第四節 牧歌の大地

 終わりが見えないほどの青がどこまでも続くかのように天は高く、まだ低い位置にある陽は早くも燦々と輝き緑の樹々に暖かく降り注ぐ。

 乾燥した白い岩肌が荒々しい起伏を作り出しながらも、黄土色の大地はどこか牧歌的で穏やかな風が舞う。


「ボクは農夫、ランランラン♪

 今日も乳搾り、ルンルンルン♫

 まぁるいチーズ作ろう、トントントン♬

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 まだあどけなさの残る茶色い癖っ毛の少年が麦わら帽子を被り、三叉槍トライデントをまるで農耕用のピッチフォークのように肩に担いでいる。

 軽やかな足取りとリズムの良い農耕詩を口ずさみ、牧歌的な風景をさらに微笑ましくさせる。


「待ってぇ、マル兄ちゃん!」


 少年よりもさらに幼い少女が、ふわふわとしたピンク色のドレスをはためかせながら駆け寄ってきた。

 少年は振り返ると、あちゃぁっと言いたげに頭をかいた。


「ダメじゃないか、クロエ。ドレスの試着をしたまま外に出てくるなんて」

「だってぇ、マル兄ちゃんに見てもらいたかったのにお家にいないんだもん!」

「しょうがないじゃないか。昨日から父上は式の準備で出掛けてるんだから、ボクが一人でみんなの世話をしないといけないんだよ? 今日は朝から忙しいんだからさ」

「うう! そうだけどぉ……」


 クロエが涙目になり、ドレスの裾をぎゅっと小さな両手で握りしめている。

 マル兄ちゃん、マルクは妹の拗ねた様子を見るとふぅっと小さくため息をついて、柔らかく笑いかけながらクロエの頭に手をぽんと置いた。


「でも、すっごく似合ってるよ」

「……ホントにぃ?」

「うん。世界でいっちばん美人だよ」

「わーい! マル兄ちゃん大好きぃ!」


 クロエが飛びつくように抱きつくと、マルクは受け止めながら頭を撫でてあげる。

 幼い兄妹は笑顔で手をつなぎ、並んで歩き出した。


「らららら、おさんぽにいこうよ♪」

「おおかみなんてこわくないもん♬」

 

 愛くるしい小鳥たちのような歌い声が、天上の楽園に変えてしまうかように切り立った渓谷に木霊していた。


 陽が高くなった頃、マルクは最後の干し草の束を鋼鉄のカゴの中に放り込んだ。

 水牛のような家畜であるカトブレパスが重い頭を垂らしながら、のそりと近寄り干し草を食む。

 

 カトブレパスは、その瞳で睨むと相手を石化させるという恐ろしい怪物である。

 しかし、それ以外は大した脅威のない大人しい草食動物でもある。

 二人のように石化無効の効果のある魔法のリボンを身に着けていれば、子供でも世話をすることができる。

 

「よし! これで午前中の仕事は終わりだよ! 帰ってご飯にしよう!」

「うん! ……あれぇ?」


 マルクが家畜たちの世話を終え、家路につこうとした時だった。

 クロエが天を駆ける怪鳥へ首を傾げながら指差した。

 その口からは、非緋色に輝く物体がはみ出ている。


 幼い兄妹は顔を見合わせて首をひねり、ロック鳥の降り立った岩山を見上げていた。


・・・・・・・・・・・・


「……と、止まった、のか?」


 俺たちはロック鳥に捕まり、どこかに連れて行かれていた。

 おそらくロック鳥の巣だろうが、シャトルポッドがオリハルコン製で頑丈だったから今のところ無事だ。


「ああん、もう! ぜんっぜん反応しないわ! ギンギンにイキリ立ってさっさと発射しなさいよ!」


 ロクサーヌがシャトルポッドのエンジンをかけようとしているが、全く反応しない。

 外装は無事だが内部機関は繊細なのだろうか。


「うう。あ、あたちたち、食べられちゃうのかな?」


 イシスがガクガクと震えている。

 世界の頂点のクセに何という情けなさ、いや、これが駄女神の通常運転だな。

 子どもたちにも恐怖が伝染したように顔が青くなってしまった。


「……はぁ、しょうがないわ。外に出て直すしか無いわね」

「ちょ! でも、ロクサーヌさん、外にはロック鳥がいるんですよ!」

「大丈夫よ! あたしが巨大なローストチキンを作ってあげるわよ!」


 ロクサーヌが薄い胸を張ってふんぞり返った。


 ああ、そうだった。

 魔王に匹敵する大魔道士がいるんだった。

 俺はホッと胸を撫で下ろそうとしたところで、ロクサーヌはニヤリと笑った。


「でも、アルにはあたしの盾役になってもらうわよ」

「はぁ?! む、無理無理! 俺ごときじゃ秒で死んじまいますよ!」

「ふぅん? アグにゃんは解毒魔法かけて眠ってるわよ? それともロザリーちゃんにやらせるの? うわ、この男情けないわぁ」

「クッ! わかりましたよ! 俺がやりますよ!」


 ロクサーヌにまんまと乗せられた俺は戦闘ができるように準備を整える。

 フィリップは戦闘面で全く役に立たないので、もしもの内部の守りはロザリーに任せた。

 そして、俺は意を決して外に躍り出た。


「うう!」


 俺はあまりの光景に腰を抜かしそうになった。

 ロック鳥は近くで見ると山みたいにデカい。

 それだけではない。

 人よりも遥かに大きい象みたいな魔獣をスナック菓子のようについばんでいたからだ。


 俺、今日死ぬかも……


「ああ! ロックがまたどっかから光り物取ってきちゃったよぉ!」

「……ホントだねぇ、どうしよう」

『ボゲェ!(これおいらのお宝だい! 渡さないぞ!)』


 男女の子どもたちがどこからかやってきて、困ったようにシャトルポッドを見ている。

 ロック鳥は血まみれの嘴で、近づこうとする子どもたちを威嚇するように叫ぶ。


「お、おい、危ねえぞ!」


 俺は焦って走り、子どもたちを守ろうとロック鳥との間に走り出した。

 が、子どもたちは想定外の反応を示した。


「「うげっ?! あ、アル兄?!」」


 なぜか拒絶反応を示した少年の顔は、どこか俺を幼くしたように見える。

 困惑して固まる俺の後ろで二日酔いから完全に回復したアウグスタの声が聞こえてきた。


「……やはり、な。見たことあるロック鳥だと思ったら、シュヴァリエ本家のペットだったか」


 どうやら俺は、意図せずに帰郷してしまったようだ。

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