第6節 サム
―フラボワーズ王国王都 高級アパルトマンとある一室―
ここは『ザイオンの民』のメンバー、高級娼婦マルゴの仕事部屋である。
鏡の通信魔道具で、何者かと話をしている。
その内容は、数日前の夜『ザイオンの民』の会合のことであった。
語るマルゴによって、その時の様子がありありと浮かび上がってくるようだ。
アルセーヌたちの話題が終わったところから始まった。
「では、次はアルカディア独立戦争の話に戻りますかな?」
フォアが話を振ると、別の者たちが答えた。
「ええ、今のところ順調です。現地にいるフランクリン殿を中心に動いています。冒険者たちも傭兵たちも、自由の名の下に立ち上がりました」
「クックック。自由、か。愚かな連中だ。我々の駒として使われているだけというのに。そんなものは、ただの甘い幻想だ」
「そうですな。愚民どもは、気持ちの良い言葉に酔いしれるだけです。何も真実は見えておりませんよ。全ては、我らの掌の上です」
「うむ。聖教会の連中も乗り込もうとしていますな。連中の幹部のピサロが裏切ったわけですからな」
「裏切った、というよりも、唆されたのでしょう? あの男は欲深いですからな」
「違いない。だが、他の連中も同じようなものだ。自由などとほざいてはいるが、所詮は原住民から奪い取った土地だ。どちらもロクなものでもない」
「ええ。だからこそ、欲を刺激してやれば、人などという生き物は簡単に操れるものです」
「聖教会の連中がいくら強力であろうとも、数の差には敵わんだろう。人族には人族をぶつけるのが一番の得策だ。この戦争で聖教会に勝てば、全ての同胞たちが立ち上がるに違いない」
「ですが、救世主はどうなされるのです? 今は聖教会側におられるのでしょう?」
「それも問題はない。策はある。クックック」
『ザイオンの民』たちは、各々言いたいことを遠慮せずに口に出した。
この様子に、中心人物であるロチルドは満足したように黙って聞いていた。
「それでは、本日の会合は終わりでよろしいですかな?」
「うむ。全ては、『約束の地』のために」
フォアが一同を見渡し、最後にロチルドに問いかけた。
ロチルドの締め言葉に、一同は声を揃えた。
「「全ては、『約束の地』のために!!」」
マルゴが語り終えると通信相手は、鏡が割れんばかりの声で大笑いした。
「オーッホッホッホ! くだらないわねぇ? 連中が全ての絵図を描いていると思い込んでいるけどぉ、自分たちも運命の糸で操られているのにねぇ?」
「うふふ。ええ、そうね。あたしも連中のくだらない会合で笑いを堪えるのに苦労したわ」
マルゴは紫煙を燻らせ、クスクスと笑った。
そして、思い出すように話を続けた。
「ああ、そういえば、また少し予定外の事が起こっているわ」
「あらぁ? 何かしらぁ?」
「例のシュヴァリエの子よ。また運命の予言とは違った結果を引き起こすかもしれないわ」
「へぇ? それは気になるわねぇ。あたくしが処分しましょうかぁ?」
「……いいえ、今回も様子見にしましょう。あなたは計画通り、ピサロをお願い」
「ええ、分かったわぁ」
マルゴは通信を切った。
「うふふ、結果の分かったゲームはつまらないもの。不確定要素があるからこそ、スリルがあって面白いのよ」
―アルカディア大陸東部、ビッグアイランド南部ヨークシン―
『自由の子どもたち』のメンバーたちは、聖教会圏連合軍を退けた後、この新国家をアルカディア連邦国と名乗った。
そして、自治都市ボルトンを自由都市ボルトンと改めた。
『自由の子どもたち』のメンバーは10代の少年少女たちだが、アルカディア連邦国の重要ポストについているのは、有力者である大人たちだ。
「サム、またここにいたの?」
薄茶色の長い髪の毛を風に揺らめかせながら、一人の少女が石造りの堅牢な建物の屋上にやって来た。
元々は白かったが、日に焼けて小麦色になった肌、目鼻立ちがくっきりとし、勝ち気に少し吊り上がった鮮やかな緑の瞳が特徴的だ。
『自由の子どもたち』のメンバーでもある。
『自由の子どもたち』のリーダー、サムと呼ばれた少年は屋上の縁に腰をかけ、遠くの海をぼんやりと眺めていた。
自分が呼ばれたことに気づき、少女の方を振り向いた。
黒く短い髪、よく日に焼けた茶色い肌、ほりの深い顔立ちの中の青い瞳は、憂いを帯びている。
「やあ、イヴ。うん、海を見てると何も考えなくていいんだ」
サムはまた海の方を向き、イヴから目をそらした。
イヴはムッとしてツカツカと歩いていき、サムの横に腕を組んで腰を下ろした。
サムはそんなイヴに困ったように頭をかいた。
「どうかしたの? オレに用があったんじゃないの?」
「何よ! 用がなかったら会いに来ちゃいけないの?」
「う! そ、そんなことはないよ。オレはただ……」
サムは、いつもはっきりと物を言うイヴに困らされている。
そんなサムに、イヴはカラカラと笑った。
「冗談よ! 用があったのは、本当よ。お祖父様が探してたわ」
「……そっか、ワトソン将軍が。やっぱり戦争はもう避けられないんだね」
サムはまた憂いを帯びてため息をついた。
「オレは戦争がしたくて、あの船を襲ったわけじゃないんだ」
「うん、あたしは分かってるわよ。お姉さんの敵討ちなんだよね?」
「……そうだね。こんなことになって、姉さんも天国で喜んでいるよ」
「はぁ!? あの優しいジェーンお姉さんが、人が死んで喜ぶわけないじゃない!」
イヴは、ありえないというようにサムに対して憤慨した。
サムは、皮肉が通じなくて苦笑いだ。
「ごめんよ、イヴ。今のはただの皮肉だよ。姉さんをくだらないジョークに使うなんて、オレがバカだったよ」
「ふ、ふん! そ、それぐらい、あたしも分かってたわよ!」
イヴは顔を赤くしてそっぽを向いた。
生粋のアルカディア育ちのイヴに、サムの父親譲りのブリタニカジョークが通じないことは、サムも子供の頃から分かっている。
サムは話を終わりにして、スッと立ち上がった。
「さて、ワトソン将軍にすぐに会いに行かないとね」
「あ、そ、そうだった! お祖父様を待たせたら怒られちゃうわ!」
イヴは大慌てで立ち上がった。
そして、サムはそんなイヴを見てプッと笑い出した。
「もう、サム! 真面目にやりなさいよ!」
「ご、ごめんよ。……ああ、ところで、君のおかげで元気が出てきたよ」
「そんなついでみたいに言わないでよ!」
イヴはぷいっと怒り、本音を言ったんだけどなぁっとサムは困って頭をかいた。
ジョシュア・ワトソンはかつては歴戦の傭兵であり、城塞都市マルザワード元傭兵ギルドマスター、ドン・コローネやフランボワーズ王国王都傭兵ギルドマスター、ピエールらと共に、若き日に肩を並べて戦場を駆け回っていた。
ワトソンは傭兵稼業を引退して、このアルカディアの植民地で移民として余生を穏やかに過ごそうとした。
しかし、この独立戦争が起こり、老将は担ぎ上げられてしまった。
現在、アルカディア連邦国軍将軍となり、戦略的重要さ故にこの地に防衛拠点を築いた。
「遅いぞ、サム! 貴様、たるんどるぞ!」
「も、申し訳ありません!」
ワトソンは、長年の日に焼けた黒い肌、真っ白い髪を短く刈り上げている。
その鋭い眼光は、未だに現役そのものだ。
固く握り込んだ拳を今にもサムの頭上に振り落とそうとしていた。
「お、お祖父様!? ご、ごめんなさい、あたしが呼びに行くのが遅かったから」
イヴが二人の間に入って、サムをかばうように謝った。
老将ワトソンは、可愛い孫娘には甘く、ニカッと笑った。
「カッカッカ! 今回は、許してやるぞ、サム! さぁ、来い、軍事会議だ!」
サムはワトソンに連れられ、軍事会議の場にやって来た。
そこには、軍の幹部を任された、傭兵ギルドマスターや幹部たち、冒険者ギルドの幹部たちもいた。
そして、サムの父親で冒険者ギルドマスター、アダムスの姿もあった。
しかし、サムは姉が無残に殺された日から父親とは口を利いていなかった。
父親のアダムスも、息子に軽蔑されていると思い、何も言えないでいた。
軍事会議が始まってすぐだった。
「た、大変です! 敵襲です!」
伝令の兵が恐慌状態で作戦本部に飛び込んできた。
誰もが予想外で、あまりにも早すぎる聖教会の進軍だった。
だが、ただ一人だけ、冷静に対応できた。
「分かった、すぐに行く! 総員持ち場に付け!」
ワトソンの力強い声で誰もがハッとして、気を取り戻した。
歴戦の老将だけは、世界で最も過酷な激戦地での戦いの経験があったからだ。
そして、聖教会の真の実力を知ってもいる。
世界最強クラスの軍隊というものが、どれだけの強敵か分かってもいる。
「サム、ついて来い!」
「は、はい!」
ワトソンはサムを傍らにつけ、作戦本部から外へと飛び出した。
「な、何だ、これ!? ふ、船が、飛んでいる!?」
サムは驚愕に立ちすくんだ。
相手が怪物揃いだということは分かっていた。
しかし、自分の想像を遥かに超えていたのだ。
「ま、まさか、飛空艇を完成させていたとは」
ワトソンは冷や汗を流し、恐慌状態に陥る軍をただ口惜しそうに眺めていた。
そして、低空飛行で飛ぶ飛空艇から、聖騎士の最精鋭たちが戦場へと舞い降りてきた。
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