第17節 バトル・バトル・バトル3

―天空の城、機関室―


 相手は、死靈王リッチ二体。

 魔術師がアンデッド化した強大な存在だ。

 

 魔術師として、私よりも経験も知識も上の畏れるべき相手だ。

 しかも、冷気に耐性のあるアンデッドは、私の主属性の氷魔法は相性が悪い。

 それでも私は堂々と死靈王リッチたちの前に立った。

 

「……ガキどもが調子に乗っておるな」

「ならば、すぐに黒い恐怖に陥れてやろうではないか!」


 死靈王リッチたちは、暗黒闘気をまとい、襲いかかってきた。


「はぁ! 光の矢ルクス・サジタ!」

「チッ! 小賢しいわ!」


 教会騎士のが光魔法で牽制したが、死靈王リッチたちに軽く弾かれた。

 

「え!? そんな、アンデッドの最大の弱点、光魔法が効かない?」

「クフフフ。考えが甘いな? 我々も死せる賢者と同様に、ただの死靈王リッチではない。かつての魔帝国を支えた賢者の右腕と左腕、腹心中の腹心だ。その程度の魔法が我々に通用すると思うなよ? ……ハァ!」


 教会騎士のは冷や汗を流し、怯んで一歩退こうとした。

 その隙きを狙い、死靈王リッチが暗黒闘気を放ってきた。


「クッ!?」


 教会騎士のはとっさに攻撃を避けたが、死靈王リッチはそれぐらい読んでいたようで、追撃のために間合いを詰めていた。


「死ねぃ!」

「ニャニャン! させないニャ!」


 レアが両者の間に斬りかかった。

 全身を雷で包み込み、毛が逆立ち、雷獣と化している。

 

「チィ! 邪魔立てするでないわ!」


 死靈王リッチが腕を振って闇魔法を放ったが、レアは肉食獣のような身軽な動きでするりとかわした。

 

 すごい!

 いつの間にこんな力を?

 獣人は生まれつき、竜族を除く全ての種族の中で最も身体能力に優れている。

 それでも、ここまで魂の力を使いこなすとは、この子は天才なの?


「やりましたわ! さすがレアちゃん! わたくしたちとの秘密特訓の成果が出ましたわ!」

「ありがとうございますニャ、ヴィッキーたま! ロロとフレイヤと一緒に修行に付き合ってくれたおかげですニャ!」


 頭の上にイシスを乗せたヴィクトリアが後方で嬉しそうに胸を張っている。

 レアもニッコリと笑顔だが、自信に満ちて堂々と死靈王リッチたちと対峙している。


 そうだったんだ。

 二人で遊んでいるとばかり思っていたけど、そんな事をしていたなんて。

 知らなかった。

 子どもなりに、自分で考えて成長するんだなぁ。


 ……うん!

 私も負けていられない!

 これまで学んだ魔法の集大成をここで見せる!


「……ねえ、あなた、名前は?」

「え? ボク? ……ヨハンです」

「ヨハン? 男みたいな名前……いえ、今はどうでもいいわ。ヨハン、協力してくれる?」

「ええ、もちろんです。何か考えでもあるのですか?」


 私には考えがないわけではない。

 でも、時間がかかるし、通用するか分からない賭けでもある。

 そのことを簡単に説明した。

 ヨハンはすぐに顔を引き締め、頷いた。


「分かりました。ボクも負けていられませんね? ボクだって『神の子』の従士、聖騎士の頂点ジークフリート・フォン・バイエルンの従兄弟なんだ。ボクだって、出来る! さっきは偶然だけど、聖闘気に覚醒しかけたんだ、きっと集中すれば……出来た!」


 ヨハンは聖闘気を纏い、レアの隣に立った。

 レアは聖教会の人族を怖がっているけど、今は目の前の死靈王リッチに集中している。

 

 よし!

 急造チームだけど、いい感じだ!

 後は、私の精霊魔法が通用するかどうか。

 私は気合を入れ直して魔法の詠唱を開始した。


☆☆☆


―天空の城 外部―


「これでこうして……よし、終わりよ!」

 

 ロクサーヌが最後の魔力を注ぎ込むと、天空の城の魔導障壁は消え去った。


「すごい! あんなに複雑な術式初めてみました! さすが大魔道士ですね!」

「当然よ! この天才芸術家ロクタン様に不可能はないのよ、オーホッホッホ!」

 

 僕が素直に感動して褒めると、ロクサーヌは自慢気に胸を張って、鼻まで高くなったかのように高笑いをした。

 あのマンガというものが芸術なのかは分からないけど、このエルフが凄いことは間違いない。


「これで次は……おお、出てきた、出てきた」

「ハァ、やっぱりね。魔導障壁を強制解除したから、こいつらが出てくるわね」


 ロクサーヌはため息をつきながら、最後のエリクサーを一気にあおった。

 それから、気持ち悪そうに顔をしかめた。


「ああ、まっずい! でも、仕方がないわ。シャトルポ◯ドを運転するのに、魔力が必要だもの」


 ロクサーヌはブツブツと文句を言いながら、小型飛空艇の操縦席に座った。

 キッと前方をにらみ、僕もまたブリュンヒルデの上で気合を入れ直した。


 天空の城の各所から、蜂の巣のように次々と金属でできた飛行型ゴーレムが出てきた。

 数は多いが、一体一体は大したことはないと設計者のロクサーヌは言っていた。

 すぐに撃破して内部に乗り込んで……


「グゥオオオオ!!」


 と、思っていたら、蛇神ケツアルコアトルがまた出てきた。

 

「へえ? 今度こそ倒して……」

「ダメよ! その子は敵じゃないわ!」

「え? で、でも前は……」

「今はもう隠す必要はなくなったの! ここが最終決戦だから、敵のフリをする意味がないわ!」


 僕とブリュンヒルデがケツアルコアトルを睨んでいると、ケツアルコアトルは背を向けて振り返った。


「グオオオオ!」


 そして、襲いかかってきた金属ゴーレムを口からの魔導砲で吹き飛ばした。

 

 なるほど。

 行動で敵ではないと示したわけだ。

 僕たちの言葉が分かるほど知能が高いようだ。

 これで、強力な味方が出来た。


「ここはあたしたちに任せなさい!」

「でも、数が多すぎますよ? 僕も手伝って……」

「いいから言うとおりにしなさい! 外はあたしたちだけで充分よ! あの魔導砲もここなら正面から止める必要はないわ! あなたは中に入って、このくだらない乱痴気騒ぎを終わらせなさい!」

「……はい! 分かりました!」


 僕はこの場をロクサーヌに任せて天空の城へと乗り込んだ。

 

☆☆☆


―天空の城 大広間―


 憤怒によって顔を歪めているゲーデが本気を出した。

 魔王に匹敵する悪魔に、自由の子どもたちは一瞬怯んだ。

 当然、伝説の悪魔はその隙きを見逃さない。


「グハッ!?」

「ガァッ!?」


 ゲーデは空間を縮めたかのように、その一瞬の間にサムとリディアを殴り飛ばしていた。

 

「サム!?」

「止めるな、イヴ! オレは大丈夫だ!」


 イヴは神聖なる讃歌サンクトゥス・メロスを止めそうになったが、サムの言葉で強化魔法を続けた。

 リディアもまた立ち上がり、ゲーデに向き直った。


「クッ! これが伝説の『十字路の悪魔』。たったの一撃でこんな……」


 しかし、リディアは立ち上がりはしたが、心が折れかけ、膝が笑っている。

 ここでタイミング良く、リーダーのサムが声をかける。


「まだだリディア! 一撃を食らっても死んでいない! オレたちがあの日から必死で耐えてきた成果が出ている! 諦めるには、まだ早い!」

「サム……ああ、分かってるよ!」


 リディアの目に再び闘志が灯ると、怒りに燃えていたゲーデは不意に冷静になり楽しそうに笑った。

 

「オッホッホ! 面白いわねぇ? ついムキになって終わりにしようとしたけど、気が変わったわぁ。もうちょっと楽しませて頂戴! 宿世弦ファートゥム!」


 ゲーデは暗黒闘気の糸を操り、サムとリディアに向けて放った。

 これを二人はかわしたが、その糸の先を見て驚愕の表情を浮かべた。


「な、何て威力だ。鋼鉄の扉がチーズみたいにスライスされちまった」

「サム! よそ見するな!」


 ハンコックの怒鳴り声でサムはハッとして意識をゲーデに戻した。

 壁際に飾られていた白亜の巨大な石像がゲーデの糸で絡み取られ、目の前に迫っていた。


「おお! 大盾体当たりシールド・チャージ!」

「わ、悪い、相棒」


 間一髪、ハンコックに庇われ、サムは無傷で済んだ。

 ハンコックも同様に、固い守りで無傷である。


「オッホッホ。これはどうかしら? 天上乱舞ラクーナ・サルト!」


 ゲーデは暗黒闘気の糸を縦横無尽に振り乱し、数々の装飾品を切り刻む。

 

「クソ! 何て化け物だ! かわすだけで精一杯か?」


 自由の子どもたちは防戦一方だ。

 対して、ゲーデは余裕の表情で笑みを浮かべている。

 このままジリ貧で終わるのか?


「……あーあ、もう飽きちゃったわぁ。次で終わりにしようかしら?」


 ゲーデは攻撃の手を止め、退屈そうに欠伸をした。

 自由の子どもたちは、大きなダメージを受けていないがところどころから血を流し、肩で息をしていた。

 だが、目はまだ死んでいない。


 油断しきっているゲーデの前で、それぞれアイコンタクトを交わして頷いた。


☆☆☆


―天空の城、機関室―


 ここでのもう一つの戦い、アウグスタとジュリアの姉妹は対峙している。

 闇に堕ち精神の崩壊しているジュリアは、防戦一方のアウグスタに襲いかかる。


「クッ! どうすればいい? こんな……私がジュリアを手に掛けるなんて、出来るわけが……」


 アウグスタは苦悶の表情でジュリアの刺突をかわし続ける。

 これでは、先程と同じ展開だ。

 

「ジュリア、目を覚ませ!」


 アウグスタは愚直に声をかけるが、ジュリアには届かない。

 

「おねえ、ちゃ?」


 いや、闇に堕ちたジュリアの魂に声が届いたのだろうか?

 ジュリアの動きが止まっている。


「ああ、ジュリア、気がついたのか? よ、良かっ……ガハッ!?」


 しかし、無防備にジュリアに歩み寄ったアウグスタは、突然動き出したジュリアのレイピアに腹を刺された。

 驚愕の表情のアウグスタは、膝をつき、真っ赤な血を吐いた。


「あハ? きもちいい。おねえ、チャン、スき、ころス」


 ジュリアは恍惚に呆けている。

 もはや、闇から戻ってくることは出来なかった。

 アウグスタは己の無力感から絶望に飲まれかけていた。


「うう。私は、何のために強くなろうとしたのだ? たった一人の妹ですら助けることも出来ないなんて。私は、何て無力なんだ」


 アウグスタはついに絶望に飲まれ、涙を流し膝をついた。

 ジュリアはトドメの一突きをするためにレイピアを振り上げた。

 これで、終わり……


「ダメですぅー!」

 

 ここで横から割り込む者がいた。

 女神イシスを頭に乗せたヴィクトリアだ。

 非戦闘員のヴィクトリアに何が出来るのか?


「う、うう、うああああ!?」


 ジュリアはヴィクトリアとイシスのコンビに恐れ慄き、後ずさった。


 何が起こっているのだろうか?


 理性を失っているとはいえ、聖騎士の精鋭に匹敵するジュリアが非戦闘員のヴィクトリアとイシスに恐怖を抱いている。

 それは、ヴィクトリアの潜在的に持つ驚異的な光の力によるものである。

 『希望の光』とも称され、冬将軍の戦いで亡者の軍勢を一掃するほどの光の魂の持ち主なのである。

 闇の者たちにとっては、天敵とも呼べる存在だ。


 ヴィクトリアは毅然と立ち、勇敢に両手を広げている。

 絶望に俯いていたアウグスタは目を上げ、その小さな背中を眩しいものが降臨したかのように見つめた。


「い、一体、何が?」


 呆然と膝をつくアウグスタは思わず呟いた。


「お、ねえ、ちゃん?」


 虚ろだったジュリアの目に、ほんの僅かだが、光が戻った。


「ジュリア!?」


 アウグスタは弾けるように立ち上がり、泣き笑いをしながらジュリアの元へと駆け寄った。

 だが、ジュリアは悲痛に涙を流した。


「あ、たし、もう、ダメ。何も、見えない、の。真っ暗、なの」

「しっかりするんだ! 私はここにいる! だから……」

「ううん、ダメ、なの。自分で、分かるの。今、だけ、しか、光がある、今しか……ねえ、ころ、して?」

「っ!? 諦めるな! 何とかしてみせる!」

「ムリ、よ。おねえちゃんを、感じる、今、終わらせて? ううん、ここから、闇の中から、解放して?」

「そんな! 私に、そんなこと、出来ない! 私はお前を助けようと、守ろうと!」

 

 ジュリアの悲痛なまでの頼みに、アウグスタはただ涙を流し髪をかき乱した。

 だが、終わりの時はすぐにやって来た。


 ジュリアの目から光が消えかけ、再び闇の中に飲み込まれていこうとした。

 アウグスタはとっさにジュリアの心臓にレイピアを突き立てた。

 そして、ジュリアを抱きしめた。

 

「あ、りがと、おねえちゃん、だい、す、き……」

「う、ああ、あああああ!」


 ジュリアは塵となって消えた。

 後に残されたアウグスタは張り裂けんばかりの声で泣き続けた。

 そのアウグスタを『希望の光』が、少しでも癒そうとするかのようにそっと抱きしめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る