第8節 準備段階

―アルカディア大陸東部 ビッグアイランド南部ヨークシン―


 僕たち聖教会連合軍は、ビッグアイランドの戦いで奇襲を成功させ、一人の戦死者を出すこともなく圧勝を収めた。

 そして、アルカディア連邦軍をヨークシンから追い出し、占領した。

 ヨークシンから追い出された連邦軍は、ヨークシンから西に向かって、やや内陸部に入ったシルバニアへと拠点を移した。


 聖騎士団団長ロドリーゴ・ライネスは、占領したヨークシンの市民たちに対して、連邦軍の司令部があったブルーケレン・ハイツ前の広場で演説を行っている。

 曰く、聖教会による統治の正当性、連邦の独立を認めないということ、などなど。

 僕ではよくわからない政治的な話をしているようだ。

 

 その僕は、他の『七聖剣』たちとともに、演説中の団長を警護している。

 僕は一人、全体を見渡せるようにブルーケレン・ハイツの屋上の縁で腰を掛け、広場をぼんやりと眺めていた。

 と、そこに僕の背後から何者かが近付いてくる気配を感じた。


「……君は、カーミラ、かな?」


 最後に会ってからほんの少ししか時間が経っていないのに、懐かしく心が落ち着く相手の気配だった。

 僕は後ろを振り向くこともなく、少し微笑み座り続けていた。


「……ええ、私です、ジークフリート様」


 カーミラはそれだけ言うと、そっと僕の背中に体を擦り寄せた。

 僕の胸の前に回したカーミラの腕に、僕は軽く手を添えた。


「ハハハ。やっぱり、また会えた」

「やっぱり、とは?」

「うん、世界の反対側で別れたけど、また会えるだろうって気がしていたんだ」

「まあ! ジークフリート様も私に会えて嬉しかったのですか?」

「え? うん、そう、だね。嬉しい、かな……ん!?」


 カーミラは僕のヒザの上に乗って、押し倒さんばかりの勢いで口づけをしてきた。

 僕はその勢いで屋上から落ちそうになって慌ててカーミラを引き離した。

 カーミラは、無理矢理引き離されて不機嫌そうに頬を膨らませた。


「むぅ。ジークフリート様も私と同じように肌を触れ合えて嬉しくないのですか?」

「い、いや、そうじゃなくって。こんなところじゃ危ないし、そ、それに、僕はまだ仕事中だし……」

 

 僕はしどろもどろにぶつぶつと言い訳をした。


「うふふ、冗談ですよ。あ、お会いできて嬉しいのは本当ですからね?」


 カーミラはそんな僕を見て、いたずらっぽくニコリと微笑んだ。

 こうして笑っていると、『魔王』だなんて信じられないぐらいお茶目なところもある美人なんだけどなぁ。

 

「こうして、『魔王』の君が来たってことは、また何か波乱がありそうだね?」

「ええ、そういうことです」


 僕が真面目な顔になると、カーミラもまた真面目な顔つきになり、申し訳無さそうに謝罪をした。

 

「前回は、申し訳ありませんでした。私はただジークフリート様に、かの御方と交流を持っていただこうかと思ったのですが、協力者共が勝手なことをしてしまって」

「……いや、もう過ぎたことさ」


 とは言ったものの、僕はまだ引きずっていることは間違いなかった。

 でも、もう取り返しのつかないことでもあった。


「今回もまた、その協力者の連中が何かを企んでいるんだね?」

「ええ、そういうことです。ただ、今回は私はヤツラのすることを咎める気はありませんけどね」

「へえ? それは意外だね?」

「はい。魔王としての務めがあります。私も王の端くれですので」

「魔王の務め?」

「ええ、この地には人族に奴隷として連れ去られた私の民たちがいますからね。この戦乱に乗じてできるだけ多く、暗黒大陸に連れ戻したいのです」


 カーミラは決死の覚悟に満ちた目をしている。

 僕はカーミラの目を見て、胸の内がうずいたような気がした。


「……そっか。君にも戦う理由があるんだね?」

、とは?」


 カーミラは、僕のつぶやきに怪訝そうに首を傾げた。

 僕は、先日のサム・アダムスの事を話した。


「……なるほど。それは、興味深いですね。ジークフリート様が興味を持つとは。私も、その少年を覚えておきましょう」

「ねえ、カーミラ? もし、引くことの出来ない戦いで僕と戦うことになったら、君はどうする?」


 僕は感情を出さないように質問をしてみた。

 カーミラは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにクスリと笑った。


「うふふ。その時は、私の命を捧げますよ」

「……それで、いいの?」

「ええ、もちろんです」

「『魔王』としての務めはそれでいいの?」

「ええ、当然です。私はジークフリート様の御為ならば、どのようなことでもいたします。『魔王』としての責務も大事ですが、ジークフリート様の御為ならば、全てを犠牲にいたします」


 即答だった。

 僕はカーミラの覚悟の強さにただ圧倒された。


「……僕にはそれだけの信念はないよ。そんな僕が君をも従えて、全ての王になるだなんて……」

「いいえ、そのようなことはございません。今のジークフリート様はまだ自己を確立される準備段階です。今は大いにお悩みください。自らに揺るがぬ信念を確立するには時間がかかるものです。貴方様は、人の身でありながら全てを超越する『神の子』そして全てを統べる『覇王』の器、それは間違いありません」


 カーミラは明るい陽光に照らされ、まばゆいばかりの最高の笑顔だった。

 このカーミラの笑顔のおかげか、僕のもやもやしていた胸の中が少しスッキリした気がした。

 

「……まあ、いいさ。カーミラの言う通り、好きなだけ悩むよ」


 僕は顔をそむけてボソリと呟いた。

 カーミラはたったこれだけの会話に満足して、またどこかへと飛び立っていっ

た。


・・・・・・・・・

 

―アルカディア大陸東北中部 湖水地方シルバニア―


 連邦軍は、ビッグアイランドの戦いで壊滅的な大敗北を喫し、意気消沈していた。


 総勢3万の軍勢が、たったの百人の聖騎士たちになすすべもなく敗れ去ったのだから当然とも言える。

 連邦軍の損失は、戦死者行方不明者合わせて、約半数近くの1万も失った。

 この中には、逃亡兵も含まれるが、実数も把握できないほど壊滅的であった。


「……うう、悪夢だ」

「……あ、あんな化け物共、勝てっこねえ」

「……聖騎士怖えよぉ」


 生き残った兵たちは、口々に恐怖を吐き出し、独立の高揚感はもはやどこにもなかった。


 連邦軍最高司令官ワトソンは、士気を立て直そうと演説を行ったが、何の効果もなかった。

 他の幹部たちもまた、ジークフリートになすすべもなく威圧され、自信を完全に喪失していた。

 しかし、その中でも、戦意を高めている者達がいた。


「へっ! 情けねえ! いつもはオレたちをガキ扱いしてやがるくせに!」

「ああ、そうだね! 一回負けたぐらいでかっこ悪い! あたいは、こんなダサい大人にならないさ!」


 遠慮することなく思い思いの言葉を吐くのは、『自由の子どもたち』のメンバーたちだった。

 聖騎士たちの圧倒的な戦闘能力を目の前で見せつけられても強がるのは、若さゆえの蛮勇なのだろうか?


 そのメンバーたちをよそに、『自由の子どもたち』のリーダー、サム・アダムスは、静かにその場を去った。

 

 サムは、作戦会議に向かっていた。

 そのサムの前に、父親である冒険者ギルドマスター、アダムスが廊下で待っていた。


「……サム、話があるのだが……」

「オレは、何もないよ」


 アダムスは意を決したように口を開いたが、サムはぶっきらぼうにその言葉をはねのけた。

 サムは、アダムスの横をそのまま通り過ぎようとしたが、アダムスは前を遮った。


「聞いてくれ、サム。お前には、この戦争から降りてほしい」

「……は? 何を言っているんだ?」

「そのままの意味だ。私は、父親としてお前を心配して……」

「はっ! 父親? あんたがいつ父親らしいことをした?」


 サムはいつもの冷静な皮肉な口調ではなく、感情をむき出しにして怒りが満ちていた。


「あんたはいつだって何もしない! 母さんが死んだ時も仕事に逃げた! 姉さんが母親代わりになってオレを育ててくれたんだ! あんたは、その姉さんがアイツラに殺された時はどうした? 何もしなかっただろ!」

 

 アダムスは何かを言おうと口を開いたが、ぐっと飲み込んだ。

 サムはそのアダムスを見て歯ぎしりをし、軽蔑の目を向けてその脇を通り過ぎていった。


「……ふむ。取り込み中だったか?」

「ワトソン将軍、私は、その、見苦しいところを……」


 俯くアダムスの背後に、ワトソンがゆっくりと歩いてきた。

 そして、その背中をバンっと思いっきり叩いた。

 アダムスは突然のことに咳き込んだ。


「ぐ!? な、何を!?」

「ガッハッハ! 何を偉そうにほざくか! 貴様のことは小僧の時分からワシは知っとるわ! マルザワードで、姉貴分のリリーにキン◯マを握られておった頃からもな!」

「き、キンタ……べ、別に私はそんな……」


 アダムスは、ワトソンにからかわれて顔を赤くしてそっぽを向いた。

 ワトソンはクックックと含み笑いをして、すぐに真面目な顔に戻った。


「さぁ、作戦会議に行くぞ? この革命は風前の灯火だ。このまま聖教会に怖気づいておったら、一気にかき消されるぞ?」


 アダムスは頷き、ワトソンのこの言葉で気を引き締め直した。


 アダムスたちが作戦会議室に行くと、二人の客人が席についていた。


「カッカッカ! これでプリン頭共が揃ったか、ん?」


 その一人、細身の白髪の老人、力強い眉毛が特徴的だ。

 高圧的で人を小馬鹿にした態度をとっている。


「ぷ、プリン、ですか?」


 アダムスは突然の暴言に唖然としていた。

 その老人は、楽しそうにニタリと笑った。


「そうではないのか? 圧倒的に数で勝っておったのに、想定外の奇襲で赤子のように泣きわめきおって。雁首揃えて、その中身はプリンで出来ておるのではないのか?わしの貸してやった転送装置がなければ、うぬらプリン頭共は、今頃さらし首にされておったぞ?」


 老人は、悔しそうに俯く連邦軍幹部たちをジロリと見渡した。

 

「ふん。フランクリン殿の言うとおりだな? 吾輩が、あれほど聖教会を侮るなと言ったのに、このザマとはな」


 もうひとりの男、元聖騎士『七聖剣』序列第四位『征服者』ディエゴ・ピサロだった。

 会議の席に付き、堂々と腕を組んでいる。


「ぐぬぬ! 随分と余裕だな? あんたよりも序列の上の相手が来てるんだぞ?」


 傭兵ギルド幹部の男は、口惜しそうにピサロを睨んだ。

 ピサロは、格下の相手など気にもとめずに鼻で笑った。


「くだらんな? 目の前にある数字でしか力量を計れんとは。所詮は、ただの数合わせのザコか」

「な!? て、てめえ!」


 ピサロに罵倒された幹部は、殴りかかろうとした。

 しかし、すぐにワトソンに一喝された。


「やめんか、バカモン!」

「ぐ、し、しかし、将軍……」

「クックック。ワトソンが止めねば、貴様如き、すでに床のシミになっておったぞ?のう、グウィネス?」


 ピサロは、背後に立つ副官兼愛人の褐色肌のエルフに、ニタリと笑いかけた。

 グウィネスは無表情で何も答えず、懐に入れていた手を静かに外に出した。


「……ふぅ。それで、ダークエルフの帝国を滅ぼした『征服者』殿は、何か起死回生の策はあるのか?」


 何事も起こらずにホッとしたワトソンは、ピサロに問いかけた。

 そして、ピサロはニタァと不気味に笑った。

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