第九節 厩舎
二日後の今日、約束通りオヤジがロックに乗って迎えに来た。
俺とファウヌスの雰囲気が変わったことに気が付いたオヤジは、上機嫌にパーンと話し合い、俺とイシスを回収して領都へと飛び立っていった。
前回以上に派手にモフり倒されたヨーゼフは無惨な姿になっていたが……
領都へと戻ってきた俺たちだったが、家に帰ること無くそのまま街から離れた牧場の厩舎へとやってきた。
見た目は特に何の変哲もない、大きな石造りの馬小屋だ。
「おお! スゴイのだ、いろんなお馬さんがたくさんいるのだ!」
イシスが目を輝かせながら厩舎の中へと飛んでいく。
中には、ユニコーンにペガサス、8本足の神獣スレイプニルなどの有名どころから名も知らない様々な馬の幻獣たちがズラリと大人しく寛いでいた。
「こら! ここの子たちはみんな怖がりなんだから、いきなり大きな声を出しちゃダメだよ」
入り口で弟のマルクが、浮かれるイシスの前に仁王立ちで立ちふさがった。
イシスは怒られてシュンと宙に浮かびながらうなだれる。
「う……ご、ごめんなのだ。だって、お馬さんがキレイだったからつい……」
マルクは引き結んでいた口元を綻ばせ、ニコリと目を細める。
「でも、反省してるみたいだし、みんなのことを驚かせなかったら中に入れてあげるよ?」
「ほ、ほんとに?!」
「こら、大きな声を出さない……しー!」
「しー、なのだ」
マルクとイシスは、口に指を当ててシーッというジェスチャーをしている。
12歳児に躾けられる世界の頂点、なんともチョロい駄女神だ。
「おや? 騒がしいと思ったら、兄さんたちだったのかい?」
牧師のような白い衣をまとった長身でスレンダーなオヤジと同世代ぐらいの女性が厩舎から姿を現した。
ブルネットのショートカットで顕になった首筋に聴診器のような物をぶら下げているから獣医かな?
オヤジはニッと手を上げて挨拶をする。
「おう、エマ! わりぃな、世話になるぜ」
「……ん、良いけど」
と言いつつも、女医エマはきつそうな眼力のある視線でチラリと俺を見る。
思わず後ずさりそうになってしまったが、俺は何でもないようにその場で突っ立っていた。
エマははぁっと大きなため息をつき、腰に手を当ててオヤジを睨みつける。
「……本当に兄さんたちは能天気だよ。アルが帰ってきたって義姉さんも喜んでたけど、あたしたちの複雑な気持ちを考えないのかねぇ?」
「お、おう、リリのことは申し訳ねえし、でもよ、アルのやつだって家族なんだし、赦してやるチャンスを与えてやってもよ……」
「……まあ、兄さんがそう言うなら無下にはしないさ。でも、ちょっとでもダメだったら、アルとは二度と関わらないからね!」
「あ、ああ、それでいい。……じゃあな、アルセーヌ。エマの言うことをよく聞いて、励め」
オヤジはエマの剣幕にタジタジになりながら、そそくさと逃げるように去っていった。
最強のオヤジにも苦手なものはあるようだ。
俺も気の強い女性は苦手なんだけど……
「……じゃ、ついてきな」
そっけないエマは俺を見ること無く厩舎の中へと歩いていく。
俺は置いていかれないように慌ててついていった。
厩舎の中ではイシスがマルクに案内され、幻獣の馬たちを見て楽しそうに笑っている。
恐る恐るスレイプニルの首筋を手で撫で、スレイプニルが穏やかにいななく。
その時のイシスの目の輝きようっていたら……脳天気すぎて羨ましいぜ。
この無責任駄女神め!
そして、厩舎の最奥にやってくると、マルクと同じぐらいの歳の少女が水の入ったバケツを持って、馬房から出てこようとしていた。
俺と目が合うと、急に顔が青くなってバケツを落として震え出した。
「ひっ?! ア、アルセーヌ、様……」
この怖がりよう、嫌われているどころかトラウマがありそうなんだけど?
この想定外すぎる状況に、俺はただ固まるしかなかった。
「大丈夫だよ、ボクがティファのことを守るから」
「……マル、くん」
そこに、マルクがスッとあまりにも自然な騎士様のような動きで少女と俺の前に立ちふさがった。
ティファと呼ばれた少女は、物語の姫のようにマルクに甘く熱い視線で答える。
……ええっと、俺は今、何を見せられているのだろう?
「コラ、遊んでるんじゃないよ、お前たち!」
エマはすでに馬房の中に入って、警戒の目で俺たちを見ている幻獣の首筋を撫でて落ち着かせていた。
俺たちはエマに一括されると、マルクとティファはピシッと直立不動に姿勢を正した。
「今からアンタたちは1つのチームだよ。今晩は寝ずの番で、このコ、麒麟の出産の立会いだ」
マルクの敵視する目とティファの恐怖に怯える目が俺を見上げる。
今晩もタフな夜になりそうだ。
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