第八節 過去の過ち
俺はオヤジにこの山奥に置いていかれ、羊飼いたちの仕事を手伝うことになった。
だが、手伝うとは言っても、平時はそれほど忙しく動き回るわけでない。
基本的には、群れから逸れてしまう羊が出ないようにし、狼や熊などの捕食生物から羊たちを守るための見張りが主な仕事だ。
俺は羊飼いの息子の方、ファウヌスに話しかけようと近づく。
しかし、怒りが爆発した後は俺と口を聞くこともなく、顔を背け距離を取る。
俺はやれやれと頭をかき、羊飼いの父親の方パーンに聞いた事情を思い出す。
かつての俺、この体の元の持ち主の人格はオリヴィエやアウグスタに聞いていた話通りどうしようもないバカボンボンだったようだ。
領主であるオヤジの権力を傘に来て、悪さ三昧だったらしい。
主従関係にあることでファウヌスを初め、他の幼なじみたちも俺の元の人格にいじめられ、無謀な冒険(番外編9参照)というものに駆り出されて痛い目に合わされていた。
他の兄弟姉妹が優秀だからか、落ちこぼれである自分は腐り、下の者たちをイジメて鬱憤を晴らしていたようだが、同情するようなことではないだろう。
そのような経緯があって、兄弟同然の付き合いだった幼なじみたちとは溝が深まり、ある事件で決定的に関係が壊れた。
それが、今の俺の魂がこの体を手に入れることになった事件、冒険者パーティーに入れられていた地元の仲間達とともに全滅した事件だった。
王都の遺体安置所で目覚めた時に見た棺桶には、ファウヌスの兄や姉ソフィの婚約者の弟、弟マルクの親友の姉たち3名が入っていた、というわけだ。
確かに、俺が兄弟たちを殺した、と罵られても仕方がないことだ。
王都へ無理やり連れていき、挙げ句にみんなを死なせて自分だけのうのうと生きているのを見ていたら、残された者はそう簡単に赦せるものではないだろう。
世界の厳しさを知る大人たちやオリヴィエは、俺がバカのボンボンから変わってくれたことで赦してくれたのかもしれない。
だが、まだ若い兄弟姉妹や幼馴染たちはそう簡単には割り切れないと思う。
このまま日が暮れ、黄金の羊たちを柵の中に集め、俺たちは小屋で夜の迎えることになった。
困ったことに、ファウヌスとは会話の糸口もつかめないほど拒絶されてしまっている。
俺は、とりあえず備蓄されていたクリムゾンヘッドベアの熊手肉でシチューを作っているパーンを手伝う。
ファウヌスは黙々と薪を割っている。
そうして、気まずいまま料理は完成した。
「ふぉおおおお! 手がコラーゲンたっぷりで美味しいのだ!」
イシスが熊手肉を食べて吠えている。
高級食材の珍味なので、俺も食べたことなく、これには感嘆を漏らした。
パーンはどことなく嬉しそうに目を細めていた。
「そうでしょう? この取れたての贅沢な食材を好きに使えるというのが、羊飼いであり狩人である我々の特権ですよ」
「へん! うるせえ、チビだぜ。静かに飯も食えねえのかよ?」
「な、なんだとー! あたちはチビじゃ……」
『ウォオオオン!(おい、盗人共が出やがったぜ!)』
俺はオルトロスのヨーゼフの遠吠えで、イシスとしょうもないケンカを始めようとしたファウヌスもハッとした。
パーンはすでに動き出し、俺も食事を途中でやめて表に飛び出した。
「おい、アンタは来なくていい! こんなのオレたちだけで十分だ!」
「バカ言うな! 俺だって手伝う!」
「チッ! 邪魔だけはすんなよ!」
俺たちが外へ出ると、狼の魔獣ハウンドウルフたちが黄金の羊に襲いかかろうとしていた。
羊たちはパニックになり、柵の中で逃げ惑う。
が、ヨーゼフとパーンが間に入り、羊たちを守る態勢に入ることができた。
「うおらぁあああ! 唸れ『雷撃の杖』!」
『グギャァアアアアン?!』
ファウヌスがフック状になっている木の杖を振りかざすと、雷が迸りハウンドウルフの一匹を焼き殺した。
他のハウンドウルフたちは飛び退き、徐々に後ずさっていく。
『グガルゥアアアア!(てめえら、下がるな! 逃げてみろ? そいつの首はオレ様がかき切ってやる!)』
群れのボスだろうか、他のハウンドウルフよりも遥かに大柄でピットブルのように凶悪な顔をしている。
そのボスの登場でハウンドウルフたちは恐れおののきながらも俺たちに牙を剥く。
「あれはラムジーウルフ、か? ふむ、他所から流れてきた外来種、か」
「いつもよりしつこいのは、アイツのせいか。……よし! ヤツを殺れば!」
「待てい、息子よ! 不用意にヤツに近づくな!」
ファウヌスは若さ故の蛮勇か、パーンの静止も効かずにラムジーウルフに攻撃をしかける。
ラムジーウルフは、その巨体にもかかわらず、まるで瞬間移動したかのようにパーンの雷撃をかわした。
「何?!」
『ガァアアアア!(遅え、雑魚が!)』
ラムジーウルフは、前転回転しながら牙でファウヌスの肩を切り裂く。
「ぐわぁああああ!」
ファウヌスは鮮血を撒き散らしながら倒れ込んだ。
そこに、ラムジーウルフはとどめを刺そうと襲いかかる。
『ガァアアア!(死ねや!)』
「させねえよ! 夢幻闘気100%だ!」
『グルゥ?!(何だと?!)』
俺は全力の闘気を身に纏い、ラムジーウルフの牙を盾で受け止めた。
ファウヌスを守ることに間に合った。
だが、両手で盾を支えないといけないほどこの一撃が重い。
「ク、クソ……」
『グルゥフ……(クックック。このまま押し切ってや……)』
『ガルァアアア!(よくやった、アル公!)』
『グギャァアアアアン?!』
俺に気を取られていたラムジーウルフは、隙を突いたヨーゼフの一撃で首をかき切られた。
群れのボスだったラムジーウルフを斃され、ハウンドウルフたちは霧散して逃げていった。
俺はホッと一息をついて倒れているファウヌスに手を差し出す。
「よう、大丈夫か?」
「……う、うるせえ、よ」
ファウヌスは俯いたまま、肩を震わせる。
そして、目から雫がこぼれ、地面を濡らした。
「ちくしょう、アンタに助けられるなんて」
「おう、悪かったな。でもよ、目の前で兄弟分がピンチなら助けるのが普通だろ?」
「……なんで、だよ? 昔のままのクソ野郎だったら、恨み続けるのも楽だったのに」
ファウヌスは嗚咽を漏らしながら、話を続けた。
「本当は、分かっていたんだ。アンタを恨んでも兄貴たちは帰ってこないって。でも、この気持ちは、どうすればいいんだよ?」
「そいつはどうすることもできねえよ。できねえし、俺にもどうすればいいかもわからねえ。だから、今の俺にできる償いは、この世界をおかしなことにならないように、少しでも良い方向に導いていくことだけだ。ま、今すぐできることは、おめえの手当をして、飯の続き、だろ?」
俺はニッと笑いかけ、手を差し出したまま立つ。
やがて、ファウヌスは涙を拭い、傷ついていない方の手で俺の手を取って立ち上がった。
まるで、囚われていた過去の過ちから前進するかのように俺たちは小屋へと戻っていった。
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