第10節 矜持

―アルカディア大陸東部 ビッグアイランド南部ヨークシン―


 僕たち聖教会連合軍は、ヨークシンを制圧したが、あまり市民感情は良くなさそうだった。

 一般市民たちは、さすがに聖騎士を相手に直接反抗することはなく、ただ遠巻きに眺めているだけだ。

 僕は悪役になってしまったみたいで気まずい思いをしている。


 そんな僕は街の郊外へ行き、最近の日課になってしまった、ガルーダのブリュンヒルデの世話をしていた。

 これまで通りなら、オリヴィエとヨハンだけだったが、この任務についてから予想外の相手も一緒にいた。


 アマゾネス隊で、オリヴィエの従妹アウグスタも、任務がない日は毎日のようにやって来て、僕に挑んでくる。

 本人は気に入らないらしいけど、名門武家シュヴァリエ家の血筋なだけあって、腕は確かだ。


「踏み込みが甘いですよっと!」


 僕はアウグスタのレイピアの突きをかわして、木剣で首筋に切っ先を突きつけた。


「クッ!……まだまだ!」


 アウグスタはかなりの負けず嫌いなようで、何度やられても挑んできた。

 聖騎士の精鋭の一人に選ばれるだけあって、根性もかなりある。

 でも、気負い過ぎな気がする。

 今、僕はアウグスタを転ばせたが、肩で息をしながらも立ち上がってきた。


「……今日はもうやめておけ、アウグスタ」


 静かに様子を見ていたオリヴィエが声をかけて来た。

 アウグスタを心配しているような顔をしている。


「うるさい! 私はまだ出来る!」

「焦るな。今は、作戦上ここで待機するしかないのだ。どれだけ焦ったところで、ジュリアの元へは行けんのだぞ?」

「分かっている!」


 アウグスタはレイピアを鞘にしまって、息を切らせながら宿舎に戻っていった。


 ジュリアとは、アウグスタの妹で、元新大陸自治都市聖騎士団の下部組織、教会騎士団の教会騎士だ。

 ジュリアは、アウグスタやオリヴィエとは違って聖闘気の才能がなく、教会騎士として働いていた。

 オリヴィエが言うには、姉のアウグスタとは違って大人しい性格らしい。


 今回の戦争のせいで、アウグスタはジュリアと敵同士という立場になってしまい、妹が心配で居ても立っても居られないそうだ。


「やれやれ、私にとってはどちらも妹のように思っているのだが」


 オリヴィエは困ったように腕を組み、アウグスタの後ろ姿を見つめていた。

 僕はそんな家族思いのオリヴィエを見て、思わず笑顔になってしまった。


「あはは。オリヴィエさんは、頼れるお兄さんですね!」


 ヨハンが、ブリュンヒルデを連れて笑いながら戻ってきた。

 本当に、顔だけ見ていれば女の子のようだ。


「ば、バカを言うな、ヨハン!」


 オリヴィエは顔を赤くして照れている。


「僕もそう思いますよ、オリヴィエさん?」

「クッ! ジーク、お前もか!」


 僕とヨハンはオリヴィエをからかい、声を上げて笑った。


「……まあ、良い兄とは言えんと思うぞ? あの通り、アウグスタには煙たがられている。昔は、お兄ちゃんと呼ばれて慕われていると思ったのだがな。 そういえば、喧嘩別れした愚弟もいるな。今頃、どこで何をしているのやら」


 オリヴィエは、高い空を見上げていた。


 僕たちはブリュンヒルデを檻に戻し、それぞれの配置場所についた。


 僕はとりあえず定例会議に出席だけした。

 今後の作戦を話し合い、僕は黙って聞いていた。

 今は、後方支援の艦隊が、聖教会圏からこのヨークシンに到着するのを待つだけだった。


 僕たちは一足先に飛空艇でやって来たが、大部分の軍は1ヶ月かけて海を越えてくるのだ。

 そして、治安維持部隊がこのヨークシンに留まり、ようやく僕たちは前線に出ることが出来る。


 いくら僕たちが聖教会の最精鋭部隊とはいえ、飲まず食わずで戦うことまでは出来ないのだ。

 現地で物資を強制徴収するなど、それこそ市民感情を悪くするだけだ。


 この日も、特に変わり映えのしない会議を終えると解散をした。

 でも、僕は残り、団長の話を聞いてみようと思った。


「む? どうしたのだ、ジークフリートよ?」


 団長はこの地に来ても激務に追われて、厳しい表情をしている。

 一体、いつ寝ているのだろうか?


「あの、今回の戦争のことをどのようにお考えですか?」

「……どのように、とは?」


 団長は、僕の質問の意図がよくわからないというように眉をひそめた。


 ああ!

 僕はどうしてこう言葉足らずなんだろう!

 僕は、しどろもどろに精一杯言葉を尽くした。


 団長は、やっと意味が分かったというようにフッと笑った。


「お前が聞きたいのは、自分たちの行いが本当に正しいことなのだろうか、ということでいいのか?」

「は、はい!」


 僕は自分の言いたいことがやっと伝わって、嬉しくなり声が少し大きくなった。

 そんな僕を団長は少し楽しそうに笑った。

 でも、すぐに上官としての厳しい顔に戻った。


「……では、私がその質問に答える前に、お前自身はどう考えているのだ?」

「えと、そ、それは……」


 僕は、またも言葉がうまく出てこなかったが、できるだけうまく伝わるように話した。


 ヨークシンの市民たちを見て、自分が正しいことをしているのかどうか分からない。

 この戦争の発端を考えると、相手の主張のほうが正しいのではないか。

 このまま戦争を続けるのが本当に正しいのどうか。

 他にも聞きたいことがあったが、うまく言葉に出来なかった気がする。


「……そうだな。お前の迷いも人として正しいことだ。戦争というのは、ただの殺し合いで、どちらも悪だ。戦争にならないように話し合いで解決するのが、政治の仕事だな。まあ、軍の責任者としては、自分たちが絶対的に正義で、迷うことなく戦えと言わなければならんがな」


 と言って、団長は少し皮肉に笑った。


「だが、聖騎士の頂点『七聖剣』序列第一位の『神の子』ジークフリート・フォン・バイエルンに、聖騎士団団長『雷帝』ロドリーゴ・ライネスとして言っておこう」


 団長は、聖騎士の最高指揮官として厳しい目つきで僕を見据えた。

 僕は思わず背筋を正し、ゴクリとツバを飲み込んだ。


「我々、聖騎士団とは秩序の番人だ。魔族や獣人、ドラゴンなど、神の敵と戦うのが主な仕事だ。だが、他にもやるべき仕事がある。聖教会の定めた法や倫理、教えを守るために存在する者たちでもあるのだ。正義というように、その時代、その立場によって曖昧に変わってくるものでない。我々が常日頃、己を高め、最強の力を求めているのは、秩序を守るためだ。秩序が守られているからこそ、人々は生活を維持できるのだ。無秩序になれば、この社会はどうなると思う? 暴力や無法者によって支配されることになる。つまり、法による拘束力は、暴力をも上回る力がなければならない。我々、最も強い暴力を持つ聖騎士ですら、いや、だからこそ法に従わねばならん。最も強い暴力を持つ聖騎士が率先して法に従うからこそ、全ての模範となり人々もまた法に従うのだ。我々聖騎士は、聖騎士の誓いによる義務に従い、この戦争で絶対に負けてはならん!」


 これが、聖騎士団団長としての矜持。


 僕は、思わず頭を垂れた。


 僕はようやく、聖騎士『七聖剣』序列第一位がどれほど重い地位なのか分かった。

 やっと、この戦争がどういうものか理解できた。

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