第7節 急襲

―アルカディア大陸東部、ビッグアイランド南部ヨークシン―


 聖教会の秘密兵器、飛空艇による急襲により、アルカディア連邦軍は恐慌状態に陥っていた。


「う、うわぁああ!? な、何だよ、あれは!?」

「そ、そんな!? ふ、船が空を飛んでやがる!?」

「な、何だ!? 船から……人!?」

「ひぃぃぃ!? せ、聖騎士だ! 聖騎士が降ってきた!?」

「あ、あんな高さから飛ぶなんて。せ、聖騎士は、どんだけ化け物なんだよ!?」

「う、うう、も、もうダメだ」

「あ、ああ、神よ、お助けください」


 連邦軍は、各植民地から募った義勇兵がほとんどだ。

 所詮は寄せ集めの烏合の衆、独立という甘言に乗っかって気分が高揚しているだけの素人兵たちに過ぎなかった。


 それに対して、聖教会の誇る精鋭の中の精鋭、戦闘のプロ中のプロ、聖騎士上位陣が占めている世界最強クラスの部隊が相手である。

 その差がどれほどのものだろうか?


「神? あなた方のような聖教会に歯向かう異端者如きが、畏れ多くも神の御名を口にするなど、汚らわしい。死んで詫びなさい、フフフ」

「な、何だ、てめえは!? た、たったの10人でナメんなよ!」


 連邦軍兵たちは相手が少数であることに気を取り戻し、舞い降りてきた聖騎士たちを圧倒的な数で取り囲んだ。

 だが、聖騎士達は涼しい顔で不気味な笑顔を浮かべている。


「あ、ああ! こ、こいつは、まさか、フランボワーズ王国の狂信者『白炎の処刑人』ジル・ド・クランだ!」

「な、何!? こ、こいつが!? お、オレの従兄弟が異端者だとか言いがかりを付けられて、拷問されて火炙りにされたぞ!」

「おい、見ろよ! ほ、他のヤツラも異端審問官共だ!」

「うおおお! ぶっ殺してやる!」


 連邦軍の兵たちは、怒りに任せてジル・ド・クランたちに襲いかかった。

 しかし、ほんの瞬きの合間に、血飛沫が舞った。


「ぐぎゃあぁああ!? い、いてぇええ!?」


 一番に斬りかかった男は、ジル・ド・クランの二刀流の一撃で、両腕を両断されて地面にのたうち回った。

 この目にも映らない一撃で、連邦軍兵士たちは恐怖に足が竦んでいた。


「フフフ。実に情けないですねぇ? この程度で戦意喪失ですか? 甘い、甘すぎます。ショコラよりも甘すぎますねぇ? この程度で神聖なる聖教会に歯向かおうなどとは、片腹痛すぎますよ!」


 ジル・ド・クランは、不気味な笑顔で次々と連邦軍兵たちを斬り刻んでいった。

 ジル・ド・クラン配下の異端審問官たちも勢いに乗って、連邦軍一個師団を蹂躙していった。


「水の精霊たちよ、氷の女王の名において命ず。我が囁きによりて集え、戦慄せし凍てつく波動の光! 絶対零度の嵐ゼルム・アプソルートゥム!」


 『氷の女王』アリスは、飛空艇から舞い降りると同時に、大規模魔法を詠唱していた。

 そして、眼下の連邦軍一個師団の半数を瞬く間に凍りつかせた。

 

「ひぃ、い、さ、さむ、い……」


 連邦軍兵たちは凍りつき、倒れて砕け散った。

 辺り一面は、一瞬にして氷の世界と化してしまっていた。


 アリスは動くもののない一面の氷の世界へと舞い降りた。

 この孤高の姿は『氷の女王』の名にふさわしく、戦場に咲く幻想的な一輪の華のようだった。


 やや遅れて、アマゾネス隊の隊員たちも戦場に舞い降りた。


「さあ、気合い入れていくわよ! 好きに暴れなさい!」

「「はい!!」」


 世界最強の女性部隊は、潰走していく連邦軍をなぎちらしていった。


「く、くそ! なんてバケモン共だ!?」

「焦るな! 数では我々が圧倒しているのだ! 数で押し包め!」


 連邦軍は、聖騎士たちの急襲に恐慌状態になりかけていたが、各師団長の檄で、戦意を取り戻しかけていた。

 ジル・ド・クランとアリスの攻撃を受けていない各師団は、陣形を組み始めた。


「よ、よし! 陣形が組めたか?」

「へい! バッチリでっせ! 一気にぶちかましたりましょ!」


 師団長は、陣形を組めたのを確認して、突撃の号令をかけようとした。

 しかし、隣りにいたはずの参謀が、奇抜な格好をして敬礼する男にいつの間にかすり変わっていた。


「な!? なんだ、き、貴様は!?」

「ブワッハッハッハ! 変顔しておもろいのぅ? バッチシ決まったわ! マジックやで!」


 ふざけて大笑いをする男アイゼンハイムに、師団長は驚愕の表情で何も言えなくなっていた。

 調子に乗るアイゼンハイムに、連邦軍兵たちは武器を構えて取り囲んだ。


「く、くそ! いつの間に!?……やれ!」


 師団長の号令とともに、兵たちはアイゼンハイムに襲いかかろうとした。

 それと同時に、アイゼンハイムはパチンと指を鳴らした。

 兵たちの持っていた剣や槍、斧などは消え、その手の武器はバゲットやネギに変わっていた。


「「な、なんじゃこりゃー!!??」」

「ブワッハッハッハ! マジック第二弾や!」

「ふ、ふざけやがって!」


 混乱する兵たちと怒りに震える師団長は、『奇術師』アイゼンハイムただ一人にかき回されていた。

 

「ほな、大トリのマジック第三弾やで! イリュージョン!」

「な、何が!?」


 アイゼンハイムがポーズを決めて叫ぶと、辺り一面には深い煙幕が張り巡らされてた。

 そして、煙幕が晴れると、そこにはアイゼンハイム配下の聖騎士たちが現れていた。

 これによって、混乱する一個師団は壊滅した。


「……ほんま、ザコ相手なんぞ真面目にやってられへんわ」


 アイゼンハイムは戦闘を部下たちにやらせ、いつの間にか飛空艇の上に戻り、高みの見物を決めていた。

 ジル・ド・クランやアリス、遊撃隊や団長直属の親衛隊も戦場に降り立ち、連邦軍を圧倒していた。


「ずっこいのぅ、団長と『神の子』は。美味しいとこ取っとるんやろなぁ?」


 アイゼンハイムは、つまらなそうにため息をついて、連邦軍の本営のある方を眺めていた。


―話はほんの少し遡る―


 連邦軍を急襲しに飛び立った各部隊を見送った、僕と聖騎士団団長『雷帝』ロドリーゴ・ライネスは、飛空艇の船首に残っていた。

 上空から見ると、どの部隊も連邦軍を圧倒しているのがよく分かる。


「うむ。ここまでは作戦通りだな?」


 団長は、腕を組んだまま戦場を見下ろし、無表情のまま呟いた。

 何を思っているのか分からないけど、堂々とした覇気は感じられる。


「ええ、そうですね。さすがは、一騎当千の聖騎士の精鋭たちです。誰もが、千の兵を圧倒していますよ」


 僕は団長の隣に立ち、ほぉっと感心したように戦場の様子を眺めていた。

 連邦軍の兵たちが、まるで紙人形のように次々と薙ぎ払われていくのがよく分かる。


「さて、我々も行こうか? いくら聖騎士たちでも、このまま長時間戦うことは出来ん」

「はい。僕たちで決着をつけましょう」


 僕と団長は、この戦いを終わらせるために地上へと飛び立った。

 連邦軍の作戦本部のある建物を目指して。


「な、何だ、今のは!?……な!? せ、聖騎士だと!?」


 僕たちが地上に降り立つと、連邦軍の兵たちは信じられないものを見るように慌てふためいていた。

 

断罪の稲妻ネメシス・フルメン!!」


 団長は周囲に稲妻を迸らせ、一瞬にして連邦軍の兵たちを黒焦げにさせた。

 そして、わざと残した一兵のもとに、ゆっくりと重圧をかけるように歩いていった。


「では、貴様たちの将のところに案内してもらおうか? 貴様も、何が起こったのかわからないまま死にたくはないだろう?」


 団長がほんの一睨みをしただけで、兵は絶対的な帝王に従うかのように従順にガタガタと震えながら、作戦本部のある建物に向かおうとした。


「……いや、やはりいい。向こうから出向いてきたようだな?」


 団長はその場に立ち止まり、鋭い眼光でまっすぐ前を見据えた。

 その先からは、大柄な老人と僕と同じぐらいの歳の少年がやって来た。


「なるほど、『雷帝』か。貴様自らやって来るとはな」


 老人は団長の姿を見ると、フンッと鼻を鳴らした。

 団長もまた、相手を見るとフッと小さく笑った。


「久しいな、ワトソン殿。『三英雄』と呼ばれた伝説の傭兵の貴殿が、反乱軍の将に成り下がるとは。時の流れとは恐ろしいものだ」

「言うようになったではないか、ケツの青かったあの小僧がな? 『宗師』シグムンドの不肖の弟子が、今では聖騎士団団長様とはな?」

「フ! 確かに、私は同期の『聖帝』のように突き抜けた才能はなかったが、聖騎士団団長としての矜持だけは持っている」

「ほう? ならば、示してみろ!」


 団長と敵将ワトソンは互いににらみ合い、そして、僕たちを囲むように連邦軍が現れた。

 

 この纏う雰囲気は、ただの雑兵ではない。

 おそらくは、幹部クラスだろう。

 誰もが、一癖も二癖もありそうな顔をしている。


 僕はやる気が出てきたみたいで、少しだけ歓喜の笑いがこみ上げてきた。

 薄ら笑いを浮かべて、団長の横に並んだ。

 その僕を、ワトソンは怪訝な顔で睨みつけてきた。


「なんだ、貴様は? その鎧を着ているということは、『七聖剣』だな? だが、若すぎるな?」

「そうですね。僕は確かにあなたに比べれば、ただの小僧ですよ? でも、僕はあなた方の誰よりも強いですよ?」


 僕が挑発をすると、周囲にいる連邦軍幹部たちは殺気を膨らませた。


 ふーん?

 少しはできるかと思ったけど、この程度、か?

 期待はずれだな。

 竜王軍や『修羅の国』の武将たちに比べれば、はるかに闘気が霞んでいる。

 この程度の相手なら蹴散らすことは簡単だ。

 だが、団長が僕を止めようと口を開いた。

 

「待て、ジークフリート。私達の目的を忘れるな」

「ジークフリート? ほう? 貴様が『神の子』か。人格者だったシグムンドの最後の弟子にしては、礼儀がなっていないな?」


 ワトソンだけではなく、連邦軍も僕のことを知っているようだ。

 『神の子』の名を聞いて、ザワザワとし出した。

 おそらく、僕が聖騎士の序列第一位であることもすでに知られていることだろう。


「ふん! 臆病者のアキレースを降したぐらいで調子に乗るな。ヤツは『聖帝』の挑戦から逃げ、真の強者たちとは戦ってなどおらん、偽物の最強だ」

「強がるな、ワトソン殿。貴殿の全盛期は、そのアキレースとほぼ同格だ。今の衰えた貴殿では、このジークフリートどころか、私にすら勝てん。これ以上無駄な血を流すな。降伏しろ」


 団長は、当初の目的通り降伏勧告をした。

 ワトソンだって、本当は分かっているはずだ。

 たったの百人の聖騎士たちを相手に、軍の前線は崩壊してしまっていることを。

 どうあがいても、この戦いは負け戦だということも。


「ハッハッハ! 降伏しろだと!? ふざけんな! たったの二人で何ができる?」


 だが、連邦軍の幹部たちは戦況を分かっていないのか、団長の降伏勧告を鼻で笑い、罵倒した。


「良いでしょう。僕たちを、いえ、僕一人に何も出来ないことを教えてあげます。ご自由にかかってきてください」

 僕は力の差を見抜けない無能な相手に、冷ややかに笑って挑発した。


「クッ! な、なめやが……な!?」

「ば、バカな!? か、体が……」


 連邦軍の幹部たちは、僕に攻撃しようとそれぞれの武器を構えたが、それ以上体が動かなかった。

 僕はまだ、『天地一体の剣』を扱える領域には達していない。

 これはただ、闘気で相手を制しているだけだ。

 

「うぐ、こ、このバケモンが!」

「く、クソ! オレたちは、ドラゴンも狩れるほどの実力の銀等級冒険者パーティーなのに」


 幹部たちは、一歩も先に踏み込めず、ただ冷や汗を流して体を震わせていた。

 これで、決着がついたかと思った。


「う、おおおお!」


 ただ一人だけ僕の闘気を破って、僕に斬りかかってきた。

 僕も剣を抜いてその一撃を受け止め、その相手を弾き飛ばした。

 ワトソンの隣りにいた少年が、小振りのショートソードを手に持って踏みとどまっている。


「は、ハハハ! 良い一撃だったよ!」


 僕は相手にも少しは歯ごたえのある相手がいて、嬉しくなってきた。

 しかも、同世代に!


「ワトソン将軍、引きましょう! この戦いは、負けです!」


 少年は、僕の褒め言葉を無視してワトソンに助言を叫んだ。

 ワトソンもハッとして、覚悟を決めたようだ。


「総員退避だ! 退くぞ!」

「む!? 逃げられると思うな!」


 団長は退却命令を出したワトソンに斬りかかっていった。

 しかし、懐から謎の魔道具を出し、姿を消した。

 他の幹部たちも同様に消えていった。


「え!? こ、これは!?」


 僕は突然のことに驚愕し、周囲を見渡した。

 少年も懐から謎の魔道具を取り出していた。


「悪いね。あんたには勝てる気がしないから、オレは逃げるよ」

「……でも、君たちに勝ち目はないよ?」

「ああ、分かっている。それでも、オレたちには戦う理由があるんだ。降伏は絶対にしないよ」

「そこまでして戦う理由って何?」

「そいつを言ったところで、あんたたちは戦いをやめるのか?」


 少年は、少し寂しそうに皮肉に笑った。

 聖騎士の義務として戦っているだけの僕には、答えることは出来なかった。


「じゃあね、『神の子』ジークフリート・フォン・バイエルン。あんたには、二度と会いたくないよ?」

「この戦争が続く限り、いつでも会うさ。……君の名前は?」

「………サム・アダムス」


 サムは、それだけを言い残し、姿を消した。


 このサム・アダムスとの出会いによって、僕の心にまた大きな波紋を呼ぶことになるとは、この時は知る由もなかった。

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