第七節 羊飼いたち
しっとりとした湿気があり緑の濃い森が広がる山岳地帯、切り立った山頂には白く輝く氷河の冠を被っている。
俺はシュヴァリエ家当主であるオヤジ『聖帝』とともに、ロック鳥のロックの背に乗って空を舞っていた。
ついでにイシスも一緒にいて、俺の頭の上に座っている。
他のみんなはシュヴァリエ本家のある領都に残った。
ロクサーヌはロックに捕まった時に故障したシャトルポッドの修理、ロザリーとフィリップはその手伝いだ。
ヴィクトリアとレアたちはアウグスタとの訓練と俺の母親の手伝いもすることになった。
あのおっとりとした母親は意外にも、人・獣兼用の医者もしている。
オヤジと結婚する前は、世界で一番危険な町・暗黒大陸のマルザワードで金等級冒険者パーティーに属していて、後方支援役の『聖女』と呼ばれていたそうだ。
その当時聖騎士隊を率いていたオヤジと出会って、長いラブストーリーの末、結婚したそうだ。
ちなみに、その冒険者パーティーを率いていたのが俺たちの冒険者ギルドマスターのエマニュエルの爺さん、現マルザワードの冒険者ギルドマスターに、アルカディアで独立戦争を戦ったサムの親父たちという、そうそうたるメンバーである。
『ボォゲェエエエ~!(おーい、ついたぞぉ~)』
ロックが一鳴きして目的地到着を知らせてくれた。
俺たちはただの遊覧飛行をしていたわけではなかったのだ。
「ええ? あたちは二人のラブストーリーをもっと聞きたかったのだ!」
「ガッハッハ! 嬉しいこと言ってくれるな、お嬢ちゃん? オレもまだまだ語り足りねえぜ。帰る時にまたお嬢ちゃんに聞かせてやるよ」
「うん、楽しみにしているのだ!」
イシスはオヤジから母親との馴れ初め話を根掘り葉掘り聞いていた。
一応別人格だが、両親のそんな話を息子である俺が隣りで聞いていたせいで、甘すぎて胸焼けをしちまったけどな。
『メ”ェエエエ?!(うぎゃー、く、食われる?!)』
ロックが降り立った先では、黄金の毛を持つ羊たちがパニックになって逃げ惑っている。
幻獣である黄金の羊だが、普通の羊と同じで臆病な性格のようだ。
『ウォオオオン!(落ち着け、貴様ら! オレ様が守ってやる!)』
双頭の犬・オルトロスが凛々しく吠え、黄金の羊たちを落ち着かせた。
そして、俺達と黄金の羊の間に入り、よだれを垂らすロックにさらに吠える。
『グガルァアアア!(てめえ、仲間たちを食うなっていつも言ってんだろうが!)』
『ボゲェエエエ(じゅるり。だってお腹すいたんだもん)』
マイペースに食欲を隠す気のないロックに、オルトロスが牙を向けて唸る。
一触即発の獣たちだったが、二人の男、羊飼いたちの登場でその戦いは未遂に終わった。
「落ち着けい、ヨーゼフ!」
『クゥーン(チッ、しゃあねえな)』
「ロックにはいつも通りクリムゾンヘッドベアだべな」
『ボゲェ!(わーい! いただきまっす!)』
羊飼いたちは、頭部から背中にかけて赤毛で覆われているシロクマ程はありそうな巨大なクマの死体をロックの前に差し出した。
ロックは間髪入れずに、美味しそうに啄む。
羊飼いたちは、獣たちの落ち着いた様子を見て、安心してからオヤジの前に跪いた。
「遠路はるばるお越し下さり光栄であります、ルノー様」
「んだよ、一々大げさなことしてんじゃねえよ、パーン。オレたちゃ、ガキの頃からのダチ同士じゃねえか。他人がいる時以外は、んな他人行儀なことすんじゃねえっていつも言ってんだろ?」
「いえ、しかし……」
羊飼いの中年の方、パーンがチラリと俺を見た。
その様子を見て、オヤジは納得したように高らかに笑った。
「ガッハッハ! アルセーヌのことなら気にするな。こいつはよ、記憶を失ってついでに性格も変わったんだ。身分の上下だとか調子に乗ったことはしなくなってんだ」
「……記憶を、ですか? しかし、それはそれで……」
パーンはどこか渋い顔をして口ごもる。
オヤジもその理由を分かっているように、困り顔で頭をかいた。
「……ま、ワリぃけどよ、こいつを預かって明日一日こき使ってくれや。二日後に迎えに来るからよ、それまでに色々と話し合ってくれ」
「……ええ、ルノー様がおっしゃるのであれば。しかし、あまり期待はしないでくださいよ?」
オヤジはオウと返事を返し、後ろ姿で手を振って去っていこうとした。
が、ピタリと足を止めて俺たちの方を振り返った。
「おっと、ヨーゼフに挨拶すんのを忘れてたな?」
『グ、グガァアアア?!(や、やめろ、来るんじゃねえ!)』
オヤジは別人になったかのようにニコニコとしながら、オルトロスのヨーゼフに近づく。
ヨーゼフは牙を向き、全身の毛を逆立てて拒絶を表す。
『グガルァアアア!(先手必勝!)』
「お? 甘咬みとはいつも通りカワイイなぁ、ガッハッハ! よーしよしよし!」
『グギャフン?!(や、やめろぉおおお?!)』
オルトロスという魔獣の本気の抵抗も、世界最強クラスの男にはただじゃれついているだけにしか感じないようだ。
一通りモフリ倒し、穢されたようにぐったりとしたヨーゼフを残してオヤジはロックに乗って去っていった。
イシスは俺の頭の上で笑い転げ、俺はただ苦笑いしかできなかった。
そんな俺達の前に、羊飼いのもう一人、パーンの息子と思われる俺と同世代の少年がやって来た。
その目には、怒りと憎しみが隠す気もなく宿っている。
「何、ヘラヘラ笑ってんだよ! 親父同士が許し合ってもな、オレは、オレたち兄弟はアンタを許す気はねえ! 兄貴たちを殺しやがって!」
記憶のない別人である今の俺に、過去の罪が牙を向いてきた。
ここに俺を置いていったオヤジの意図、それをやっと理解すると同時に難題に頭を悩まされることになった。
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