第五節 シュヴァリエ本家
「……すっげえな」
俺は小高い丘を見上げ、ただ感嘆の吐息を漏らした。
目の前には灰白色の石造りの城壁がぐるりと長大に走り、各所にある煉瓦色の尖塔がそびえ立つ。
かつての世界で見た、南仏の世界遺産カルカソンヌのような外観であるが、こちらは現役であるためまだ若々しい。
「そ、そうですね。王都の綺麗なお城とは全然違って迫力がスゴイです」
ヴィクトリアが俺の隣りに立ち、同じく静かに感嘆を漏らす。
レアと子狼たちもほぇええっと並びながら首を痛くなりそうなほど見上げる。
「……ここが聖教会圏一の名門シュヴァリエ本家」
俺の逆隣りにいるロザリーは、どこか緊張したような面持ちである。
確かに畏まってしまいそうな気はするけど。
しっかし、まさかこの体の実家に帰ってくるとはなぁ。
面倒くさそうだから帰る気はなかったけど。
まあ、オリヴィエと仲直りみたいになったし、いずれは帰ってもいいかなぁと思い始めていたからちょうどいいのかな?
俺がちらりと弟妹たちを見る。
幼い妹のクロエはハッとして、弟のマルクの背の後ろに隠れてしまった。
そして、マルクは妹を守るように俺を睨みつける。
「……何さ?」
「はん? 別に何もねえよ?」
「そう? だったら、ボクたちのことは放っといてくれるかな?」
と、マルクはふいっと俺から顔をそらし、クロエの手を取って城門をくぐって城壁内へと入っていく。
過去に何があったのか、なんともまあ嫌われたんだ。
俺はやれやれと頭をかく。
「ま、貴様のこれまでの素行の悪さを考えれば当然だな」
後ろを振り返るとアウグスタがフンと鼻を鳴らして腕を組んでいる。
出すものを出してスッキリとしたようだ。
その凛々しい佇まいもさっきの醜態で半減しているがな。
「んなこと言っても、俺には記憶にねえっつうの」
「ふん! 都合の悪い時は記憶喪失のせいにするか? 過去の貴様の悪行からは逃れられんぞ?」
「へん! 昔のことは俺の責任じゃねえよ」
「性格が変わっても無責任さだけは変わらんな。やはり貴様にだけはヴィクトリア様を……」
と、俺とアウグスタはいつもどおりの言い合いを始めようとしたところだった。
「クロエちゃん!」
城門から妙齢の女性が、長い金髪と軽やかなドレスを風で舞わせながら飛び出してくると、クロエを叱るように腰に手を当てて、頬を膨らませている。
どこか子供っぽい仕草だがオリヴィエより少し年上ぐらい、クロエとどこか雰囲気が似ているので、多分姉ちゃんかな?
「ダメじゃないの、大事なドレスのまま牧場に行くなんて!」
「うう、だってマル兄ちゃんに見せたかったんだもん」
「……もう、仕方ないわね。汚してないから許してあげ……あら? あらあら?」
女性は俺と目が合うと混乱したように固まった。
と、思いきやすぐに花が咲くような笑顔で俺に飛びついてきた。
「アルセーヌちゃん! やっと帰ってきてくれたのね! 嬉しいわ!」
「え、え? 何、いきなり?」
俺はよろめきながら、突然のことに困惑し、状況が全く飲み込めていなかった。
女性はまるで小さい子供にするように暖かいハグをしてくる。
巨大で色っぽい胸が当たるが、少しも俺のムスコは反応しない。
やはり肉親のようだ。
だが、誰か全くわからないので困ったものだ。
俺が困惑していると女性は俺から体を離し、真正面から俺の目を見つめてくる。
翡翠のように澄んだ瞳で見つめられると男なら大体落とされてしまうかもな。
だが、その魅惑的な瞳は、俺の態度を見て輝きが滲み始めた。
「ア、アルセーヌ、ちゃん? ど、どうしたの? そ、そんな他人を見るような目で……あ、ああ、ひどいわ!」
と、急に膝から崩れ落ちてすすり泣いてしまった。
え、ええ?!
感情の起伏が激しすぎだろ!
ど、どうすりゃいいんだよ?!
「……ほう? てめえ、帰ってきて早々に母さんを泣かすとは、やっぱりどうしようもねえバカ息子だな?」
いつの間にかやって来ていた馬車から俺によく似た男が肩を怒らせて降りてきた。
その表情はまさに血管が切れそうなほど歪み、背景ですら歪んでいる。
「へ? 母さん、息子? って、ええええええ?!」
いや、見た目若すぎだろ!
そんなの分かるわけねえし!
てことは、この男が俺の……オヤジ?
コローネのおっさんが、海賊王とどっちが強いかわからないって言ってた世界最強の一角、か。
っていうか、その最強が俺に対して本気で怒って……
「ちょ! た,タンマ! お、俺は……」
「言い訳無用だ! 今まで何処ほっつき歩いてやがった、このバカ野郎が!」
「にぎゃああああああ!」
俺は世界最強のゲンコツをくらい、三途の川へと旅立った。
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