第11節 暴発
エドガールは己に心酔する河川地帯の兵たちとともに王都へと進軍を続けていた。
太陽のように明るかった相貌は、暗い影が落ちるかのように痩せこけている。
その傍らには、共に背を預けあった信頼する側近たちの姿はない。
「……フォア殿、本当に我が父がベアトリスを攫うように命令を出したのであるか?」
「ええ、残念ながら王城に残した配下の者からそのように伺っております。殿下に玉座を奪われてしまうと妄念されておりましたゆえ……」
フォアは神妙な顔つきでエドガールの問いに答える。
成人男性二人分の巨体は、騎馬で進むエドガールの隣りで馬車に揺られている。
「何と、愚かな! 私が簒奪するなどという妄想に囚われこのような愚行を犯すとは!」
「ええ、嫉妬に狂ったテレーズ様を犯人のように偽装されたようですが、いくらなんでも罪をなすりつけるにはあからさますぎます。テレーズ様は隣国ロートリンゲン大公国の元公女様とはいえ、フランボワーズ国内では兵力はお持ちではありません。このような大それた計画は不可能です」
「うむ! テレーズも我が妻だ! 私を害しようなどとは思うはずがない!」
今の冷静さを失っているエドガールは、視野が狭くなり状況判断ができなくなっていた。
これまでであれば、軍師リュウキが床に臥せっていなければ、フォアの妄言など一笑に付して論破していたことだろう。
相棒ギュスターヴがいれば、己の平静を保てていたはずだ。
如何な大人物であれ、独りでは立ち行かない。
外からは見えない位置に座るフランクリンは、二人の会話にほくそ笑んでいた。
王都への道中、フォアたちはエドガールの憎悪心を煽り続けた。
そして、王都近郊まで到着し、待ち構えていた王都軍とにらみ合う形となった。
「……殿下、兵を引いてください。無用な争いは悲劇しか生みません」
エドガールの前に一騎でやって来たのは、近衛騎士長『疾風剣』アルマンである。
王に仕える人物としては最も誠実という評価ではある。
エドガールもそのことを知っているため、肩の力を抜いて話し合いに応じた。
「アルマン、か。私も当然争い合う気など毛頭ない。ただ、我が妻を返してもらいたいだけである」
「妻? もしや、河川地帯で娶ったという御婦人でございますか?」
「うむ。第三婦人ベアトリスだ」
「……ふーむ? しかし、かの御婦人が王都にいるなどと耳にしてはおりませんが?」
首を傾げるアルマンにエドガールも何かがおかしいと疑念を抱き始めるように考え込む。
しかし、フォアはその思考を遮るかのように馬車から重い身体を引きずるように降りてきた。
「クフフフ。嘘はいけませんな、アルマン殿? 我々はベアトリス婦人が王城の
「嘘? 私の名誉をかけてでもそのようなことは言いませんぞ! ……貴殿こそ、大法官という役職にありながら王都を脅かすなどどれほどのご覚悟がお有りか?」
「ええい! このような問答こそ時間の無駄だ! 私だけで良いのだ! 牢獄へと案内するがよい! 兵たちはこの場に置いていく!」
「ちょ! そ、そいつはマズイっすよ、殿下! どんな罠が待ってるか分かりませんぜ! あっしらも行きますぜ!」
「ならん! 私が一人で行くからこそ、争いにはならずに……」
場は大きく荒れ、エドガールの思考は再び乱れた。
押し問答が続き、不穏な空気が漂っていく。
その様子を城門近くの最も高い屋根の上からオーズとユーリが見下ろしていた。
「……マズイな。これは想定以上に事態の悪化が早いかもしれん。ギュスターヴに連絡……むっ?!」
オーズは城門の物陰からエドガールを狙撃しようと弓矢を構える黒ずくめのローブを発見した。
目を合わせて頷くと同時にユーリが神速の狩人となり、刺客の首を瞬時に噛みちぎる。
「ぐあああっ?!」
しかし、エドガールが鮮血とともに騎馬の上から転げ落ちてしまった。
が、心臓をわずかに外したのか、左肩を押さえながら立ち上がる。
刺客はアルカディアのダークエルフ、グウィネスが使っていたフェイザー銃をその手に構えていた。
「ふ、ふへへ。け、計画は誰にも止められない。全ては約束の地のために!」
刺客はフェイザー銃を暴発させ、周囲の兵もろとも自爆した。
その轟音と黒煙がまるで狼煙のようだった。
「や、やりやがったな! 許さねえ!」
「うおお、ぶっ殺せ!」
「く、ま、待て……」
エドガールの静止は虚しく、兵たちの暴発は止まらなかった。
目は血走り、目前の王都軍へと襲いかかっていく。
「うう、き、来たぞ!」
「や、やられる前にやるしかねえ!」
「や、やめ……っ?!」
王都軍も恐慌にかられて、応戦するしかなかった。
指揮官アルマンも争いの荒波に飲み込まれていった。
エドガール軍と王都軍の戦いは止まること無く、狂気に駆られるまま争う。
「クッ! これはマズイ! 急げ、ギュスターヴ! 時間がない!」
オーズとユーリは、ギュスターヴたちと合流すべく牢獄へと走り出した。
だが、誰も天の異常に気が付いていなかった。
空に光輝く太陽は、徐々に黒く闇に欠け始めている。
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