第14節 もういらない
霞む視界、全てが闇に染まり何も見えない。
突然、何が起こったのだろうか?
いや、闇の中だが僕の身体が動いている。
どうやら寝床から起き、服を着ているようだ。
「……さようなら、ヒカリ」
僕の身体は、同じ寝床の中で寝息をたてている少女の柔らかい黒髪に口づけをして踵を返す。
ドアを開くと、薄暗い廊下には初代シュヴァリエ、前世の親友が待っていたかのように静かに佇んでいた。
「……ヒカリに何も言わずに行くのか?」
「ああ、今の僕たちは、いや、これからの人族と魔族は二度と交わることはない」
「例の講話条約ってやつか」
「そう、各国首脳と有力魔族だけが知る密約だ。僕たちがこの大陸から引き上げる代わりに、人族も向こうの大陸には手を出さない。そういう条件だ」
「だが、お前は……」
「分かっている。僕は人族だ。もちろん、ヒカリを愛している。でも、長として魔族を導く立場にあるんだ」
僕の胸の内が締め付けられるような痛みをごまかすように無理やり笑ってみせた。
親友は何も言わずに俯き、僕はその横を通り過ぎていった。
狂気に囚われているような形相の男が僕を睨みつけていたが、気にも止めずに去った。
場面は変わり、最終決戦の地
「なぜだ! 条約を破って騙し討ちをするとは外道のやり方だぞ!」
「……ああ、分かってる。だがよ、連中はお前らを徹底的に潰さねえと安心できねえってよ」
「それで、僕の暗殺、か」
「ああ、次の大戦争を止めるにはこうするしかねえほど世論は煽られちまってんだ。もう俺がお前を殺るしかねえ。一騎打ち……」
「お兄様!」
剣を抜こうとした親友をヒカリが悲痛な表情で止めに入る。
だが、僕たちはもう止まれないことは分かっていた。
「下がってろ、ヒカリ。身重のお前は自分のことだけ考えろ」
「え?」
「お前との子だ。……行くぜ、親友!」
僕たちはどれだけ激しい戦闘を続けたのだろうか。
どちらが勝っても不思議ではなかった。
「グハッ!」
決着は紙一重だった。
親友は膝をついて倒れ、僕もまた肩で息をしながらもやっと立っていた。
「……殺れ」
「……ああ、さようなら、親友」
僕が大剣を振り上げたときだった。
背から腹を突き抜ける衝撃、激しい熱とともに力が抜けていく。
「あ、ああ」
「……気にしなくて良い、ヒカリ。これで良かったんだ。僕が死ねば全て丸く収まる」
「ああああああああっ!」
ヒカリは血濡れた刀を落とし、頭を抱えて慟哭の声を上げる。
僕は笑いながら、地に倒れた。
しかし、全てが間違っていた。
「そうです。これで良いのです」
何者かが現れ、ヒカリの頭に手を触れる。
ヒカリは糸の切れた人形のように倒れ、男の手の中に抱きかかえられた。
「お、お前、は……」
「フフフ。手に入らない彼女の心なんかいらない。身体だけで良い。壊れかけていた彼女の心はこれで完全に壊れたよ。後は邪魔者の君らの始末、全ては僕の筋書き通りさ、アッハッハ!」
「ヒ、ヒカリ……くっそー!」
狂気の形相をしていたあの男、大賢者と呼ばれる男だった。
ヤツがヒカリを連れて去ると同時に、仕込んでいた大規模破壊魔法陣が発動し、半島とともに僕たちは吹き飛んだ。
僕はこうして死んだ。
人という生き物への怨嗟とともに。
☆☆☆
僕は前世の記憶が全て蘇り、戦闘人形と化したヒカリが変わらない姿で佇む。
いや、魂のない抜け殻になった変わり果てた躯だ。
その横に、ヤツと同じ服装をしている教皇が並び立った。
「フッフッフ。神の子よ、今の貴方では我らの象徴には敵いません。そして、ここではまともに動けませんよ?」
「な、に?」
「このフランボワーズ王国王都は、魔のモノを排除する結界が張られています。今の魔に染まりかけている貴方では何も出来ません」
「く、ぐ!」
膝をつく僕を教皇は見下ろし、成り行きに混乱しているかのように静まり返っている民衆の方へと体を向けた。
「お集まりの皆様! 予定が狂いましたが、本日のメインでございます! 世界を恐怖に陥れていた『魔王』の処刑です! 我らが神聖なる聖教会が勢力を上げて捕らえました!」
集まっていた民衆たちにざわめきが起こる。
「ま、魔王?! あ、あんな華奢な女が?」
「う、嘘だろ?」
「お、おお、でも、あの神の子が助けに来たし、何が何だか……」
教皇が手を挙げると民衆は再び静まり返る。
「そうです。聖教会の至宝『神の子』を誑かした罪もあるのです! その邪悪な意志から解放するためにもこのような一芝居を打ったわけです」
教皇の演説でざわめきがまた巻き起こった。
「うおおおお!」
「殺っちまえ!」
「殺せ!」
「殺せ、殺せ!」
「殺せ、殺せ、殺せ!」
何を言っているんだ?
カーミラが邪悪?
虐げられた同胞たちの安寧のために働いてきたのに?
自分からは手を出すことはしなかったのに?
彼女がお前たちに何をした?
なぜ、どいつもこいつも楽しそうに嗤っている?
これが、人という生き物なのか?
何と醜悪で残酷な生き物なんだ。
昔から何も変わっていない。
救いようのないヤツラだ。
こんなヤツラなんか、もういらない!
☆☆☆
王都内の処刑場に到着したブラドは異常な熱気に歯をきしませる。
カーミラを救いたいが、近づくことすら出来ないでいた。
一方、結界の解除をしているバアルは空を見上げ眉を顰める。
結界の内側では気がつくことすら出来ない魔のモノの胎動である。
「一体何が起ころうとしているのじゃ?」
王都の結界の外では、太陽が完全に闇に喰われようとしていた。
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