第12節 慟哭

※ 残酷な鬱展開があります。

  苦手な方はパスしてください。


 僕たちはフランボワーズ王国王都の地下下水道を急ぐ。

 地上にいるオーズから通信魔道具に連絡を受けて、両軍がついにぶつかり合ってしまったことを知ったからだ。


『オォオオオオン!』


 腐敗した肉を引きずる人だったモノ、生前の怨念を身に纏う動く死体レヴァナントが行く手を阻もうとする。

 

「邪魔だ、どけ!」


 前を行くギュスターヴが爆炎の魔法剣であっさりとなぎ倒した。

 光ほどではないが炎にも浄化の力があり、レヴァナントは朽ちていく。


「チッ! 流石に数が多いな」


 ギュスターヴは舌打ちをしながら悪態をつく。

 その先には、さらなるレヴァナントたちや怨霊スペクターなど、アンデッドが無数に現れた。

 

「……王都の闇の深さ、だな。サントワーヌ監獄、特に聖教会の担当する異端審問は凄惨な拷問が日常的に行われているらしいからな。その残滓が地下に流れて、怨念が溜まりに溜まってやがる。王都の結界ですら、浄化できないほどとはな」


 ドミニクはまるで呆れたように呟く。

 僕の隣を走るヨハンはゴクリと喉を鳴らしながら冷や汗を流した。


「こんなことをしていたなんて、知らなかった」

「へえ? 聖騎士様の頂点ですら異端審問の現実を知らないってか? ヘッ! 聖教会の象徴の『神の子』ってのは、とんだお花畑だな?」


 僕はドミニクの嫌味に何も言えなかった。

 

「おいおい! 今はそんなこと言ってる場合じゃねえぞ!」


 ギュスターヴの叱責するような声に、僕はハッと意識を前に向けた。


「……よし! ここは僕に任せて! 光矢の大嵐ルクス・テンペスト!」


 聖闘気を高め、大量の光の矢を瞬時にアンデッド達に放つ。

 地下道を崩さないように威力を抑え、数を増やし、的確に撃ち抜いていく。


「こ、こいつは……」

「流石は聖騎士の頂点、戦闘能力は超一級、だな」


 ギュスターヴとドミニクは、アンデッドたちが一掃され、道が完全に開かれた光景に唖然としていた。

 その様子にヨハンは鼻を鳴らして笑った。


「当然です! これは神の子の実力のほんの一端に過ぎませんよ!」

「……まあ、僕は戦闘しか能がないんだけど、ね」


 自分で言っていて悲しくなる。


 再び、僕たちは先へと進み、監獄へと繋がる排水路にたどり着いた。

 この排水路から監獄へと侵入するのだ。


「……ありがとよ、協力してくれて」

「いえ、僕はあなたたちの仲間のアルセーヌに貰った借りを返しているだけです」

「そうか。あのバカに会ったら、礼を言っといてくれ」


 僕は、決死の覚悟をしているギュスターヴの真剣な目に何も言えなかった。

 そして、サントワーヌ監獄の中へと無言で足を踏み入れた。


「な、何でしょう、これ? 人の、うめき声?」


 ヨハンの呟きに、誰も答えなかったが分かっていた。

 拷問で苦しんでいる人々の嘆きの声だ。

 しかし、今日は大きな処刑が行われるためか、異端審問官たちは活動をしていないようだ。

 それ以外に物音はしなかった。


「静か、だな。いや、これは……唄?」


 ギュスターヴは、昏い廊下の突き当たりにある扉に目を向けた。

 僕にも聞こえてくる。

 まるで子供ように楽しそうな女性の声だ。

 僕はこの唄を知っている。

 これはロートリンゲン大公国の童謡だ。


 僕たちはその歌声の聞こえる扉を開き、声を失った。


☆☆☆


 時は少し戻る。


 暴発した兵たちが王都の軍とぶつかり合っていた。

 その光景をエドガールは滴り落ちる血を押さえながら呆然と見つめていた。


「クフフフ。殿下、不本意な形ではありますが道が開かれましたぞ?」

 

 フォアは吹き込むようにエドガールに囁く。

 しかし、エドガールはまだ動きが取れずに固まったままだ。


「そうですぜ、殿下! あっしらが命に代えてでも守り抜きます!」


 獣人部隊の長たちがエドガールを守るように囲い込む。

 エドガールは頷き、脇を固めて立ち上がった。


「よし! 我々だけで先を進むぞ!」

『ハッ!』


 エドガールを中心とする小隊は一心不乱にサントワーヌ監獄へと突き進んでいった。

 エドガール軍の兵たちもまた、王都の軍とはぶつかり合うことをやめ、エドガールの進む先へと盲目的に従う。

 残されたフォアらザイオンの民は目論見通りに事態が進んでいることにほくそ笑んでいた。


「う、うわぁああああ!」


 監獄の守備兵たちは、エドガール軍の勢いの前に、交戦する素振りすら見せずに方々へと逃げ出した。

 どのみち応戦したところでこの勢いの前には犬死にだったので、賢明な判断だったことは間違いない。


 エドガールたちは地獄のように口を開く監獄内になだれ込んでいった。


「どこだ! ベアトリスよ、どこにいる!」


 エドガールも周囲の狂気に当てられてしまっているのか、牢獄の扉を次々と力づくに蹴り破る。

 しかし、ベアトリスの姿は王家の管理する政治犯、一般の犯罪者など、通常の区画内にはどこにも見当たらなかった。

 残すは、聖教会の管理する異端者区画だけだった。

 迷うこと無く、その足を向けた。


 エドガールはついに自身の分水嶺を越えてしまった。


☆☆☆


 前に立つギュスターヴは呆然と立ち尽くし、その膝を屈しようとしていた。

 その時、周囲が騒がしくなっていることに僕は気がついた。


「むっ! そなたたちは聖騎士、しかも神の子ではないか! なぜここに?」


 獣人たちに守られるように肩に傷を負った中年の男が現れた。

 憔悴しきった顔だが、活力に満ちた善良な男のように感じる。


「な、なぜって、僕は……」

「で、殿下? ……ダメだ、来るな!」


 ギュスターヴは男、おそらくエドガールに気づき、とっさに前に立ちはだかる。

 エドガールもギュスターヴの悲愴な表情に気が付き、何かを察したようだ。

 押しのけるように前に突き進んできた。


「まさか! いたのか、ここに? どけい、ギュスターヴ! ベアトリスよ、我が愛しい妻よ! 私が来た……え? テ、テレー、ズ?」


 エドガールは眼前の光景に思考が停止してしまったようだ。

 ただ、呆然と立ち尽くす。


「まあ、エドガール様! 待ちきれなくてわたくしに会いに来てくださったのですね! うふふ、まだプレゼントの用意は完成しておりませんわ」


 返り血を浴び真紅に染まる女テレーズは、拷問器具を振りながら照れたように頬を染める。

 その前には、ベアトリスだったモノ、があった。


 全てを認識した刹那、喉を切り裂くような獣の慟哭が監獄中に響き渡った。

 エドガールという太陽が堕ちた瞬間でもあった。


 そして、僕の中で眠る何かが共鳴するように目覚め、芽吹き、今まさに大きく華開かんとしていた。

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