第5節 現地

―アルカディア大陸東部、自治都市ボルトン―


 時は2年前に遡る。


 この当時、聖教会圏の国々はアルカディア大陸東部各地に植民地を広げ、課税面でその支配を強めようとしていた。

 その中でもブリタニカ王国は、様々な法律でがんじがらめにし、とある植民地から重い徴税を決定した。


 その理由として、ブリタニカ王国は『シオンバンク』への莫大な負債で喘いでいたからである。


 ブリタニカ王国とアーゴン王国は、フランボワーズ王国とロートリンゲン大公国との十年に及ぶ戦争に勝利を収め、聖教会圏での影響力を大きくした。

 しかし、その結果として財政は大きく傾いた。


 ブリタニカ王国は、すでに君主の権力が憲法により規制されている立憲君主制に移行していた。

 そのため、立法権を有する議会が行政権を持つ国王に優位とするという政治思想が確立されている。


 つまり、民主主義と法の支配が確立されているのである。

 憲法によれば、ブリタニカ臣民は、本国議会における自分たちの代表の同意なくして税を課されることがあってはならないとされていた。

 

 しかしながら、植民地は本国議会に議員を選出していなかった。

 そのため、植民地の多くの人々は、自分たちに税を課そうとする本国議会の試みは、憲法の理念に反していると考えた。


 これに対し、本国議員は事実上の代表であり、たとえ選挙によって選ばれた議員がいないにせよ、植民地の意見は実際に本国議会で反映されているというのである。


 本国議会のこの強引な態度によって、徴税法の撤廃を求め、植民地の貿易関係者は、ブリタニカ本国に圧力を加えるため、ボイコット運動を組織した。

 やがて、他の植民地でも同じような徴税が課されていたため、アルカディア各地にボイコット運動は飛び火した。


 このボイコット運動の企画者たちの一人、ボルトンの有力商人のフランクリンが密貿易に関わっている疑いありとして税関職員に抑留された。

 これをボイコットの報復攻撃とみた植民地人達は、暴動を起こした。

 各国の税関職員は安全のために、聖教会本部のある自治都市ボルトンに退避した。

 新大陸自治都市聖騎士団隊長、七聖剣序列第四位『征服者』ディエゴ・ピサロが両者の間に入り、一時的に和解させた。


 だが、聖教会圏各国は更に圧力をかけ、現地総督に植民地における国家反逆罪の証拠を見つけるように指示した。

 結論を言うと、現地総督はそのような人物を探し出すことができず、国家反逆罪の審理は一度も行われなかった。

 しかし、現地の入植者が逮捕され、審理のため本国に身柄を送られるという可能性は、各植民地で警戒と怒りを巻きおこした。


 どちらにせよ、暴動が起こった時点で聖教会圏各国は揃って軍事派遣を行っていた。

 各植民地の人々もまた、自分たちに対して軍隊が差し向けられたという情報を得ていた。

 これに立ち上がったのが、アダムスという現地の冒険者ギルドマスターだった。

 アダムスは超法規的なボルトン市議会を緊急招集し、切迫する植民地占拠に反対する決議を成立させたが、各地の植民地は武力で強制的に占拠された。

 そして、緊張は高まり、ついに事件が起こった。


 アダムスには、未成年の娘がいた。

 ボルトン市内では気立ての良く、美しいと有名な少女だった。

 ある日、その少女は性的暴行を受け、絞殺による窒息死で遺体で発見された。

 その頬には涙の跡が残っていた。


 犯人であるブリタニカ軍の兵士6名はすぐに捕まった。

 その6名は、ブリタニカの現地総督の指示によって行われたと証言をしたが、証拠がないとして現地総督は無罪になった。

 さらに、この6名は証言を変え、自分たちは少女に誘われただけだと無罪を主張した。

 本来はこのような事がまかり通るはずがないが、判決は不幸な事故と片付けられ、親指への烙印だけで終わった。

 明らかに、国家ぐるみのアダムスへの制裁であると明白だった。


 これによって各地の植民地で憤りは高まり、暴動はますますエスカレートした。

 その最中、軍は民間人暴徒に向け、大規模魔法で殲滅を行った。

 軍による一方的な虐殺だった。

 

 これには、聖教会ですら非難声明を出した。

 聖教会の介入によって、各国の軍も植民地人も表面的には落ち着きを見せた。

 アダムスも無念を噛み殺し、これ以上事を荒立てはしなかった。

 しかし、大切な者達を失った怒りは水面下で燻り続けた。


 それから、2年が経った。

 聖教会圏各国本国の植民地政策に憤慨した植民地人の急進派が、ボルトン自治都市港湾に停泊中の貨物輸送船に侵入し、東方貿易会社の船荷である茶箱を海に投棄した事件が起こった。

 この東方貿易会社は『シオンバンク』の出資会社であり、徴税や通貨発行の代行を行い、法律を作成して施行し、軍隊を保有して反乱鎮圧を行う、植民地統治機関でもあった。

 聖教会圏各国は聖教会の不興を恐れ、この東方貿易会社に植民地政策を一任していた。

 この理由のため、東方貿易会社は狙われたのである。

 この事件を起こした者逹は『自由の子どもたち』と名乗り、その中心人物はアダムスのもうひとりの子供で、無残に殺された少女の弟サムであった。

 そのメンバーは、先の虐殺事件で大切な者達を失った若者たちだった。


 『自由の子どもたち』は、国の指導者が国民の権利を踏みにじった場合には、人々は指導者を打倒する自然の権利があると主張していた。

 その後も様々な小競り合いが起こった。

 そして、ついにボルトン郊外で大規模な衝突が起こった。

 この戦いは、後にアルカディア独立戦争の初戦と呼ばれることになる。

 

 『自由の子どもたち』を中心に、中心人物の親たちの冒険者ギルドマスター、アダムスや傭兵ギルドマスター、地元有力者たちも立ち上がった。

 この勢いは各地に飛び火していった。

 この一斉蜂起を聖教会幹部ピサロまでも支持を表明し、その勢いは留まることを知らず、アルカディア側は大勝利を収めた。

 そして、アルカディア独立宣言を行った。


 これに反発した聖教会圏各国は聖教会に要請し、聖教会は鎮圧に動き出した。

 それが、現在のことである。

 『自由の子どもたち』の中心人物若きサム・アダムスが、一際輝く魂を燃やすことになる。


・・・・・・


―アルカディア大陸東端、ノバック―


 僕たち聖教会精鋭部隊は、敗走した聖教会圏連合軍と合流した。

 この地には、仮設のベースキャンプがあるだけだ。

 この軍は、東方貿易会社とかいう私兵の軍らしいけど、惨敗したせいか随分と雰囲気が暗い。

 

「何や、シケた連中やのう? ホンマ、負け犬ってツラしとるわ」


 アイゼンハイムは遠慮することなくいつもの調子で、暴言を吐いた。

 これにも連合軍兵たちは何も反応を示さず、俯いたままだ。

 こんな調子なら、次も惨敗するのは、経験の少ない僕でも分かる。


「それは、私も同意しますよ。これだけ士気が低いとは流石に予想外ですね」


 オリヴィエもふぅっと困ったように苦笑いだ。


「ふん! こいつらが、ロクでもないから反乱を起こされたのだ!」


 アマゾネス隊でオリヴィエの従妹アウグスタが、不機嫌にやってきた。

 この罵倒に一部の兵士が、文句を言いたそうにアウグスタを睨みつけた。


「何だ!? 言いたいことあるんなら言ってみるがいい!」


 アウグスタに睨み返され、青い顔で目をそらした。

 これにアウグスタは更に不機嫌になり、舌打ちをした。


「なさけない! こんなヤツラいたって邪魔なだけだ!」

「落ち着け、アウグスタ。彼らにあたっても仕方ないじゃないか」

「はぁ!? 貴様はいつもアニキヅラして、本当に腹が立つ!」


 と言って、アウグスタはオリヴィエに怒鳴り、外に出ていった。


「な、なんでそんなに怒っているんでしょうか?」

「さぁ? そんなに私が嫌いなのだろうか?」

「うーん? ボクもよく分かりません」


 僕とオリヴィエ、ヨハンが首を傾げて不思議に思っていると、アイゼンハイムは隣で大笑いをした。


「ブワッハッハ! そんなことも分からんのけ? 女ってのは、怒りたいことがあるから怒るんやのうて、怒りたいから怒っとるんや!」

「そ、そういうものなんですか?」

「せやで! 特に、あのロリババアの部下やから、理屈やのうて感情で生きとるんや!」


 アイゼンハイムは力説していたけど、僕にはよく分からない。

 僕が知っている女性なんて、『魔王』のカーミラと『氷の女王』アリスぐらいだし、普通の女性の気持ちなんて全く分からない。

 

「……やれやれ、何をくだらない話をしているのですか? あなたはどこまで巫山戯た人なのですか?」


 ジル・ド・クランがこめかみに青筋を浮かべながら、アイゼンハイムの背後に立っていた。

 僕たちはその迫力に、ヒッと小さく悲鳴を上げたけど、アイゼンハイムは涼しい顔で笑っている。


「おお! 別にふざけとらへんで? ワイはこの辛気臭い雰囲気を盛り上げようとしとるだけや! 何や、自分、ユーモアの欠片もあらへんな? ええ年こいて童貞ちゃうんか?」


 アイゼンハイムは含み笑いをしてジル・ド・クランを挑発しているけど、側にいる僕たちはヒヤヒヤしている。

 ジル・ド・クランは、アイゼンハイムの挑発を鼻でフッと笑った。


「そんなもの当たり前でしょう? 神に仕えている者ですよ。清い体のままでいるのは当然でしょう?」


 ジル・ド・クランはそれだけを言い残して、自分の天幕に歩いていった。


「す、すごいですね。あそこまでいくと、狂信者も清々しい気がします」

「せ、せやな。ある意味ブレへんやっちゃな」


 ヨハンとアイゼンハイムは、ジル・ド・クランの後ろ姿を眩しい物を見ているようだ。

 僕とオリヴィエは、顔を見合わせて苦笑いをするだけだった。


 僕とオリヴィエ、ヨハンは自分逹の天幕に行く前に、ブリュンヒルデを檻から出して、自由に羽を広げさせた。

 ブリュンヒルデは長旅の後なので、気持ちよさそうに空を舞っている。

 僕はそんなブリュンヒルデを見て、笑顔がこぼれてた。

 そこに、怒気を含んだ面持ちでアウグスタが歩いてきた。


「どうして貴方方はそんなにお気楽なのですか!?」

「えっと、僕はそんなつもりじゃ……」

「いいえ! 貴方は、聖騎士の頂点『七聖剣』序列第一位なのですよ! この重大な事態にペットと遊んでいるなんて、ふざけ過ぎです!」


 アウグスタのあまりの剣幕に、僕は戸惑って何も言えなくなってしまった。

 オリヴィエが困りつつも間に入ってくれた。


「まあ、落ち着け、アウグスタ。常に気を張っていたって、疲れるだけだ。抜く時に抜かないといざという時に力を発揮できんぞ?」

「黙れ! 貴様たちシュヴァリエ家本家は、いつだって気が抜けているだろうが!」

「う、うむ。それは私も否定は出来んが、ジークまで悪く言うな」

「あ、いいですよ、オリヴィエさん。僕も気が入っていないのは、否定できませんし。」


 僕が苦笑いをしていると、アウグスタは更に激昂した。


「クッ! 貴方まで!……ならば、剣を抜いてください! 私が気合を入れ直して差し上げます!」

「え!? ちょ、ちょっとま……」


 僕が戸惑っていると、アウグスタは腰のレイピアを抜いて僕に切っ先を向けてきた。


 は、話を聞かない人だな!?


「おい、アウグスタ! やめ……」


 オリヴィエの止める声を無視して、アウグスタは僕に殺気を向けてきた。

 止めようと動き出そうとしたオリヴィエに、僕は手で止めさせた。


「……分かりました。僕は構いませんよ?」


 僕は剣を構えるアウグスタに笑いながら闘気を発した。

 アウグスタは冷や汗を流しながら、苛立ったように怒鳴ってきた。


「なぜ、剣を抜かないのです!?」

「僕たちは味方同士でしょう? 剣を向け合う必要はありませんよ?」

「グッ! どこまでも愚弄を!」


 アウグスタは、僕に向かって突きを繰り出してきた。

 思っていたよりも、鋭くて速い。

 僕は何度もかわしたが、心の中で苦笑いだ。


 僕もまだまだ未熟だなぁ。

 『修羅の国』で出会った『剣聖』カミイズミの言っていた『天地一体の剣』、抜かずに相手を制する域にはまだまだ到達していないようだ。

 

 僕はアウグスタの次の刺突をかわし、相撲の技の切り返し、ひざの外側に自分のひざを当てて、後ろにひねるように倒した。

 アウグスタは何が起こったのか分からずに、驚いた顔で固まっているけど、聖騎士の精鋭なので、これで勝負が着いたことぐらいは分かっているはずだ。

 僕が見下ろしていると、アウグスタは突然、大きな両目からポロポロと大粒の涙をこぼした。


「え!? あ、あれ? ど、どど、どうしましょう!?」


 僕は突然のことに意味が分からずに、あわあわしながらオリヴィエの方を向いた。

 オリヴィエも困ったように頭をかいている。

 と、その後ろから聖騎士団副団長にしてアマゾネス隊の隊長アリスが、呆れながらため息をついてやって来た。


「まったく、あんたは何やってるの?」

「あ、あの、僕は、そ、その……」

「ああ、君じゃないわよ、ジークフリート・フォン・バイエルン。ねえ、アウグスタ?」

「も、申し訳ありません、アリス様。わ、私は……」


 言い訳しようと口ごもるアウグスタに対して、アリスは手を軽く振って制した。


「まあいいわ。さっさと顔洗って、飛空艇前に集合しなさい」

「は、はい」


 アウグスタは肩をがっくりと落として、歩いていった。

 僕たちはその背中を見ていたが、アリスは僕たちにも同じことを言った。


「あんたたちもペットを檻にしまったら、早く集合しなさい」

「はい。……えっと、団長逹との作戦会議は終わったのですか?」

「ええ。すぐに忙しくなるわよ。覚悟しておきなさい」


 アリスはそれだけを言い残すと歩き去って行った。

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