第16節 覇王はこの日、誕生した

 地上は闇に覆われ、やがて少しずつ太陽が戻り始めていた。

 しかし、その刹那の完全な闇の間に、全てが変容していた。


「……結界が、消えた? ワシの力だけではないが……ムッ?! こ、この魔力は、まさか!」


 王都郊外で結界の解呪をしていたバアルは、異変に最初に気がついた人物であった。

 畏怖しつつも老いた体は歓喜に打ち震えている。

 若々しさを取り戻したかのように、熱に浮かされるかのように風となり王都の中心部へと流れ込んでいった。


 すでに王都中心部で一部始終を目撃したブラドもまた、複雑な胸中で立ち尽くしていた。

 カーミラの死による悲しみ、何も出来なかった己への怒り、人への憎しみ、そして、魔族にとって救世主の再臨への歓喜、であった。


 対して、王都の人々は理解の範疇を超えた現象にただ呆然と立ち尽くしていた。

 結界によって護られていた平穏な日々は、突然終わりを告げたのだ。

 光の安寧は終わり、闇の到来を本能で察していた。

 ただ、その存在に、盲目の子羊のように抗えないでいた。

 

 光り輝く金髪は漆黒の黒髪に、光を映すような白金の瞳は暗黒の闇を覗くかのように。

 全身を覆っていた導くような光は、奈落へと突き落とす闇を纏っている。


 膝をついて慟哭していた闇は穏やかに立ち上がる。

 光り輝く聖剣が同じように変容した闇を纏う魔剣を右手に持ち、無造作に横薙ぎに一閃した。


 周囲の建物が吹き飛び、轟音とともに人々は恐怖に目覚め、次々と伝染していく。

 大恐慌に陥り我先に逃げ惑う人々は、押し合いへし合い、倒れようものなら大勢に踏み潰されていた。

 阿鼻叫喚の地獄絵図、しかし、これはまだほんの序章に過ぎない。



☆☆☆


 軽い。

 剣を一振りしただけだったが、勢い余ってしまったようだ。

 身体の動きが元に戻った。

 だが、遅すぎる。

 誰も護れなかった。


「な、なな、何なのだ、貴様はぁあああ?!」


 フランボワーズ国王とかいうゴミが僕を見て股を濡らしている。

 今更どうでもいいが、うるさいから処分だけはしておこう。


 僕が剣を振り上げると、戦闘人形と化したヒカリが僕の一撃を受け止めた。


「おお! よくやった! さあ、このバケモノを殺すのだ!」


 戦闘人形はゴミの命令を受けて僕に斬りかかってくる。

 その一撃を僕は避け、周囲の人々の一部を吹き飛ばす。

 命令を遂行するだけで何も自分で考えることができないようだ。

 

「……哀れなヒカリ、僕が君を壊し、その無間地獄を終わらせてあげるよ」


 僕は闘気を高め、横薙ぎで戦闘人形を弾き飛ばしたが、刀で防いだようで手応えがなかった。

 虫けらのように逃げ惑う人々を巻き込み、地面をえぐる。


 おっと、人族を虫に例えるなんて失礼なことをしたな、虫たちに。


「があっ!」

「グギャン!」


 テラーと化していたシグムンド先生は、教皇の命令を遂行するためにオーズとユーリと戦っていた。

 如何な強者といえども、元聖騎士最強には敵わないようだ。

 血まみれで地に這いつくばっている。


 二人にとどめを刺そうとテラーが襲いかかる。

 が、巨大な何かに吹き飛ばされていった。


 何だ、これは?

 建物に手足が生えて動いて?

 いや、400年前に見たことがあるな。

 あのエルフ、今はロクサーヌと名乗っている大魔道士の創ったゴーレム、か。


「オーズさん、ユーリくん! 王都を脱出します! 乗ってください!」

「マ、マリー? そうか、冒険者ギルドは動く要塞……すまない、爺さんは……」

「グスッ……いいんです! おじいちゃんは最期まで立派に時を稼ぎました。でも、貴方まで死なせません! 一緒に生き延びましょう!」

「あ、ああ。そうだな。爺さんとの約束は守る。君を独りで残しはしない、敵前逃亡という不名誉を被ってでも。行こう、北へ!」

「はい!」


 オーズとユーリはゴーレムの中に乗り込み、飛び立っていった。

 

 まあいいさ。

 僕には関係ない。


 僕は戦闘人形の方を向くと同時に刀の一撃を受け止める。

 その一撃はやはり重く、全力を出すも地に大穴が開く。


 僕が戦闘人形を払い除け、互いに斬り結んでいく。

 その度に、竜巻が巻き起こり、雷は落ち、地が引き裂かれていく。

 綺羅びやかだった王都が瓦礫の山と化した頃、決着がついた。


 400年前の大戦時、僕たちの実力はほぼ互角だった。

 しかし、僕はジークフリートとして生まれ変わり、それだけの経験値を積んでいた。

 その差が一段上に立った。

 僕の剣が戦闘人形の刀ごと袈裟斬りにして勝負が決した。


 身体の半身を失ってもまだ動こうとする戦闘人形に、僕はトドメの剣を頭部に叩き落とした。

 戦闘人形は完全に動きが停止し、小さな光が解放されるかのように内側から緩やかに宙に舞い上がった。

 そして、静かに空へと消えていった。


「……あり…と…う……」

「……ああ、さようなら、ヒカリ」


 僕はいつの間にか光の戻った空を見上げ、目から小さな滴をこぼした。


 不意に、一陣の風が舞い、懐かしい老人が僕を瞠目していた。


「お、おお! ま、まさか本当に再臨なさるとは……」

「やあ。久しぶりだね、バアル、それに、ブラド」


 バアルの隣りにはブラドが跪いていた。

 その体は小さく震えている。


「御方の再臨、喜ばしくも、私は……」

「ああ、分かっているよ。僕が不甲斐ないせいでカーミラが……」

「いえ! 貴方様は何も悪くはございません!」

「……うん、そうだね、君も悪くはない。全ては400年前の僕が甘かったからだ」


 僕が一歩踏み出すと不意に影が落ちてきた。

 

「クァ!」


 ブリュンヒルデが僕の頭上に現れ、地に降り立った。

 そして、その背に僕を乗るように促す。


「ブリュンヒルデ、君は僕と一緒に来てくれるのかい?」

「クァアアア!」


 ブリュンヒルデは当然というようにさらに大きく鳴いた。

 僕はブリュンヒルデの首筋を撫で、その背に乗った。


「じゃあ、行こうか」

「どちらへ?」

「魔王国、だよ。人族害虫を滅ぼす準備を始めよう」

「「御意!!」」


 僕たちは破壊の爪痕を残し、暗黒大陸へと飛び立っていった。


☆☆☆


「グッ! こ、こんな、バカな。神のお告げでは魔王を消せば神の子の呪縛が解けて光の勇者が再臨するはずだと……」


 教皇は上半身だけでしぶとく生き延び、地に這いつくばっていた。

 どこへ向かうとも知れず、ただ信仰だけを頼りに生にしがみついていたのだった。


「オッホッホ! そのお告げの聞ける有り難い魔道具を造ったのはぁ、初代教皇、大賢者だったわよねぇ?」

「な、何者?!」


 十字路の悪魔ゲーテが教皇を見下ろしニヤニヤと嘲笑う。

 教皇は、これまで対立していた敵に目を剥く。


「あ、悪魔!」

「あらあらぁ? 死にぞこないがイキっても全然怖くないわよぉ?」

「ぐ、ぐぬぬ! テラー、こ、この悪魔を滅するのだ!」


 マリーの一撃で吹き飛ばされていたテラーがゲーデの前に立った。

 しかし、それ以上何もしなかった。


「な、何をしておる! 命令しただろう!」

「オッホッホ! 無駄よぉ、無駄ぁ! そいつを創り出す術は誰が編み出したのかしらぁ?」

「だ、誰って、大賢者様……」

「そう、全部が僕、なんだよね?」


 教皇の見下ろすもう一人が身体の半身を引きずりながら現れた。

 身体の半身が不自由な王子リシャールだった。


「な、なな! フランボワーズ王国の王子が悪魔と? おのれ、異端者め! テラーやれい!」


 しかし、テラーはリシャールの隣りで佇むだけで動くことはなかった。


「な、なぜだ! さっさと言うことを聞かんか!」

「あはは、無駄無駄。その術は僕の命令しか聞かないように設計されているから、さ? 歴代教皇は僕の魔力を引き継ぐことができるようにしてあるのも、ほんのちょっとだけ僕の力が使えるようにしてあるからだよ。全ては、今日のために、ね」

「そ、そんな、まさか、本当に?」

「うん、そう。僕はね、半身だけはこの時代に転生できるようにしていたんだ、知識と知能とともに。残りの半身は魔力とともに、聖教会の教皇が引き継いでいた。僕の創った全てが教皇だけが使えていたのはそういう事さ」

「……し、しかし、こ、これまでは予言が当たっていたが……」

「それもタネは簡単、これまで何度かお告げという名目で予言を仕込んでいたんだよ、彼ら神の使徒の協力で、さ。小さいことを何度か最初に信じさせて、本命で大きく騙す。詐欺の常套手段じゃないか、アハハ!」

「そ、そんな、聖教会とは、一体……」

「アッハッハ! そんなの、僕のただの悪ふざけだよ!」


 教皇は信仰を失うと同時に血の気とともに青ざめていく。

 リシャールは教皇の背に手を置き、ニヤリと嗤った。


「じゃあ、その僕の半身魔力返してもらうよ?」

「え? な、何……ウゴおおおお?!」


 教皇は魔力を吸い取られ、干涸らびて息絶えた。

 魔力を奪い取ったリシャールは、不自由な身体は健康体に、歪んでいた顔もまた真っ直ぐに形成されていた。

 ザイオンの民マルゴが紫煙を燻らせながら二人の背後から歩いてきた。


「ふうん? 今回の器が良いからかしら? 少しは見れた顔じゃないの?」

「君こそ、マルゴとかいう器で楽しんでいるらしいじゃないか?」

「ふん! 嫌味なところは変わらないわね!」


 マルゴは不快さを強調するように顔をしかめる。

 リシャールはからかうように笑うだけだ。

 ゲーデが雑談を終わらせるようにパンッと手を叩いた。


「さて、あの子も目覚めたことだしぃ、これでアタクシ達の任務は完了よぉ。運命の通りコトは成されたわぁ。後は、最後の審判を待つだけよぉ」

「ああ、そうだね。これで運命の使徒の仕事は終わり、大嫌いなアイツを復活させたんだから、後は僕の好きにさせてもらうよ」

「今度はあの娘の生まれ変わりをストーカーするつもりかしら? 前回はあんたが余計なことしたから今回に持ち越したの分かってんの?」

「知ったことじゃないさ。僕の役目はもう終わったんだよ? 彼女を人形にして魂を固定して、400年も死んだふりをして待ってたんだ。アイツが壊してくれたおかげで、彼女の生まれ変わりの器も目覚めたはずだよ。今度こそ、彼女を手に入れる!」

「ああ、キモ! その器って、あんたの……」

「ああ、はいはいぃ! くだらないケンカはやめやめぇ! これでアタクシ達は自由、解散して好きなことをしましょう!」


 ゲーデがまた手を叩くと、運命の使徒たちはそれぞれの楽しみへと戻っていった。


 運命の女神によって紡がれた糸は、こうして成就された。

 すべての悲劇は、『神の子』ジークフリート・フォン・バイエルンを、かつての大魔王を超える『暗黒覇王』として現世に顕現させるためだった。


 覇王はこの日、破壊とともに誕生した。

 そして、その先にある未来……

 

 闇の化身による人類滅亡、これが厄災の黙示録、世界崩壊の始まりだった。


 ジークフリート編 第6章 完

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