第14節 北部

―アルカディア大陸北部 モンドール近郊―


 ジークフリート達、聖教会連合軍の精鋭たちが非戦闘員に扮した連邦軍の破壊工作に苦戦している頃だった。

 連合軍のヨークシン駐留部隊であるブリタニカ王国の軍が、突然軍事行動を起こし北上した。

 ブリタニカ王国軍司令官ビングレーによる独断だった。

 

 この軍事行動は、連合軍参謀本部も一度検討していた。

 聖騎士たち主力部隊が西に進軍し、残る大部隊で北部を制圧する。

 これによって、北部全体を制圧すれば残るは南部、独立戦争の終結が容易になると考えられたからだ。

 だが、この作戦は甘い考えで、現実的ではないと聖騎士団団長ら前線に立つ司令官達によって却下された。

 

 しかしながら、連合軍は一枚岩ではなかった。

 聖教会圏各国の混成軍であり、様々な思惑が渦巻いていた。


 それに加え、不穏な動きを見せる『ザイオンの民』も水面下で動いていた。

 この植民地を統治していた、『ザイオンの民』の息のかかった『シオンバンク』の私設軍、東方貿易会社もいる。


 どのような思惑があったのだろうか?

 ブリタニカ王国軍は動き出してしまった。

 統率された正規軍なら、ありえないことだ。

 

 これによってほくそ笑んだのは、まずはピサロである。

 自身の描いた戦略と見事に噛み合い、高笑いをしている。

 そして、もうひとりフランクリンである。


 フランクリンは『ザイオンの民』の幹部の一人であり、この戦争の開戦までの絵図を描いていた。

 この独立戦争が始まってからも、連邦軍、連合軍両サイドで様々な裏工作、兵器の提供を行っていた。


 その一つがヨークシン駐留部隊の暴走である。


 フランクリンの行ったことは、『ザイオンの民』と裏で通じている東方貿易会社の司令官を動かし、ブリタニカ王国軍司令官ビングレーを唆しただけだ。

 当然ながら、敵対する勢力の両方に暗躍し、自らの利益のみを求めるその姿は忌み嫌われている。


 『ザイオンの民』は、友敵を問わず、兵器を販売して巨利を得る組織、死の商人たちである。

 死の商人は『ザイオンの民』の一側面に過ぎないが、今は説明の必要は無いだろう。

 

 さて、ビングレーの暴走によって何が起こったのだろうか?

 

 ビングレーは、アルカディア大陸最北の街モンドールを目指していた。

 意気揚々とした行軍であり、約5千名の兵を連れていた。

 このビングレー、武功を上げる機会が無いことに憤懣を募らせていたのだ。


 初戦では、本国ブリタニカ王国とつながりのある、東方貿易会社に加勢し、惨敗。

 聖騎士たちが次々と武功を上げる中、出番がないことに不満を溜め込んでいたのだ。


 そこを付け狙われ、東方貿易会社司令官に唆され、独断による暴走をしたのだ。

 ここで戦功を上げれば、独断専行の罪は不問とされるだろうという甘い考えであった。

 このような男だから、『ザイオンの民』によって道化役に選ばれたのだが。


 一方その頃、連邦軍もまた一部の部隊が北上していた。

 連邦軍の場合は、北部のモンドールへと赴き、援軍の要請をするためだった。

 

 各植民地が一斉蜂起をしたとはいえ、足並みが揃っているわけではなかった。

 独立派や王党派等、様々な派閥があった。

 北部は、この独立戦争に静観を決め込み、中立派を保っていたのだ。

 

 その途上、二つの勢力がかち合うことになった。


 北部の都市モンドールまであと一日という距離まで来ていた。


 一歩先にやって来ていた連邦軍は、モーガンという牧場主の敷地内に駐留させてもらっていた。

 モーガンは北部人として特別なことはなく中立派だった。

 とはいっても、同じくアルカディア大陸に移民としてやって来た隣人として、連邦軍を歓迎した。


 対して、遅れてやって来た連合軍は、油断してくつろいでいる連邦軍を見て取り、奇襲をかけた。

 連邦軍も奇襲を受けたとはいえ、それなりに反撃をした。


 だが、形勢を覆すことができず、連邦軍は敗走して行った。

 連合軍は、モーガン牧場を確保し、モンドール制圧の拠点とした。


 ビングレーは、この戦いで武功を立てたと喜び勇んでいた。

 しかし、自身の愚行に気が付いた頃にはすでに地獄を見ていた。


 連合軍は、牧場主のモーガン家を戦火に巻き込み、惨殺してしまっていたのだ。

 モーガンは、北部の名士の一人であった。

 もちろん、北部の人々の怒りに火をつけた。


 しかしながら、それだけでは済まなかった。

 彼らは、この北部で最も怒らせてはいけない相手を怒らせた。

 ヴァイキングの移民トールキン家である。


 トールキン家は、聖教会圏諸国がアルカディア大陸にやってくるはるか以前からこの地にやってきていた。

 ヴァイキングたちは、この地を幻の大地ヴィンランドと呼び、入植していたのだ。


 そして時は流れ、トールキン家はこの地に根付き、先住民と交流を深め、聖教会圏からの新しい移民たちとも良好な関係を築いていた。

 その中でも、モーガン家とは親戚同然の付き合いをしていたのだ。

 その怒りは凄まじいものだった。


 ブリタニカ王国軍は、狂戦士たちの圧倒的な暴力の前に蹂躙された。

 司令官ビングレーが後悔したときにはすでに遅かった。

 捕らえられたビングレーは、生きたまま腹裂きの刑に処された。

 

 たった一人の愚かな司令官のために、戦況は一変することになった。

 中立派だった北部が独立派に参戦することになってしまった。

 こうして、戦闘民族ヴァイキング率いる北部軍が、連邦軍に合流したのだ。


 こうなることを、眠れる狼の尾を踏むことを恐れて、聖騎士団団長ライネスは、北部制圧を見送っていたのだ。

 戦闘民族ヴァイキングは、百戦錬磨の聖騎士ですら、敵に回すことは避けていた相手なのである。

 聖教会連合軍にとって、最悪のシナリオが進行していた。


「クックック! 笑いが止まらんとはこのことだな! 吾輩の戦略がこうも見事にハマるとは! 脳筋のデカブツ共は、単細胞過ぎるわ! 全ては、吾輩の手の内よ! クハハハハ!」


 ピサロは蹂躙され尽くしたブリタニカ軍の屍肉を見下ろし、高笑いをしていた。

 側に立つ副官のグウィネスの腰にいやらしく手をやり、興奮冷めやらぬ血は下半身に集まっている。

 戦場跡には、ピサロの下卑た笑いがどこまでもこだましていた。

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