第4節 張り巡らされる陰謀

 フランボワーズ王国王城、王都中心部の湖の畔に静かに佇む。

 かつて、この地には湖はなかった。

 王家の威信を誇示するためだけにこの地に建てられた。

 自然をも変える力を周囲に示すためでもある。


 歴代の王によって、幾度も増改築が行われてきた。

 その結果、見る角度によっては豪奢な佇まい、また別の角度からは要塞のように強固で無骨であるという、統一感はまるでない外観だ。


 幾層にもそびえる建造物の建築面積は、100ヘクタール(1km×1km)を超える。

 王城内には地方の有力貴族の居住空間も用意され、権力の一極集中を実現していた。

 内部は複雑に入り組み、権力の亡者たちの棲まう、まさに迷宮ダンジョンである。


 この王城内のとある回廊、第七王子リシャールは金色に輝く派手な甲冑を身に付けた近衛騎士を護衛に、足を引きずりながら悠然と歩いている。

 生まれながらに背も顔も歪んでおり、その内面はそれ以上に歪んでいる。

 

 王城外郭にある議会場で、聖職者、貴族、平民の三つの身分の代表者が一堂に会する三部会が開かれた。

 議題は、アルカディア独立戦争へ参戦による深刻な財政危機、それ以前からの流されに流された血税の浪費によることもあり、当然ながら平民の代表者たちから激しい追求があった。

 聖職者、貴族は免税特権があり、血税を払っていたのは平民だけだったからだ。


 もう一つの議題、フランボワーズ王国聖教会軍の敗北についてである。

 エドガール軍の勝利によって、各地で不満が爆発し聖教会は暴動の鎮圧に追われている。

 その責任の所在を王家に求め、無責任に治安を乱す平民たちを非難した。


 三者三様、意見の対立や利害によって議論にすら発展せず、利権を手放すこともしないで現状維持の一点張りの聖職者、貴族代表たちによって三部会は打ち切られた。

 平民たちの不満はさらに高まり続けていった。


 その様を王族代表として眺めていたリシャールは内心ほくそ笑んでいた。

 混沌を望む悪魔の子、その足は回廊を先へと進ませる。

 自身の享楽にしか興味を示さない王の間へと向かうことはせず、ある一室の前で立ち止まった。


 その部屋の主は、エドガール第一夫人テレーズだ。

 黙っていれば見目麗しい淑女である。

 しかし、その内面は病的なまでに嫉妬心や執着心の強すぎる狂女である。


 現在、エドガールは聖教会軍を破った英雄に担ぎ上げられている。

 だが、本拠地を第三夫人ベアトリスの居城に構えている。

 狂女の嫉妬心は最大に溜まり、もはや鬼女ですら恐れ慄くことだろう。

 かつて、エドガールの寵愛を受けた第二夫人を胎児と共に誅殺した前科がある。

 そのことは公になってはいないが、リシャールは当然知っていた。


「ふふふ。さあ、出番ですよ、義姉さん?」


 リシャールは狂女を操り何を謀ろうというのだろうか?

 その口元は愉悦に歪んでいる。

 そして、地獄への扉がまた一つ開かれる。

 

☆☆☆


 ルクス聖教総本山ヴァルカン、ほんの数ヶ月しか離れていなかったのに随分と久しぶりに感じる。

 しかも、退屈だと思っていたのに、戻ってくると少しホッとしてしまう。


 僕たちが飛空艇から降りると、白い修道服に身を包んだ司祭パウロが出迎えてくれた。

 僕が聖騎士になったばかりの頃に世話になり、総本山勤務になってからもお世話になっていた。


「聖騎士の皆様方、長旅お疲れ様でした。教皇猊下が大聖堂でおまちいたしております」


 僕たちは到着した足でそのまま大聖堂へと向かった。

 僕たちが大聖堂内に揃うと、教皇ヨハネ八世が説教壇の上に姿を現す。


 教皇は、僕たちへねぎらいの言葉、不本意ながらの撤退、聖教会圏各地で発生している暴動について、そして、フランボワーズ王国での敗戦について演説をした。

 その内容はすでに聞き知っており、真新しい情報は何もなかった。


 アルカディアでの決着が不本意な結末だったため、みんな士気が低いままだった。

 その様子を見て、教皇は演説を打ち切り一同を見回した。


「……ふむ。これはいけませんね。ライネス団長がここにおられれば、もう少し士気は高いのでしょうが……では、お二人は前に!」


 教皇は、オリヴィエと僕が隊長を務める遊撃隊副隊長ベテラン聖騎士オルランドを壇上に呼んだ。

 二人共何が起こるのか訝しんでいるが、教皇は構わずに続けた。


「本日付でこちらの二名を空席になっていた七聖剣に任命します!」


 教皇の宣言によって、一同はざわめきだった。

 だが、みんなの表情に希望が灯ったかのように不満などなさそうだ。

 

 当然の話だ。


 オルランドは元々経験豊富なベテラン聖騎士、遊撃隊副隊長を務めており、七聖剣に引けを取らない実力者だ。


 オリヴィエは若手だが、元七聖剣だったピサロを圧倒する実力があることを証明した。

 実力は充分、聖騎士幹部として人の上に立つ資質は僕以上だ。


 二人の七聖剣昇格は僕も大賛成だ。


「では、反対意見も無いことですし、お二人の七聖剣任命の儀式は後ほど行いましょう。オルランド殿は聖騎士団団長代行、オリヴィエ殿は暗黒大陸マルザワード隊隊長です」


「なっ!?」


 この教皇の采配に、ジル・ド・クランが驚愕の声を上げた。

 いくら聖教会に絶対の忠誠を誓う狂信者といえども、己の地位を突然失ったことには耐え難いことのようだ。

 ジル・ド・クランが屈辱にワナワナと震えていると、教皇が説教台から降りてきて、ジル・ド・クランの両肩に手を置いて微笑みかけた。


「ふふふ。大丈夫ですよ、ジル・ド・クラン殿。私は貴方のことは聖教会で最も忠実で、最大の功労者だと思っております。貴方を暗黒大陸担当から外したことには理由があります。貴方にしか出来ない仕事がありますよ」


 教皇はジル・ド・クランの耳元で何事か囁いた。

 ジル・ド・クランの色素の薄い顔に血色が戻り、不気味な笑顔が張り付いた。

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