第15節 死と芽吹き

 カーミラの処刑にフランボワーズ国王が慌てて待ったをかけた。


「ま、待て待て! 先に余の方だろうが!」


 フランボワーズ国王が重い身体を玉座から下ろして唾を飛ばす。

 教皇はやれやれというように苦笑いを浮かべた。


「順番などどちらでも良いでしょう、陛下? その前に、邪魔者共でも排除しましょうか」


 教皇がギラリとギュスターヴ達を見渡す。

 ギュスターヴはメアリー王妃を守るように前に立ち、剣を構えた。


「クッ! メアリー様を連れて逃げろ、ドミニク! ここは俺が一秒でも長く食い止める!」

「ギュスターヴ、貴方も!」

「……いいえ、メアリー様。俺は誓約を、命を掛けてでも貴女様を守ります」

「ギュスターヴ、ダメです! わたくしは貴方がいないと……ウッ!」

 

 ギュスターヴはメアリー王妃を眠らせ、ドミニクに託した。

 ドミニクはメアリー王妃を抱え、ギュスターヴに頷く。


「南へ行け! シュヴァリエ家の領地なら誰にも手出しはできねえ!」

「ああ、おめえの覚悟は無駄にしねえぜ、ギュス!」

「ぬっ! 逃がすか!」


 国王の命令で戦闘人形は動き出そうとした。

 そこに巨岩の弾丸が襲いかかってくる。

 が、戦闘人形はこれを片手で軽く粉々にした。


「むう? ワシの全力の魔法ですら歯が立たんか。想像以上のバケモンじゃな」


 冒険者ギルドマスターがのそのそとやって来た。

 オーズとユーリもまた舞台の上に立ち、戦闘人形を取り囲む。


「うおお! 狂戦士化!」


 オーズが暗黒闘気を纏う。

 興奮状態にあるような表情だが、暗黒闘気を見事に操っている。

 あのエイリークに迫る戦士、七聖剣に準ずる実力者のようだ。


「……ふん! 人族でありながら闇に染まる蛮族ですか。やってしまいなさい!」


 教皇の命令でテラーがオーズの前に立つ。

 大剣を持つ重圧、オーズは気圧されたかのように一瞬、硬直してしまった。

 その隙を見逃さずテラーの一振りがオーズに迫る。

 

「ウオーン!」

 

 ユーリの一撃がテラーを弾き飛ばす。

 ダメージは無いようだが仮面が吹き飛ばされたようだ。

 

「え?!」


 その素顔に僕は言葉を失った。

 

 まさか、そんな……

 だって、僕はその最期を看取った、はず?


「フフフ。気が付きましたか、神の子? そうですよ、テラーの正体、それは全盛期の肉体の貴方の師ジグムンドですよ」

「そんな、わけが……」

「ありますよ。初代教皇大賢者様の秘術です。死した伝説の勇者もあのようにフランボワーズ王国の玉座を守り続ける守護神として蘇ったのです。そして、代々教皇だけが受け継いできた秘術によって、歴代一位の聖騎士が今でも聖教会に奉仕し続けているのです。それが教皇直属隊の正体、これぞ神の御業です」


 教皇は恍惚な表情でテラーと戦闘人形を見つめている。

 だが、僕は吐き気をもよおしてきた。


 穏やかに永遠の眠りについたシグムンド先生も、聖教会の象徴と呼ばれてきているヒカリまでもその死が冒涜されているなんて。

 こんな連中が牛耳り、人族共は崇めているのか?


「逃がすな、やれい!」


 フランボワーズ国王の命令によって、戦闘人形は再び逃走しようとするドミニクの背に飛ぶ斬撃を放った。

 

「ぬうう! 巨人の弾丸ギガース・グランス!」


 対角線上に入ったギルドマスターの巨岩の弾丸魔法で飛ぶ斬撃は対消滅した。

 しかし


「ガハッ?!」


 瞬きをも上回る戦闘人形の一撃はギルドマスターの胸を貫いた。

 生気を失い地に落ちていき、その目から光が失われた。


「じ、爺さん! ク、クソ! 行かせねえって言ってんだろうが!」


 ドミニクとメアリーを追いかけようとする戦闘人形の間にギュスターヴは飛び込んだ。

 爆炎の魔法剣で一矢報いようとしたが、一振りでその剣は粉々に砕かれた。

 そして、胴切りで上半身と下半身を真っ二つに斬り裂かれてしまった。


「フハハハ! 間男が死によったぞ!」


 フランボワーズ国王の高笑い、同調するように処刑場に歓声が上がった。

 

 なぜだ?

 どうして善良な人族ほどすぐに命を落とす?

 なぜだ? 

 どうしてクズな人族ほど生き続ける?


「フフフ。あちらはこれで終わりのようですね。では、私は神の子の救済といきますか……む? そこをどきなさい」


 教皇が身動きの取れない僕の元にやって来ようとしたが、ずっと戸惑い、様子を見ているだけだったヨハンが立ちふさがった。


「ヨ、ヨハン? ダメだ、に、逃げ……」

「逃げませんよ、ジーク様。ボクだって役に立ってみせます」


 ヨハンは小柄な身体を精一杯に広げて僕を守ろうとしている。

 教皇はそんなヨハンを憐れむように首を小さく振った。


「聖教会の者が何をしているのです?」

「何、ですか? ボクは聖教会以前に、ジークフリート・フォン・バイエルン様の従士です」

「……ふむ? 私は神の子の魂を救おうとしているのですよ? そこをどきなさい」

「いいえ、どきません! ボクが忠誠を誓うのはジーク様だけです!」


 ヨハンは身体を震わせながらも教皇の前に立ちふさがった。

 教皇は残念なものを見るようにため息をついた。


「ふぅ、教皇に歯向かおうとは……この異端者めが!」

「が、ああああああ!」

 

 憤怒に豹変した教皇の光の矢によってヨハンは左胸を貫かれた。

 そして、地に崩れ落ちる。


「ヨハン!」


 僕は動かない身体でヨハンの元へと這いつくばっていった。

 回復魔法をかけようとするが、術式が上手く形成できずにヨハンの身体から血が流れ落ちていく。


「ダメだ、ヨハン! 死んじゃダメだ!」

「ジ、ジーク、様。ス、スミマセン。ボクは、最期まで、役立たず、で……」

「違う! 僕は君がいてくれているだけで良かったんだ、それだけで救われていた!」

「……は、はは。嬉しい、です。ジーク様が、そう、思っていた、なん、て……」

「ヨ、ヨハン? ねえ、まだ、寝るには、早いよ?」


 僕は何が何だか分からなくなっていた。

 よくわからない笑いがこみ上げてきて、動かなくなったヨハンの身体を揺する。


「フフフ。これで、邪魔する者はいなくなりましたね。さあて……ギャアアア!」


 教皇が僕に手を伸ばそうとした時だった。

 僕は重く感じるバルムンクを振り抜き、教皇の右手を斬り飛ばしていた。


 眼の前の色が消えて黒く染まっている。

 何も感じない。

 何だろう、これ?


「ひ、ひい、そ、そんな? か、神のお告げと、ち、違……ぎょへえええ!」


 僕は何の感情もなく、教皇の胴体も斬り飛ばしていた。

 何も感じない。

 ヨハンの、大事な兄弟の仇を討ったのに。


 まあいいや。


 僕はフランボワーズ国王の方を向いた。

 戦慄して腰を抜かして尻もちをついた。


「や、やめろ、こ、ここ、こいつを殺るんだ!」


 国王は戦闘人形を呼び寄せ、僕を殺すように命令をした。

 戦闘人形が僕を斬り捨てようとしている姿が見えてはいる。

 しかし、身体が動かない。

 

 まあ、いいさ。 

 もうどうでもいい。

 一度死のうが二度死のうが同じことだ。


 僕は戦闘人形の剣をそのまま受けようとして目をつぶった。

 

 しかし、何も感じなかった。

 

 感覚が完全に麻痺してしまったのだろうか?

 

 よくわからないな。


 僕が目を開けると、失っていた色が戻っていた。

 視界が真紅に染まっている。

 そして、銀色の髪が僕の頬を撫でる。


「え? ……カーミラ?」


 僕を守ったのは、瀕死の状態だったカーミラだった。

 結界の中で身動きもまともに取れないのに、それでも僕を守っていた。


 カーミラは僕を見るとただ穏やかに微笑んだ。


「良、かった、です。ジーク、フリート、様がご無事、で」

「カーミラ? 良くない! 君まで死んじゃ、嫌だ!」

「う、ふふ。ジーク、フリート、様の、為ならば、何でも、いたし、ます。愛、してます、もの。どうか、良き、覇王、に……」

 

 カーミラは、僕の両腕の中で塵になって消えていく。

 慈しむような笑顔を僕に向けたまま、くうだけが残された。


「カーミラ! ダメだ、ダメだ、ダメだ! 僕をおいていかないで!」


 僕はやっと気がついた。

 今生の僕は、カーミラを愛していた。

 そうだ、初めから愛していたんだ。

 今頃気がつくなんて。

 

 なんで、こうなる?

 なぜ、みんないなくなってしまう?

 どうしてだ?


「フハハハ! 魔王もとったぞ! これで、余の天下は安泰だ!」


 フランボワーズ国王が高笑いをし、民衆共が歓声を上げている。


 ああ、そうか。

 そういうことか。

 人族共がいるからだ。

 こいつらがこの世に、のさばっているからだ。

 コイツラが全ての元凶だ。


 こんなヤツラ、滅びてしまえ。


 いいや、違う。

 

 僕が、我が……


 滅ぼしてヤル!


「うおおおおおおお!」


 僕の中にある何かが完全に芽吹いた。


 天にある光が闇に喰われ、反転する。

 昼は夜に、陽は陰へ、生ある夏は死の冬へと移り変わる。


 天の闇と僕の中の闇が共鳴し、王都の結界を吹き飛ばした。

 結界に守られていた王都は漆黒の闇に飲み込まれた。


 抑圧していた光が消え失せ、僕は生まれ変わったようにスッキリとした気分だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る