第18節 決着1
―天空の城、機関室―
私の目の前で、凛々しいはずの聖騎士の女の方が張り裂けんばかりの声で泣きじゃくっている。
私にとって、ジュリアは嫌なことばかりされた相手でやっつけてやりたかった。
でも、この人にとっては大切な妹だった。
悪魔のせいで精神がおかしくなってひどいことをしていただけだったんだ。
無力な私では何かをしてあげることも、慰めの言葉も思いつかない。
私はただ、一緒に涙を流して小さく背中を丸くしているこの人を抱きしめてあげることだけだった。
「なんで? あたちはこんなに悲しいことが起きる世界を創りたかったんじゃないのに。みんなが笑って幸せになれる世界にしたかったのに。何がいけなかったの?」
いつも元気なイシスもポロポロと涙を流して立ち尽くしている。
本当に分からない。
どうして、人は争うのだろう?
どうすれば、みんなで笑い合える幸せな世界にすることができるのだろう?
私に、王族である私に、何ができるのだろう?
私が聖騎士の人を慰めていると、周りで戦いの音が響いていた。
そうだ。
今は、みんなが必死に戦っている。
私にはまだ分からないことばかりだけど、今の私にできることは、みんなの戦いを最後まで見届けること。
みんなで生きて帰るんだ!
「ええい、ちょこまかと鬱陶しい!」
骸骨、
「ニャニャン! そんなの当たんないニャ!」
レアは雷を全身にまとって、すごく動きが速くなっている。
すごい!
私よりも歳下なのに、こんなにも怖い化け物と戦えるなんて。
私だって、無力なままでいたくない。
今度こそ、守られるだけなんて……
「ヤァ! これが聖闘気の力? すごい、力がどんどん湧いてくる!」
教会騎士の女の子ヨハンは
まるで自分の力に興奮しているようで、口元に笑みが浮かんでいる。
「クッ!? まさかこんなガキどもに手こずるとは。だが、まだぬるい!」
「ニャァ!?」
「う、うわぁ!?」
「う、くぅ……」
「クフフフ。死ねい!」
「させないわ! 精霊魔法・
「な、何だと!?」
ロザリーが詠唱し続けていた精霊魔法の暴風雨が、
すごい!
旅の間にこんな魔法が使えるようになっていたなんて!
大魔道士に鍛えられて、
「ぐ、ぐぬぅ。こ、こんな小娘がこれほどの魔法を使えるとは」
「だが、今ので魔力を使い果たしたようだ。クフフフ。手こずらせよって」
ロザリーは息を切らせて膝をついた。
そんな!
これでもダメだなんて!
でも、みんなはこれ以上戦えないほど消耗している。
こ、こうなったら、私だって!
私が一歩踏み出そうとしたところで、一陣の風が舞った。
そして、次の瞬間には
「なん…だと…?」
「い、一体、何が?」
「……貴様らは好き勝手にやりすぎた。
いつの間にか、聖騎士の女の人がレイピアを片手に
思わず息を飲み込んだ。
すごくカッコいい人だ。
でも、涙の跡が残る哀しげな顔が見ていて辛い。
「ア、アウグスタさん。ありがとうございます、助かりました」
アウグスタはヨハンの言葉に何も答えず、天を見上げて声を震わせた。
「今の私に出来るのは、この程度のことだ。だが、強くなってみせる。大切な誰かを守れるように、これ以上の悲劇が起きないように」
それからキュッと口元を固く引き締め、私のところに歩いてきた。
その後、思いがけない事をした。
なぜかアウグスタは私の前に跪いた。
「え? え? な、何を?」
「私は、貴女様に救われました。ジュリアを、最愛の妹をこの手で殺した時、自分の無力さ、不甲斐なさに、己を呪い、憎み、絶望の闇に堕ちかけました。しかしながら、貴女様の光の力によって踏みとどまることが出来ました。貴女様には感謝してもしきれません。この私程度がお返しできることはたかが知れたことしかありません。私は、アウグスタ・シュヴァリエは、貴女様の剣となり、盾となり、ここに永遠の忠誠を誓います」
え、ええ!?
な、なんで!?
☆☆☆
―天空の城、カタパルト―
どれくらい戦っているのだろうか?
現実ではそれほど時間は過ぎていないはずだ。
だが、私の体感ではすでに幾日も過ぎているかのようだ。
「ハァ!
私は必殺技の闇魔法を繰り出す。
私の影から創り出した無数の漆黒の刃が死せる賢者へと襲いかかる。
「ふん、無駄だ! 重力魔法・
死せる賢者は時空間を歪め、影をも飲み込む漆黒の闇を創り出す。
闇が口を開き、私の必殺魔法をかき消した。
「クッ!? ならば……」
「遅い! 天空魔法・
私が次の魔法を準備する間に、死せる賢者はすでに次の大魔法を放っていた。
とっさに身を捻ってかわしたが、その衝撃波だけで吹き飛ばされる。
天空の城の外壁へと風穴を開けた。
「あ、ああああ!? ……ぐぅ、ま、まだだ!」
私はすぐに体勢を立て直し、死せる賢者を睨みつけ牽制する。
しかし、ヤツは余裕でゆっくりと私に近づいてきた。
対して、私は膝をつき、肩で息をしている。
つ、強い。
まだこれほどの実力差があるとは。
堕ちたりとはいえ、流石は魔帝国を支えた賢者、か。
私も400年前とは比べ物にならないほど強くなっているはずなのだがな。
私は魔王形態となり、本気を出している。
相手の土俵ではあるが、私にとっても魔法が得意戦術だ。
しかし、死せる賢者、魔導の怪物には魔法で勝負をすることは分が悪い。
「どうした、小娘? この程度で臆したか? 我を断罪するなどとほざきよったが、大口を叩くだけならば誰でもできるぞ?」
死せる賢者は私を挑発するように骨をカタカタとさせてあざ笑っている。
「お、おのれ!」
私は挑発に乗って死せる賢者に飛びかかろうとしたが、既のところで踏みとどまった。
私が気合を入れ直すために自分の頬を両手で叩くとヤツは不思議そうに首をひねった。
そうだ、落ち着け。
冷静に頭を働かせろ。
私は誰だ?
『魔王』カーミラ、魔族の王を冠している者だ。
今の私はほとんどの有力魔族たちに王と認められていない。
しかし暫定とはいえ、魔王と称しているのだ。
魔王とは魔族たちの王、魔族たちは力ある者でなければ王とは認めない。
ならば、私は力を示し、真の魔王として認められよう。
いや、違う。
力づくで認めさせるのだ。
魔王らしく、な。
ここで死せる賢者、魔導の怪物を魔法でねじ伏せる。
今でも有力魔族たちに一目置かれる、かつての魔帝国宰相にして大魔王軍参謀長を超えてみせる。
私はもう一度死せる賢者を見据えた。
ヤツは魔法に特化した闇の存在であるため、聖騎士、特にシュヴァリエ共のような光魔法を操る剣士が弱点だ。
しかし、今のヤツはアンデッドと化している。
火属性もまたヤツの新たな弱点だ。
だが、火属性は私には扱えない。
ヴァンパイアである私もまた火属性が弱点だからだ。
……いや、待てよ?
私の影創生魔法であれば……
「む? 何が可笑しい? 絶望的な力量差に気でも狂ったか?」
「何、大したことではない。貴様の倒し方が見えただけだ」
「ほう? 言うではないか。ならば、やってみせよ!
死せる賢者は暗黒球を幕のように無数に放ってきた。
速さはそれほどでもない。
が、その威力は一つでも喰らえば致命傷となる。
私は宙を舞ってかわし、暗黒球は天空の城内部に次々と穴を開けていく。
「
「何!? チィ!
私が思いついた影から創り出した地獄の炎は、死せる賢者の不意をついた。
だが、この秘策ですらヤツには通用しなかった。
ヤツの氷魔法で対消滅した。
「黒い炎、だと? あれをまともに喰らえば、我ですら危なかった。今のは悪くはなかった。だが、あまりの威力に自分自身ですら持たんのではないか?」
確かに、死せる賢者の指摘するように私の両手は焼けただれていた。
回復魔法で傷を直し、もう一度魔力を高めた。
最大出力で放てば、おそらくヤツにも通用、いや確実に倒せるはずだ。
「……やめておけ。本来、魂の資質と相反する属性は使えん。それを無理やり使おうとするならば、貴様も死ぬぞ?」
「ほぅ? 随分と優しいことを言うではないか。かつての偉大な賢者だった頃を思い出したか?」
「……ふん! 大したことではない。我は貴様のことを少しは認めてやっただけだ。どうだ? 我らと組まぬか? あの御方大魔王様を再臨させ、偉大なる魔帝国を復活させる。貴様も目的は同じであろう?」
「そう、だな。だが、断る! 魔王としてけじめはつけねばならん。貴様らはやり方を間違えた。同胞たちへの裏切りは、絶対に許されん!」
「そうか。ならば、決着をつけようではないか!」
死せる賢者は暗黒球を放ってきた。
私は迷うことなく間合いをつめ、左腕が消し飛ばされようとも構わず前に進んだ。
そして、死せる賢者の懐に入り込んだ。
「この距離ならば、貴様ですら魔法で防御は出来まい?」
「ば、バカな!? こんな真似、自殺行為だ! 貴様も死……」
「ハァアアア!
「ぐぅわぁああああ!!?」
私は自分の身体ごと死せる賢者を煉獄の炎で焼き尽くした。
この方法でしか、私には勝機が見出だせなかった。
どちらが先に焼き尽くされるか、捨て身の攻撃だった。
煉獄の炎が燃え尽きた時、私の全身は焼けただれ、立っているだけで精一杯だった。
対して、死せる賢者はすでに骨までも焼き尽くされていた。
残された頭蓋骨が灰となる直前、最期の言葉を呟いた。
「……見事だった。貴様の、いや、そなたの覚悟を見せてもらった。認めよう、『魔王』カーミラよ。偉大なる魔帝国の復活、そなたに託そう。魔帝国よ、バンザ……」
死せる賢者は真っ白な灰となって消えた。
私もまた力尽きて倒れた。
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