第二節 もっとたくさん

「じゃあな、また会おうぜ?」

「……ああ、またね」


 俺は、見送りに来たジークフリートと握手を交わした。

 その隣りでは、ジークフリートの従者ヨハンが愛くるしい小動物のような笑顔で小さく手を振っている。

 二人は仲の良い兄妹、じゃなかった、兄弟みたいだ。


 俺はシャトルポッドのドアに手をかける。

 右横に目を向けると、オリヴィエとアウグスタが話をしている。

 オリヴィエは暖かく笑いかけているが、アウグスタはツンと無愛想だ。

 一見すると微妙な関係に思えるが、多分アウグスタはアレ、だろうなと俺は気がついている。


「お? ロザリーももう良いのか?」

「……うん、ずっと一緒にいたら離れられなくなりそうだから、ね」


 ロザリーは少し寂しそうに笑い、シャトルポッドの中に入っていった。

 俺も続いて入ろうとしたらアリスに呼び止められた。

 氷の女王らしく、無表情で冷たく刺すような視線で俺を睨みつけていた。


「ちょっと、あんた。あの子のこと泣かすようなことしたらタダじゃおかないわよ?」

「わ、分かってますって。そんな事しませんよ」

「どうだか? あのジジイの孫だから全く信用出来ないわよ。……ま、あの子のこと頼むわ」

「はい! お任せください!」


 俺はドンッと胸を叩いて大きく笑ってみせた。

 今度こそ、シャトルポッドに入ろうとしたところだった。


「そうだ、アルセーヌ! 一度、本家に顔でも出してやれ。母上だけはお前のことを心配しているからな」


 俺はオリヴィエに「ああ」と返事をして別れを告げた。


 カーミラはすでに暗黒大陸へと帰っていた。

 意外にも働き者で忙しい魔王様だ。

 この地の奴隷解放も順調に進んでいるので、俺は魔王の下僕からは御役御免となっている。


 シャトルポッドはアルカディア大陸を飛び立った、フランボワーズ王国に向けて。


 だが、この時の俺たちには知る由もなかった。

 もう二度と同じ笑顔を向け合う未来がないことを。


・・・・・・・・・・・・


 ロクサーヌの運転するシャトルポッドは順調に航行していた。

 途中の妖精島で休憩し、またまた大宴会が開かれた。


 今回もレアとヴィクトリアは子狼たちを連れ、妖精女王ターニア率いる妖精たちと焚き火の前で飛び跳ねるように踊っている。

 アウグスタは生真面目すぎるのか、ヴィクトリアに危害が加わる可能性が全くないこの妖精島でも気を抜くことなく仏頂面で見守っている。


「あの時、こうでああで、ビューンと、ドーンで、すごかったのだ!」

「……ほお、んだが。そいつぁ、てぇへんだすたなぁ」


 イシスは擬音語だけで大はしゃぎしている。

 その相手をしている樹人族の長ユッグは、幼稚園児の孫の相手をしている田舎のおじいちゃんのようにのんびりと話を聞いていた。

 まず間違いなく、全く意味がわかっていないと思うが。


「……ねぇ、アル。隣りいいかな?」


 俺が蜂蜜酒を片手にイシスの駄女神っぷりを笑いながら眺めていると、ロクサーヌと島の結界の見回りをしていたロザリーが帰ってきた。

 ロクサーヌは帰ってきて真っ先に、フィリップとエルフ達が囲んで話し込んでいる妖精島特製蜂蜜酒入りの樽へと向かっている。

 

「おう、良いに決まってるぜ」

 

 俺は座っていた間伐材の丸太から身体をずらし、ロザリーも座れるようにスペースを開けた。

 ロザリーは丸太の上に腰を下ろすと、焚き火の穏やかなぬくもりに目を細めた。

 焚き火には太古の昔から遺伝子に刻まれてきた癒やしの効果がどこかにある気がする。


「……なんだか懐かしいよね?」

「ん? ……ああ、前にこの島に寄った時以来だもんだな」

「うん、そう。そんなに前の話じゃないのに、すごく遠い昔みたいに思えちゃって。あんなに夢みたいに素敵な夜……私にとって、一生の宝物だよ」

「へへ、そんなこと言われちまうと照れるぜ。でもよ、もう二度と無いようなこと言うなよ?」

「そう、だけどさ。私にとっては信じられないような出来事だったのよ」


 ロザリーはちょっと拗ねたようにプイッとそっぽを向いた。

 俺はロザリーのこの態度が本気じゃないと分かっているので、笑いながら軽く肩と肩をぶつける。


「だったらよ、これからもっとたくさんの思い出を作っていこうぜ? まだまだ行けてない場所はたくさんあるんだ。もっともっと一緒に世界中旅して行こうぜ?」

「う、ん……うん! そうだね! 私達、冒険者だもの、もっとたくさん冒険しようね!」

「おう、そうだぜ! 俺たちの冒険はこれからだ! って、打ち切りエンドみたいになっちまったぜ、へへへ」


 旅の終わりが近づいてきたからか、しんみりとしているロザリーを元気づけるようにバカみたいな冗談を言った。

 ロザリーと一緒にもっと旅をしたいと言ったことは本当に心の底からそう思っている。

 俺たちは、行きたいところやアルカディア大陸での思い出話をして夜が更けていく。


「もう! 二人っきりでお話しているなんてズルいです! わたくしも入れてください!」


 ヴィクトリアがぷぅっと頬を膨らませ、俺たちの正面に腰に手を当てて立っている。

 

「あれ? ヴィクトリア様、レアたちは……」


 と、視線を少しずらすとレアたちは遊び疲れたのか、焚き火の側で眠っていた。

 ニャンとも良い寝顔で、子どもたちはもふもふっと気持ち良さそうだ。


「ヴィクトリア様! その男に近づいてはいけません! 穢されてしまいます!」


 アウグスタが仇敵にあった形相で俺とヴィクトリアの間に立つ。

 俺はやれやれと頭をかいたが、ニヤリとほくそ笑む。


「む? 何をニヤついている、気持ちわ……グッ?!」

「オーッホッホッホ! お固いわよ、アグにゃん? 飲んで飲んで飲みまくって、もっとたくさん交流を深め合うのよ。組んず解れつ絡み合うように!」


 そう、俺は気が付いていた。

 アウグスタの背後に立つ、ハラスメント暴君の存在に。


 酔っ払いロクサーヌがアウグスタの野性の美獣のように肉感のある唇に、水筒代わりに使っている革袋の呑み口を卑猥に突っ込む。

 中身は恐らく蜂蜜酒だろう。


 アウグスタは不意をつかれ、熱い血潮のように滾る液体を口内にぶち撒けられ、目を見開きながら喉を鳴らす。

 そして、咳き込みながら涙目で膝をついた。


「クッ! な、なにをすりゅ、りゅ……ありぇ~?」


 アウグスタは酒が弱いのか、足腰が立たず、とろんとした目で褐色の肌に血色が巡る。


「ああん! かわいいわぁ! さっきまで黒豹みたいに凛々しかったのに、今では子猫のクロニャンみたいだわぁ!」

「にゃ、にゃにを……ら、らめぇええええ!」


 この後、アウグスタはロクサーヌにおもちゃにされた。

 何があったのか、俺に語る口はない。

 ただ、堅物の女騎士というキャラが崩壊したことだけは確かだ。


 黒歴史を刻むことになる犠牲者は出たが、楽しい宴が終わると朝が再びやってきた。

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