第10節 胎動する闇

「……ねえ、ヨハン、まだ怒ってるの?」


 僕は隣を歩くヨハンに話しかけるが、頬を膨らませたままプイッとそっぽを向かれた。


「フンだ! ジーク様がいつも自分勝手に暴走するからいけないんです!」

「い、いや、別に僕は自分勝手って訳じゃ……」

「ジーク様は考えたこともないでしょうけど、いつもボクとオリヴィエさんが陰でフォローしてたんですよ!」

「え、あ、そうだったんだ。知らなかったよ、ごめん。でも、この街の冒険者ギルドって僕たちがピサロたちとの戦いで助けられたアルセーヌの所属している組織なんだよ? ここで恩を返しておかないと」

「うう! ボクだってそれぐらい分かってますよ! でもでも、ボクに何も相談しないで勝手に決めたじゃないですか! オリヴィエさんがいればもっと慎重に話し合えたのに! どうせボクなんて頼りになりませんよーだ!」


 いつまでも拗ねるヨハンに僕は困って頭をかいていると、先導するように前を歩くドミニクがわざとらしく大きくため息をつく。


「うるせえよ。ガキの遠足じゃねえんだからギャアギャア喚いてんじゃねえ」

「あ、スミマセン」


 ドミニクに怒られた僕とヨハンは言い合いをやめて素直に謝った。

 そんな僕たちを見て、ドミニクの隣を歩くギュスターヴは怒らせていた肩の力を抜いて柔らかく笑う。


「まあ、いいじゃねえか、ドミニク。折角、人族最強が手伝ってくれんだ。これ以上の助太刀はねえんじゃねえか?」

「はん! ちょっと会わねえ間にお人好しになったじゃねえか、ギュス? 第一王子様に影響されたか?」

「うるせえよ。今の状況でツッパったところでどうにもなるもんじゃねえ」

「ま、それもそうだな」


 僕たちは今、フランボワーズ王国王都の地下下水道を歩いている。

 この下水道は王都全体を網羅しており、僕たちが密かに行動することに役立っている。

 

 僕たちが向かう先は、サントワーヌ監獄、第四王妃メアリーが囚われ、おそらくエドガール第三婦人ベアトリスも同じく囚われていると推測される。


 処刑執行は本日正午と王都中に触れが回っている。

 王都中が興味を引く大見世物になりそうなほど話題となっている。


 第四王妃メアリーは、当世の英雄ギュスターヴと密通をしており、エドガール第一王子を旗印に、王座簒奪を企んでいるとのこと、その後ろ盾がフランボワーズ王国と犬猿の仲であるブリタニカ王国という、事実無根ともいえる荒唐無稽な罪状だった。


 僕たちは、処刑執行前に二人を監獄から奪還しようとしていた。

 

 地上では、オーズとユーリが王都に向けて進軍を開始したエドガール軍を見張っている。

 王都の軍との激突はおそらく避けられないだろう。

 その前にベアトリスを奪還したかったが間に合わなかった。

 

 冒険者ギルドマスター・エマニュエルは、王城で開かれている三部会に参加させている。

 最悪の事態が起こった場合、全国の有力者たちを守る役が必要だ。

 有力者たちに何かがあれば、聖教会圏で大動乱が引き起こされてしまうからだ。


 最悪の事態だけは避けようと、僕たちは先を急いだ。

 しかし、この時の僕は気が付いていなかった。

 僕にとって大切な相手もまた、囚われていたことを。


☆☆☆


 フランボワーズ王国近郊ボロールの森で空間に歪みが生じた。

 そこから二名の魔族たちが現れた。

 吸血鬼の真祖ブラド、枯れた老人のように見える魔人族バアル、魔王軍の大幹部たちが空間転移してきた。


 如何に有力魔族たちとはいえ、高度な転移魔法を扱える者はほんの一握りである。

 この二名が魔王軍十三席を代表して、魔王カーミラの消息を追ってきたのだ。


「これは……」


 ブラドは地面に膝をつき、歯ぎしりとともに顔をしかめる。

 そこにはバラバラに砕かれたドリュアスの若木の欠片が散らばっていた。

 バアルは現在の状況が掴めたのか、大きく息を吐き出した。


「……ふぅむ。通りで儂ら以外の転移魔法が上手くいかんかった訳じゃな」

「ああ、ドリュアスの分体はやられたようだ。陛下もおそらくヤツラの手に……」


 ブラドの全身から空間が歪むほどの暗黒闘気が迸る。

 が、隣に立つ柳のように靭やかなバアルの一言で我に返る。


「落ち着きなされ。焦っても状況は変わらぬ」

「う、む。……しかし、バアル殿、あの結界は解けそうか?」


 ブラドが見据える先にある王都の方角を見て、バアルはため息とともに頭をかく。

 

「解けぬ、ことはないわい。じゃが、時間はかかるのう。流石はあのエルフとヤツ、大賢者が協力して張った結界なだけはあるわい。ちいとばかし骨が折れるぞい」

「……分かった。ここは任せる。私は先に行く」

「気をつけるのじゃぞ? あの結界内では、闇の眷属たる儂らは無力、並の人族と変わらぬ力しか無いのじゃ」


 ブラドはバアルを一瞥すると王都に向けて歩み出した。

 

「……やれやれ、女王様の無鉄砲さには困らされるわい。折角、儂ら有力魔族たちが皆、王としてやっと認めたというのに。あの御方のことになると何も見えなくなるところは変わらんのう。じゃが、本当にあの小僧っ子はあの御方の生まれ変わりなのかのう?」


 バアルは結界の解除作業に取り掛かった。

 その時、天高く輝く太陽が闇に飲み込まれるように欠け始めていた。

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