第11節 ブラッディワインの戦い

 ―アルカディア大陸東北中部 湖水地方シルバニア郊外 ワイン川―


 ヨークシンの戦いから1ヶ月が過ぎ、聖教会連合軍の艦隊がヨークシンに到着した。

 そして、補給の完了した聖教会連合軍はこの地へと進軍してきた。


「……ついに、この時が来たか」

 

 連邦軍司令官ワトソンは、聖教会連合軍の軍勢がやって来たという報告を受け、唸るように呟いた。


 連邦軍は小高い丘の上に要衝を築き、全体が見渡せるようにしている。

 前回の大惨敗を喫した戦いとは違い、事前に戦闘配備は完了していた。

 しかし、この日の朝は濃霧が発生し、全体が把握できていなかった。


「魔導部隊、何をやっている! この霧を何とかせんか!」

「申し訳ありません、将軍! 魔法による除去ができません! おそらく、敵の魔導部隊による撹乱だと思われます!」

「何だと!?」


 ワトソンはただ驚愕し、冷や汗を流した。

 相手は全てにおいて上手なのだと、圧倒的なまでの実力を見せつけて制圧しようとしているかのようだ。

 そのワトソンの横で、ピサロは不敵に笑った。


「クックック。さすがは聖教会、いやライネスだな? 役者が違う」

「クッ!? 貴様……」


 余裕で笑うピサロに、ワトソンは嵌められているのではないかと疑念を抱いたかのように睨みつけた。

 ピサロは苛立つワトソンが怒鳴ろうとする前に、機先を制した。


「フン! この程度気にするでないわ! 吾輩がこのくらいで怖気づいたと思うか? それとも、聖教会の二重スパイだとでも思ったか?」

「……違うのですか?」


 ワトソンの副官に立つサムは、疑惑の目で皮肉を口に出した。

 ピサロは遥かに年下の少年サムが口出ししてきて、少し苛立った顔を見せたが、余裕を見せようと鼻で笑った。


「ああ、もちろん違う。聖教会にいるよりもこちら側のほうが遥かに得するからな」

「南部にあるご自身の領地のためですか?」

「当然だ」

「へぇ? あまり良い噂を聞かないのですが……ぐあ!?」


 苛立ったサムの非難するような口調に、ピサロは一瞬殺気を高めたが、グウィネスが先にサムに手を上げたので不意をつかれて殺気が収まった。

 グウィネスは無表情のまま、もう一度サムに向けて拳を上げようとした。


「待てい、グウィネス」


 ピサロの一声で、グウィネスは一瞬の内に直立不動に定位置に戻った。

 ピサロはその様子を見て、満足したようにニヤリと笑った。


「なぁ、小僧。口が達者なのは良いが、過ぎても敵を増やすだけだぞ? 一言、年長者として助言をくれてやろう。理想を叫ぶのは良いが、戦争というものは清濁併せて飲み込む度量が必要だ。目的を達成するには、必要とあらば気に入らん相手とも組まんとならん。例え、貴様のように甘ったるいことをほざく小僧ともな?」


 ピサロは、自分を睨みつけてくるサムを威圧するように見下ろした。

 そして、グウィネスとともに自身の配下の聖騎士隊の元へと転送装置で戻っていった。


「クソッ!」


 サムはピサロが去っていった後、悔しそうに地面を殴りつけた。

 ワトソンはそのサムの頭の上に大きく節くれ立った手をおいた。


「……サム、大人になれば気に食わないことでも受け入れねばならない時も出てくる。今は我慢の時だ」

「……はい」


 ワトソンもまた悔しそうに唇を噛み締め、血が流れ落ちた。

 サムはワトソンが一番悔しいことが分かっていたので、ただ俯いて口を閉ざした。


 この後、聖教会連合軍は霧に紛れ、連邦軍の守備の手薄な側面から主力で襲いかかった。

 連邦軍はこのまま一個師団が壊滅し、大恐慌に陥った。


 聖教会連合軍が、またも連邦軍をこのまま蹂躙しようとしたが、『自由の子どもたち』のメンバーたちを中心に奮闘し、連邦軍本隊が撤退する時間を稼いだ。

 特に、ジョセフ・オーウェンの率いる少年兵たちは、圧倒的な戦闘能力を持つ聖騎士たちを前にしても恐れを見せていないかのような奮闘ぶりだった。

 

 しかし、実力の差は明白で、殿についた少年兵たちは短い命を次々と散らし、熱い魂を持つオーウェンもまたこの地の土へと還った。

 『征服者』ピサロの戦略通り、連邦軍は全力で戦った。

 

 そう。

 この戦いは戦略として、負けることが初めから決まっていた。

 兵たちは、何も知らずにピサロの捨て駒として扱われたのだ。


 そのことを知らされていたのは、総司令官であるワトソン、サム、アダムスら一部の上級幹部たちだけだった。

 その非情な戦略を知らされていない兵たちは、本気で戦い、全力でその生命を散らしたのだ。


 戦略的撤退をしていくサムは、真っ赤な夕日と血で染まるワイン川を見て、涙でぼやける目にその様を焼き付けた。


 この戦いを決して忘れない。

 この戦争に、絶対に負けるわけにはいかない。


 サムは『ブラッディワインの戦い』での誓いを、その胸に刻み込んだ。

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