第2節ー③ 大決戦・決

―時は本隊が激突する直前に遡る―


 エドガール軍の別働隊を指揮するアンリは、伏兵として聖教会軍の後方を強襲するはずだった。

 戦前、教義を優先するか崇拝するほど慕うエドガールを選ぶか、悩みに悩み抜いた。

 その証左に、その両の眼窩は落ちくぼみ、頬も痩せこけていた。

 しかし、同世代のクレベールの叱責によって迷いは振り切った。

 

「親に等しい御方を裏切るのか?」


 その一言だけで十分だった。

 アンリは重要な別働隊を率いる決意を固めた。


 だが、気持ちだけではどうにもならない事態もある。

 聖教会軍にも伏兵がいたのだ。

 元聖教会枢機卿にしてフランボワーズ王国元宰相ジラールの配下だったヴァルミー父子である。


 ヴァルミーらはタッソー家から吸収した勢力だったが、教義を取りすぐに出奔、聖教会側に寝返った。

 この状況をリュウキは読んでいたが、大きな誤算により絶体絶命の状態になっていた。

 新聖騎士長フランソワ・クーロンの実力を読み違えていたことだ。


 狂信者ジル・ド・クランの部下だった頃の評価は、狂信者の劣化コピーに過ぎなかった。

 しかし、組織の長となった責任感か達成感かは分からないが、その実力が真に開花した。

 その結果が現在の危機的状況なのである。


 アンリは、有能な騎兵隊ヴァルミーらと戦えている。

 ほんの1年前はこの若者が騎士ですらなかったのだから、アンリの健闘は称えるべきなのだろう。

 だが、健闘だけでは敗北は必至だった。

 

「クッ! このままでは、負ける。僕が、僕が流れを変える! 全軍、一気に攻める! 裏切り者たちの首を狙え!」


 アンリは焦るあまり、姿を見せた敵指揮官を仕留めるために突撃をした。

 これを見て、ヴァルミーらは冷静に無表情のまま、見事な陣形でさばいた。


「……青いな。戦場で焦りは禁物だ。このままじっくりとすり潰していく」


 兵たちは長槍と盾を持つ相手に囲まれ、ジリジリと一箇所に固められ、相手が一歩進むごとに串刺しにされていった。

 一人、また一人と地に沈み、血の池は湖へと大きくなろうとしていた。

 老獪なヴァルミーの戦術の前に、アンリは全滅かと思われた。

 

「へっへっへ。こんな簡単なことで報奨がもらえんだ、傭兵も楽な稼業……でぁああああ!?」


 一方的に包囲していたヴァルミー軍の兵たちが、突然爆音と共に吹き飛んだ。

 完璧に近い陣形だったヴァルミーたちは、一気に乱れた。


「ば、バカな!? こ、これは……ぐう!」


 ヴァルミー父は、空を切り裂く飛翔体をとっさに避けた。

 爆風とともに地面がえぐられていた。


「な、息子よ!?」


 そして、ヴァルミー息子の上半身が吹き飛ばされた肉体だけが残されていた。


「クフフフ。見事な威力だな、この魔導カノンは」

「フェッフェッフェ! 当然じゃ! ワシの技術力はエルフをも超えるのじゃ!」


 『ザイオンの民』肉を波打たせるようなフォアと対照的に枯れ木のようなフランクリンが現れた。

 魔導カノンと呼ばれる大砲、その轟音を響かせヴァルミー軍をなぎ散らす。


「行けい!」


 王都にいるはずのフォアの軍勢1千、ザイオンの民の最新鋭兵器を繰り、旧式騎兵隊のヴァルミー軍を蹂躙する。


「ぐわああああ!?」


 歴戦の将だったヴァルミーもあっさりと討ち取られ、肉塊の山に埋もれた。


「あ、ありがとうございます、侯爵様。助かりました。ですが、な、なぜ、ここに……」

「クフフフ。こんなに悠長に立ち話をしていてよいのかな?」

「え?」


 助太刀の礼にやって来たアンリにフォアは何か耳打ちをした。

 アンリはみるみる血相を変え、麾下の兵たちを連れて前線へと駆け出した。


「む? 何を言ったのじゃ?」

「なぁに、大したことではない。……さて、包囲網を完成させ、まずは作戦の手始めとしよう。救世主の降臨は目前だ。クフフフ」


☆☆☆


 そして現在、エドガールたちは、クーロンの前に膝をついていた。


「終幕だ。死ねい!」


 クーロンの聖闘気を帯びた双剣が振り上げられる。

 十字を刻む大技、エドガールは、ギュスターヴですら死を覚悟した。

 

「うおおおお! 僕が殿下を守ります!」

「む!」


 アンリ達は全力で突撃をかける。

 その勢いは鬼気迫り、聖騎士たちですら一瞬の判断を遅らせた。

 大金星を成すか、という寸前まで迫る。

 が、クーロンは迎撃の体勢を整えた。


「小賢しい! グランドクロス!」


 クーロンは、最大の必殺技を放った。

 アンリは、将来の名将、未来の名君、そんな姿が目に浮かぶ有望な若者だった。

 だが、その未来は無慈悲な閃光によって灰となって消えた。


「ア、アンリーーー!」


 エドガールは忠臣の、義理の息子の死に心を折られ、戦意は喪失した。

 クーロンは、その様子に不敵に笑った。


 これは、どんな強者でも勝利を確信した瞬間に見せる刹那の隙だった。

 その隙を非情とも取れる判断で唯一無二の勝機を強引に掴み取る漢がいた。


「うおおおお! 爆炎剣!」


 ギュスターヴだ!

 その必殺剣は、クーロンの半身を上下に二分した。

 不敵な表情は、驚愕に変化し、宙を舞った。


「なん……だと……?」


 クーロンの上下半身は、同時に地に堕ち、その目から光は消えた。

 聖教会軍総司令聖騎士長フランソワ・クーロンの最期だった。

 

 戦場は波を打ったように静まり返った。

 ギュスターヴは、哀しみに心が折れているエドガールを無理やり立たせ、真っ直ぐ目を見据えて怒鳴った。


「ここから先は、あんたの仕事だ! あんたが、総大将のエドガールがやらねえと意味がねえ! アンリの、息子の死を無駄にするな! 戦いを終わらせろ!」


 エドガールは、ハッと弾かれたように両の足を踏み込んだ。

 溢れる涙を零さないように天を仰ぎ、内側の全てを吐き出すように吠えた。


「聖騎士長フランソワ・クーロンは、『爆炎剣』ギュスターヴ・ラ・フェールが仕留めた! この戦い、私達エドガール軍の勝利だ!」


 エドガールの気丈なまでに震える声の勝鬨により、勝負は決した。

 士気が最高潮に高まったエドガール軍、想定外に総司令を失った聖教会軍、勢いの違いは明らかだった。


 この決着により、歴史が動き始めたのだ。

 運命の日が、迫る!

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