アルセーヌ編 第六章 帰郷と旅の終わり

第一節 帰還の朝

 人が天から心を授かっているのは、人を愛するためである


 ニコラ・ボアロー


・・・・・・・・・・


 ぼうけんをはじめますか?


 ➔ はい

   いいえ




 ……う、うーん。

 ……むぐ、ぐぐ……ぐぅ……

 ……クッ! う、うるせえ。

 

「ああ、クソ! いい加減にしろよ! 全然寝れねえじゃねえか!」

 

 俺はガバっと起き上がり一喝した。

 

「びえええええん! だって、だって、だってぇええ!」


 その一喝した相手、この世界の創造主にして美の女神、その分身体、妖精の姿であるイシスがなぜか大号泣していた。

 肩書だけなら立派な女神のような気がするが、実態はどうしようもないアホ駄女神だ。


 俺はいつも通り呆れ果ててはいたが、このまま放置しておくのも可哀想ではある。

 やれやれと寝不足で重い頭をかいた。


「……はぁ、しゃあねえな。何もしてやれねえけど、グチぐれえは聞いてや……ほげっ?!」

「アルゥーー! 大好きなのだ!」


 イシスは俺の顔面にびったんと抱きつくようにくっついた。

 それから、何を言っているのかよくわからないグチを延々と聞かされた。

 支離滅裂な話を聞いてまとめると大体こんな感じになる。


 なんでも、親友だと思っていた運命の女神とやらが裏切っていたらしい。

 いや、裏切るというよりも、助けるふりをして邪魔をしていたと言ったほうがいいか?

 つまり、友達のフリして裏では敵だった、ということになるのか?

 まあ、近くにいる方が陥れるのに楽だしな。

 そもそも裏切る以前に向こうは友達なんて思ってもなかったんじゃないかな?

 ……知らんけど。


 運命の女神とやらが世界を崩壊させる方向へと誘導しようと裏で糸を引いていたみたいで、これまでの世界崩壊の黒幕だったそうだ。

 まさに運命の糸で操るってやつだな。

 それも最悪の事態に向けて、だ。


「なんで、なんで、なんでぇえええ! ずっ友って言ってたのにぃ!」


 イシスが泣きながらベッドをバンバンと小さい手で叩く。

 

 ……なぜだろうな?

 世界崩壊の危機って、この間のピサロとの戦争よりもとんでもない事態のハズなんだけど、このアホ駄女神の口から聞くと緊張感の欠片も感じられない。

 

 なんか、ペットの熱帯魚の水槽にいたずらでヘンなモノを入れられたとか、パーティドレスにシャンパンぶち撒けられたとか、その程度の話に聞こえる。

 いや、それ以下のJK同士のしょうもない内輪もめに聞こえてしまうのは、俺の気のせいか?


「……まあ、なんだ。その運命の女神ってのがどんなやつか知らねえけど、俺はお前を裏切らね……ゴハァッ?!」

「アルは優しいのだ! その胸に抱かれたいのだ!」


 こ、このアホ駄女神、む、胸に弾丸みたいに錐揉み回転で飛び込んでくるんじゃねえ……


「……朝から元気ね?」

「お、おう、ロザリー。悪いな、起こしちまったか?」


 部屋のドアの隙間からロザリーが呆れ顔でため息をついている。

 空色の明るい髪に朝日が反射して、まるで救いの女神が降臨したかのようだ。

 ま、本物の女神に迷惑をかけられてるんだけどな。


「ううん、もう起きてたわよ。今日は朝早い予定なんだからみんなとっくに起きてるわ」

「ああ、そうだったのだ! ……アル、早く起きるのだ!」


 イシスはさっさと泣き止んでロザリーの肩に飛び乗った。

 まるで俺のせいで予定が遅れているというような言い草だ。

 

 こ、このアホ駄女神、誰のせいで……

 

 と思ったが、ただ大きくため息をつくだけでやめた。

 これ以上不毛な争いをする気はない。

 ……男って辛いな……


「にゃーん! ご主人たま、おはようですニャ!」

『わーい、あーちゃんだ!』

『なでて、なでて!』

「おおっとっと! ……こらこら、いきなり危ないだろ?」


 子狼のロロとフレイヤと散歩していたレアたちが、俺が外に出てきたことに気がついて抱きついてきた。

 ついこの間まで豆柴ぐらいの大きさだったロロとフレイヤだが、今ではすっかりシベリアンハスキーぐらいになっていた。

 これでもまだ成長期という超大型種のダイアウルフのパワーに危うく押し倒されそうになってしまった。

 俺はなんとか踏ん張って子どもたちの頭を撫でる。


 こうして俺たちは連れ立ってさらに歩いて行く。


「あ! アルセーヌ様!」

「ヴィクトリア様! お待ち下さい!」


 ヴィクトリアが木剣を片手に赤みがかったジンジャーヘアをなびかせながら、満面の笑みで俺のところに走ってきた。

 後ろで俺の従姉妹で元聖騎士アウグスタが慌てて追いかけている。


「こんな日にも稽古ですか? 頑張りますね?」

「はい! わたくしは守られるだけではいけないとこの間の戦いで思い知らされました。わたくしも誰かを守れるように強くなりたいのです!」


 ヴィクトリアはフンスって鼻息が出そうなほど気合を入れた。

 このお姫様は向上心も高いし行動力もある。

 護衛兼先生役のアウグスタは、振り回されて大変そうだが、姉御肌で世話焼きだ。

 傍から見ていて良いコンビになりそうな予感がする。


「ほらほら、さっさと運びなさいよ!」

「ひぃ、勘弁してくだせえよ、ロクサーヌの姉御。オレ一人じゃ無理……ああ! アニキ、オレ一人に仕事やらせんなよ!」

「おう、悪いな、フィリップ」


 フィリップがロクサーヌにあごで使われながら、小型飛空艇シャトルポッドに荷物を積み込んでいた。

 イシスが邪魔しなかったら、俺も一緒にやっていたはずだった。

 俺は笑いながらフィリップに謝った。


 ロクサーヌも俺たちが揃ったことに気がついて高らかに声を上げた。


「みんな揃ったわね? じゃあ帰るわよ、懐かしのフランボワーズ王国へ!」

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