第3節 目的地へ

 フランボワーズ王国での聖教会の敗戦、これが独立戦争終結となる最大の要因となった。

 

 フランボワーズ王国にて民衆の英雄に担ぎ上げられたエドガールの勝利によって、聖教会圏各地で高まっていた不満は爆発、各地の聖教会では宗教改革を叫ぶ民衆、特に農奴と呼ばれる層に広がっていった。

 聖教会は反乱の鎮圧に追われ、総本山はアルカディア独立戦争の早期終結を決断した。

 

 僕たち三人は、聖教会連合軍の拠点となっていたアルカディア大陸東部ビッグアイランド、ヨークシンへと到着した。

 連合軍はすでに本国へと撤退を始めており、僕たちも休む間もなく飛空艇に乗り込んだ。

 こちら側の転移魔法陣が破壊されているため、時間はかかるが飛空艇で帰る必要がある。


 撤退していく船団はそれぞれの本国へと戻るが、僕たちの乗り込んだ飛空艇は一旦聖教会総本山へと戻る。

 それから仲裁役になるフランボワーズ王国王都へと向かう。

 そこで、講和条約が結ばれる予定だからだ。


「クッ、何たること! 私がいないだけで反乱軍に敗れるとは、何と不甲斐ない!」

 

 僕たちと同じく飛空艇に乗り込んでいるジル・ド・クランは、ひとり怒り心頭に発している。

 アルカディア大陸から撤退となる発端、自分の母国であり、元部下たちの敗戦だからだろう。

 怒髪天を衝くジル・ド・クランには、狂気の異端審問官たちですら恐怖を覚えて近づけないでいた。


「ブワッハッハッハ! 狂信者が怒り狂っとるわ!」

「アイゼンハイムさん、声が大きいですって」

「気にせんでええやろ? ジーくんらが裏切りモンのピサロのオッサンをせっかくぶっ殺してこれからやって時に、中途半端に終わりやで? ほんまやってられんわ。元部下の尻拭いして貰わんとのう?」


 アイゼンハイムは、戦闘民族ヴァイキングの一家トールキン率いる北部軍の抑えを担当していた。

 決着がつくこともなく、お互いに合意のもと終戦となった。


「ま、ええねんけど。ワイはこのまんま元の配置に戻るだけや。なんかシーナ帝国が怪しい動きしとんねん。ワイがおらなあかんみたいやわ」


 アイゼンハイムは、歯をむき出しにして笑った。

 個人的な楽しみもあるだろうが、アルカディアでも自身の役割はこなしていたので有能な指揮官であることは間違いない。

 東部方面の守備は問題ないだろう。

 

 僕たちは今後について話し合いながら、目的地に到着するまで身体を休めて過ごした。


☆☆☆


 暗黒大陸奥地、魔王城

 

 この魔王城の主カーミラは、城内にある会議場にただ一人佇んでいた。

 重厚な神代欅の円卓の前、静かに目を閉じ、円卓につく有力魔族たちの到着を待つ。

 その胸中は、アルカディア大陸での出来事、今後について複雑に渦巻いていた。


 カーミラは突然カッと目を見開き、殺気を込めた暗黒闘気を迸らせる。


「何奴だ!」


 魔王の威嚇は効果はあった。

 無に思われる空間から、影が現れる。


「オッホッホ! 流石だわねぇ、女王様?」

「っ!? 十字路の悪魔ゲーデ、生きていたのか!?」


 カーミラは驚愕とともに、裏切り者に対する怒りに歯を軋ませる。

 その両の手には必殺の魔力が込められた。

 対するゲーデは、愉快そうに笑うだけだ。


「当然よぅ。あの程度でアタクシは死なないわぁ。付きまとわれるのも鬱陶しいからぁ、死んだふりしただけよぅ」

「ならば、今死ね!」


 カーミラの両手から影魔法によって、漆黒の無数の棘がゲーデに襲いかかる。

 寸前でゲーデは姿を消し、カーミラの背後に現れる。

 カーミラもその動きを読んでいたのか、暗黒闘気を纏った爪で斬りつける。

 が、これもゲーデは身軽にかわし、円卓の上に飛び乗った。


「チッ! 貴様、土足で神聖な円卓に乗りおって!」

「あらぁ? 失礼しちゃったわぁ?」


 ゲーデはクスクスと笑いながら円卓から飛び降りた。

 カーミラは再び攻撃に移ろうとしたが、ゲーデが機先を制すように口を開いた。


「オッホッホ! やめてほしいわぁ? アタクシは戯れに来たわけじゃないのよう。大事な報告があるわぁ」

「報告だと? ふざけるな! 二枚舌も三枚舌もある貴様の話など信用できるか!」

「あらぁ? 良いのかしらぁ? 愛しいあの子のお話よう?」

「何!? ジークフリート様のことか! 何を企んでいる!」


 カーミラは冷静にゲーデと距離を保っていた。

 しかし、ジークフリートの話になった瞬間、冷静さを失くした。

 ゲーデは予定通りとニヤリと口端を上げた。


「企んでいるなんて人聞きが、悪魔聞きが悪いって言ったほうがいいかしらぁ?」

「くだらんことを言ってないでさっさと言え!」

「オッホッホ! あの子のことになるとせっかちねえ? ま、教えてあげるわぁ」


 ゲーデはカーミラに運命の女神の計画を話した。

 ザイオンの民を裏で操るマルゴの存在、そして、運命の女神の最後の使徒の正体まで。


「まさか、忌々しいヤツが……だが、ヤツならばジークフリート様を操ることはできる。しかもあの人形のいるフランボワーズ王国に呼び寄せるとは、ヤツは何を企んで……まさか! 無理矢理あの御方の魂を呼び覚ます気か! 確かにあの人形ならば、あの御方の魂も……」


 カーミラは見る見る血の気が表情から引いていき、やがて憎悪に身体を震わせた。


☆☆☆


 魔王城に一番に到着した有力魔族の姿が会議室の扉前に立った。

 吸血鬼の真祖ブラドである。


 この男がいれば、カーミラと共闘してゲーデを滅することも出来たことだろう。

 しかし、ブラドが重々しい装飾の施された扉を開けると、すでにカーミラとゲーデの姿はなかった。

 

 運命の女神の計画は何者にも止めることはできない。

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