第三節 天空の王者
私は小窓からぼんやりと外を眺めていると、青一色だった視界に黄土色とくすんだ緑が見え始めてきた。
なんだか身体が踊ってしまいそう!
「うわぁ! 見てください、アルセーヌ様! ついに聖教会圏が見えてきましたよ!」
私は運転しているロクサーヌの助手をしているアルセーヌに話しかけた。
アルセーヌは後ろの席にいる私達の方に身体を向け、こちらにやってくる。
何も言われないで、ロザリーが代わりに助手席についた。
以心伝心な二人にちょっとムッとしてしまう。
そんな私の気持ちにも気づかないで、彼は隣りの席についた。
「ハハハ、はしゃぎすぎですよ、ヴィクトリア様。でも、気持ちはわかりますよ。本当に長い旅でしたからね」
「はい! 河の旅から始まって北の大陸、それだけじゃなくて新大陸アルカディアまで行けてしまって、夢にまで見た大冒険、素敵すぎます!」
「ええ、俺もそう思っていますよ。初めはどうなるかと思いましたが、ヴィクトリア様と一緒に旅ができて良かったです。俺もやるべきことが分かりましたし」
アルセーヌは、少しずつ大きくなってきた聖教会圏の陸地よりもどこか遠くを見ているような目になった。
はわぁ、素敵な私の騎士様だって思っていたのに、この旅でもっと精悍で凛々しくなった気がする。
ドキドキが止まらないぃ!
「クッ! アルセーヌめ、ヴィクトリア様から離れろ。き、貴様の毒牙からヴィクトリア様を守らねば……」
最後尾の座席に倒れ込んでいたアウグスタが、血の気の引いた顔で起き上がり、息も絶え絶えにアルセーヌを睨みつける。
アルセーヌはアウグスタの様子を見て、意地悪くニチャァっと嗤う。
「へっへっへ。そんな状態で何ができるってんだ? 無理しねえで解毒魔法でもかけてもらえば良かったじゃねえか。二日酔いでヘロヘロしてんぜ?」
「だ、黙れ! じ、自戒のためにこの苦しみに耐えねばならん」
「へぇ? まあ、確かに、昨日の痴態は笑えたぜ? まさか泣き上戸とはな。
『ホントはオリヴィエお兄ちゃんに甘えたいのに、なんで憎まれ口しか叩けないの? こんな性格やだ! お兄ちゃん、大好きだよぉ、うわぁああん!』
って、ツンデレか? めっさブラコンやん? 重いわ」
「う、うるさいうるさい! か、かくなる上は、貴様を殺し、私も死……ウップ!」
アウグスタは口元を押さえ、また座席に倒れ込んだ。
従姉弟同士なのにこんなにケンカばかりするんだから。
「もう! あんまりアウグスタをいじめないでください!」
「そうですニャ、ご主人たま!」
「そうだぞ、女の子をいじめるのは良くないのだ!」
「ええ? 俺、売られたケンカ買っただけなんですけど……」
アルセーヌが大げさにショボンと落ち込んで見せたので、私達は一緒になって笑った。
本当のケンカじゃないから、またすぐに元に戻れるんだよね。
と、和やかな雰囲気になったと思ったら、ガクンと急に機体が大きく揺れた。
「「ぎゃふん!!?」」
「のぉ?!」
仮眠を取っていたフィリップとロロ、フレイヤが座席から投げ出されて壁に打ち付けられた。
みんなびっくりして飛び起きたけど、怪我はなさそうだ。
あ。
アウグスタは倒れたまま転がっていってしまったようだ。
元聖騎士だからこれぐらい大丈夫だと信じたい。
他の席についていた私たちはびっくりしただけで無事だった。
「ちょっ! ロクサーヌさん、いきなりどうしたんですか?!」
アルセーヌが運転席のロクサーヌに怒鳴るように状況を確認する。
「魔獣が出たわ! それもただの魔獣じゃない、天空の王者の一角、怪鳥・ロック鳥よ!」
ロクサーヌが今までに無いほど焦った怒鳴り声で返事をする。
ロック鳥、図鑑で見たことあるけど、本物は初めて……
って、おっきい?!
ガルーダのブリュンヒルデも大きかったけど、もっと大きい。
山が飛んでるみたい!
小型飛空艇は何度も急旋回を繰り返し、中の私達もその度に目を回す。
「きゃぁあああ?!」
「ああん、もう! しつこいわね! でも、おかしいわね? 普通の個体ならシャトルポッドのスピードに追いついてこれないのに。
ロクサーヌは運転に集中し、ロック鳥を振り切ろうとハンドルを握る。
と、ゆらりとアウグスタが立ち上がる。
「……あのロック鳥は……そうか、思っていたよりもあの近くを飛んでいたのか……」
「ちょ! 危ないですよ、アウグスタ!」
「いえ、大丈夫ですよ、ヴィクトリア様。あのロック鳥……わ?!」
アウグスタが急旋回の揺れで、フィリップの上に倒れ込む。
一瞬驚いた顔をしたが、すぐにいやらしい顔になった。
「ぐえ?! ふ、ふひ、あ、姉御の慎ましい胸が……ん? なんか生暖か……ぎょええええ?!」
「ああ! つ、ついに、やっちまった!」
「うるさいわよ、あんたら! 運転に集中できないじゃ……ああ?! な、何汚してるのよ、バカァ!」
「……す、すみませ……ん」
アウグスタが力尽き、ロクサーヌが後方の大惨事に気を取られ反射的に席から立ち上がろうとした時だった。
「ああ! ロ、ロクサーヌさん、ダメですよ! ま、前!」
助手席にいるロザリーの悲鳴のような声が聞こえた。
前面のガラスに暗黒の闇のような大口が開いていた。
急停止した衝撃に叩きつけられる身体と上下から潰されるように軋む機体によって、私たちはロック鳥に捕まったことを悟った。
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