第9節 玉座の間にて
アルカディア独立戦争を終結させるための講和条約が結ばれ、植民地を持っていた聖教会圏各国はアルカディア連邦の独立を承認した。
使節団代表を務めていたアダムスが重責から解き放たれ、大きく胸を撫で下ろしたことは想像に難くないだろう。
聖教会側としても表向きは難色を示すことはしなかった。
しかし、フランボワーズ王国だけが大きくごねた。
勝者側となったアルカディア連邦側についたが、得るものが何もなかったからだ。
そのため、正式な調印は後日延期となった。
「ぐぬぬぬ! なぜだ、なぜだ! 我らは勝った側であろうが!」
玉座の間にてフランボワーズ国王は、癇癪を起こした子供のように、会談の席についた新宰相であり、聖教会枢機卿へ当たり散らしていた。
前宰相ジラールの後任ではあるが、精力的に国に尽くす気はないようで、静かに平伏しているだけだ。
国王が気の済むまで怒鳴り終わるのを待っていた。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……」
「ところで、陛下? 教皇猊下がお話があるそうですよ?」
「な! そ、そんなもの……」
「申し訳ありませんね。すでに参りましたよ?」
教皇は仮面を被った聖騎士テラーを傍らに置き、恭しく一礼をする。
国王は金魚のように口をパクパクとさせた。
「な、な、な……ぶ、無礼だぞ!」
「ふふふ、存じておりますよ。ですが、このように無理矢理にでもしなければ、私に会う気などなかったでしょう?」
国王は図星を突かれたのか、口ごもる。
教皇は不敵に笑い、話を続ける。
「まあ、聖教会を裏切って異端者側についたことは大目に、目玉がこぼれんばかりに大目に見ても良いのです。隣国を刺激する愚行にも目を瞑りましょう」
「ぐぐぐ! え、偉そうに! 余は王だぞ!」
「ええ、そうです。貴方様は王、ですよ? 節度を持っていただきたいですな?」
「何だと! どいつもこいつも余をバカにしよって! やっと口うるさいジラールが消えたというのに! あの女は余の妃でありながら、息子エドガールの手下と不貞を働いていたのだぞ!」
「……さて? 真偽の程は分かりかねますが、ね。唯一の証拠が出所不明の密告があっただけ、ではブリタニカ王国が黙っていないのでは? 仮にも隣国の王族を不確かな理由で首を刎ねようなど……」
「うるさい、うるさい! 余に指図するな! あのアバズレの処刑は決定事項だ! 去れ!」
国王は駄々っ子のように聞き耳を持たずに喚き散らすだけだった。
教皇は呆れたように大げさにため息をついて踵を返したところで、思い出したように真の要件を口に出した。
「そうそう。処刑、で思い出しましたが、同日に我々聖教会にも処刑台を貸していただきたい。聖教会最大の舞台になりますからな」
「ふん! 勝手にしろ!」
国王は玉座を大きく振動させるように腰を下ろす。
そして、追い払うかのように手を振っていた。
誰も見ていた者はいなかったが、教皇が一礼した時の表情は、ニチャッとした黒い笑みが浮かんでいた。
教皇と入れ替わるように、リシャールが国王の前に膝をつく。
まるで深刻そうに顔を歪めているが、内心はほくそ笑みたい欲求が抑えきれない。
「聖教会の言葉は無視してもよろしいかと。母上のことは心苦しいのですが、父上のためを思えば……」
「よい、リシャールよ。唯一心許せる身内がお前だけとは、王とは孤独なものよな」
「は、ありがたきお言葉。……して、父上、もう一つ心傷まれる事態が、エドガール兄上が王都に向けて進軍を始めました」
「な!? や、やはり来たか! 河川地帯を与えれば大人しくしておると思ったが……聖教会を退けたことで傲慢になったか!」
「ええ、フォア侯爵らも合流したことでその勢いは大きくなっております」
「ぐぬぬ! 簒奪は決してさせんぞ!」
「ふふふ、ご安心ください。軍備はすでに整っております。そして、玉座の守護神がいれば問題はないかと」
リシャールは歪んだ笑みを浮かべる。
玉座の傍らに立つ人形は、ただ静かに佇んでいた。
☆☆☆
その夜、まるで深窓の令嬢と呼ばれた少女時代のように頬を上気させるエドガール第一夫人テレーズが
「うふふ。愛しいエドガール様がついにわたくしの元に帰ってきてくださるわ。ああ、こんなに喜ばしいことなんていつ以来なのかしら? 婚礼の日かも、ねえ、そうでしょう、カール?」
テレーズが笑いかけた相手カール、そこには数十年の年月を共に過ごしてきたボロボロになったぬいぐるみが椅子の上にいるだけだった。
会話することのない相手から嬉しい言葉をかけられたかのようにテレーズは照れたように破顔した。
「まあ、カールったら! うふふ、流石わたくしの親友だわ。エドガール様への深い愛情を一番理解してくれているわ。ええ、そうね。エドガール様をお迎えするために素敵なプレゼントを用意しないと!」
これから裁縫でもするような軽やかさで、異端審問の拷問道具をくるくると回していた。
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