたのだから、当然ブンタ。
要するに、連帯に対する疑念よね。性悪説で連帯するなら、狐食らいで日銭稼いで終わり
――いえ、君は座礁したクジラなんですよ、と、激しく高鳴る医心(医者の心臓)が答えた。
――むー。
――風呂場で踊る。
――厚木の森には、男神が宿るという話だった。大きな期待は、自然、僕を神秘の森のほうへと誘った。同類に会いたい、と思ったのだ。
――厚木の森には、男神が訪れるという話だった。舗装路を歩いていると、見覚えのない破屋にたどり着いた。
――空には、大きな満月がかかっている。月光に照らされた地で、先細る梢の影だけが異様に見えた。それは、男根の象徴だったかもしれない。
――東に傾ぐ小屋。屋内の四方に立った支柱は、東側だけが腐っていた。
――男神の気配もない。痕跡すらも未だ見いだせない。夜の魔力が支配する鬱蒼とした空間に、大河の一滴のような一歩一歩を踏み出していく。
――小さな木机が残っている程度だろう。屋内の様子について、私は何となくそういう想像をしていた。破屋という記号の意味に、その望ましい姿(少なくとも私がそう考える、記号の
――この森を踏破しても、男神には会えないかもしれない。やるせない疑念が、今まで散々その類の往来をにべもなく振り払ったものの、今この一瞬間に急にすとん、と音を立てて胸中に留まった。
――屋内には、キッチンも、冷蔵庫も、寝具も、仏壇も、もちろん机もあったのだ。冷蔵庫の野菜室に、常温の玉ねぎがゴロゴロと転がっている。腐ってはいないが、年季ゆえに表面がしな垂れていた。
――道中、大木の幹のいくつかの弾痕に視線が取られた。大木の根元から近くの雑木林にかけて、乾いた血の道が残る。鮮血を引きずった跡に思えた。
――私は玉ねぎを冷蔵庫にしまった。
――対面の遠方には、清水の流れる川とそれを横断する小橋があった。そこにもしかしたら男神がいるのかもしれない、私は最後の希望を持って前を向いた。
――仏壇には、老齢の男性の遺影が飾られている。お供え物のキャンディは上部が溶け、重力に負けて半円形に縁取りなおされていた。
――小橋の中央に、不自然な大穴がくり抜かれている。ひと一人が十分に収まるスペースだ。件の弾痕の方だけ円の縁が薄汚れ、擦すれ跡があるところを見るに、銃眼かと思われた。
――机の上には、何もなかった。それがまた、私の期待のようなものを裏切った。この場所に存在する『意味なき生活の痕跡』のようなものに、震える思いがした。
――小橋を東向きに渡ったところに、あばら屋のようなものを見つけた。ただの家屋であれば興味を引かれることはないが、不思議なことに、屋内から音が聞こえたような気がして、僕の気持ちはそちらに引かれていったのだ。
――かつて存在していた生活空間には、意味はなくとも過程はあった。然るに、私による生活空間の再発見という意味の干渉が、この空間に少なからずいい影響を与えないのだと思って、私はそっと家屋を跡にしようと思った。
――あばら屋の外壁には、木こりが使うような斧が立てかけてあった。やはり、屋内からは時折軋みのような音が聞こえる。
――私が玄関へと踵を返したとき、建付けの悪い入口の引き戸が、動いたかのように思えた。
――僕はあばら屋の戸をゆっくりと引き、屋内へと足を踏み入れた。そこには、鼠が一匹いた。
――一瞬動いたかのように思えた戸は、すぐに動きを止めた。風が吹いただけか、私はそう結論付けて入口の戸を押し、外の景色を眺めた。遠くの満月が、まぶしく感じられた。その時、私の足元で小さな鳴き声が聞こえた。
――屋内には、木机が一つだけ残されていた。広々とした空間をネズミが縦横無尽に駆けているが、僕を見つけるとすかさず足元をすり抜けて外へと飛び出してしまった。ネズミの背面には『2020/05/30/16:00:00』という入れ墨が彫られていたが、何のことかさっぱりわからなかった。
――私の足元には、鼠が一匹いた。なるほど、この鼠が戸を動かしたのだな、私はそう安堵したのだった。鼠の背面には、『2020/05/30/16:00:03』という入れ墨があった。入れ墨は刻一刻と変化し、次々と様態を変えていくが、その規則性を理解することは叶わなかった。
――屋内に残された木机を見て、僕はこの空間の更なる発展の可能性を見た。冷蔵庫や寝具。諸々揃えれば、生活空間に足りるのではないか、私はそう考えたのだ。
――私は男神の到来の可能性について、ある種の諦念を持っていた。もはや本日の巡回の意味はないと、往路を始めたのだった。
――寂れた生活空間の発展を願った僕は、しかしながらそれが真に変容することまでは願わず、あばら屋を出た。そして、先ほど渡った小橋に向かった。
――私の帰り道に、不思議な橋が存在する。橋そのものは何の変哲もないが、その中央に、一人分の出入りが可能な大きな穴が空いているのだ。誰かが何かに使っているのかと思いきや、汚れ跡や使用の形跡が全くない。不思議な穴なのだ。
――小橋までの距離は、思ったよりも長かった。僕はもはや、男神の発見という目標など掲げてはいなかった。
――橋の大穴について、私には使い道がありそうだ。橋の見晴らしに広がる道には猪がよく通るのだが、その猟に、その穴は使いやすいと思われた。そんなことを考えているうちに、私は橋へと到達した。
――ようやく、小橋にたどり着いた。
――橋の中央で足を止め、大穴を見る。
――小橋の中央で足を止め、穴を見る。
――その時、西側から一匹の鼠が走ってきた。
――その時、東側から一匹のネズミが走ってきた。
――鼠が大穴に、一直線に向かう。
――ネズミが、穴に向かう。
――そして鼠は大穴の下に落ちた。入れ墨には『2020/05/30/16:09:04』の文字。
――ネズミが、穴の下に落ちた。入れ墨には『2020/05/30/16:09:04』の文字。
――鼠は最後まで、独りぼっちだった。
――彼は最後まで、独りぼっちだった。
――空には満月。
――空には満月。
――……
――……
――帰ろう。
――行こう。
――男神はついには現れず、私は自分の家に帰った。
――男神はついには現れず、僕は自分の家に帰った。
――木机しかない、小さなあばら屋へと。
――蹄の後残る、森の中へ。
幽霊と出会う 山川 湖 @tomoyamkum
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