第4節 秘密

―プリマヴェーラ諸島 補給基地フェンネル中心部、大聖堂前―


「あら? ジークフリート・フォン・バイエルン。君も夜風に当たりに来たのかしら?」

「あ、副団長!」


 僕は夜空を見上げながらぼんやりとしていた。

 そこに、『氷の女王』こと聖騎士団副団長アリスが現れたので、さっと敬礼をした。

 幼い少女のような見た目のアリスは、フフッと笑って僕の隣に腰を下ろした。


「ずっと元気がないわね?」

「え、と、それは……」


 僕はうまく言えず口ごもってしまった。

 自分でもまだ、父親のように思っていた男との今生の別れを整理できていなかったからだ。

 

「まあ、アタシも大体のことは聞いて分かっているわよ。でもね、君は『七聖剣』の第一位なのよ。言ってしまえば、聖騎士の最終兵器なの」

「……兵器、ですか?」

「そうよ、言い方は悪いけどね。圧倒的な力を持つとはそういうことよ」


 アリスは冷たい言い方だけど、その目は慈愛に満ちているような気がした。

 最恐の女帝と言われているけど、いつも僕に対しては少し優しい気がする。

 僕は少し嬉しくなって、笑顔がこぼれてしまった。


「な、何よ?」

「いえ、すみません。『氷の女王』も、意外と優しいなぁっと思って」

「ば、バカ言うんじゃないわよ! あ、あたしは……」


 アリスは、顔を耳まで真赤にして焦っている。

 他の聖騎士たちには恐れられているけど、見た目も相まって可愛らしい。

 僕は、声を上げて笑ってしまった。


「こら! 調子に乗るんじゃないわよ!」

「ぐわあああ!?」


 僕は調子に乗りすぎてしまったみたいで、アリスの氷弾乱舞グラシェ・サルトを喰らって吹っ飛ばされた。

 やっぱり、怒られた。


「まったくもう! 子供よりも年下の相手にからかわれるとは思わなかったわ」

「え!? こ、子供!?」


 僕が驚いて声を上げたことで、アリスはしまったというように顔をしかめた。

 アリスはハァっとため息をついて話をしてくれた。


「……しょうがないわね。口を滑らしちゃったから、話すわよ。アタシには産んですぐに別れた子供がいるのよ。生きてれば、18歳になっているはずよ」

「は、はずって……」

「ま、あの頃のアタシにも色々と事情があったからね。一度も会ったことが無いわ」


 アリスは腕を組んでぷいっと後ろを向いてしまった。

 その表情は見えないので、何を考えているのか全くわからなかった。


「会いたくは無いのですか?」

「会いたくないわけ無いわよ。でも、アタシは産んですぐに捨てたロクでもない親よ? 向こうも会う気はないはずよ。それに、引き取ってもらった夫婦には、アタシの事は秘密にするようにきつく言ってあるから、存在すら知らないかもね」

「どうしてそこまで?」

「こら! あんまり女の過去を詮索するものじゃないわよ」

「あ! す、すみません! ぼ、僕は、その……」


 アリスが僕の方を振り向いて冷たい目で睨まれた。

 僕はやりすぎたと思って口ごもってしまった。

 やっぱり、僕はダメ人間だ。

 人との距離感が全く分かっていない。

 アリスは僕が落ち込んでしまったのを見て、クスッと笑った。


「君は本当に面白いわね! あのアキレースを圧倒した『神の子』と同一人物とは思えないわね?」

「う! ど、どうせ僕は、戦うしか能がありませんよ」


 僕はすねてぷいっとそっぽを向いた。

 その僕を見てアリスは、声を上げて笑った。


「アハハ! 冗談よ。ムキになってカワイイわね? 戦っていなければ、年相応の少年ね?」


 僕は完全にすねて、ブスッと何も言わなかった。

 アリスは、笑いながら僕の頭を乱暴にガシガシと撫でた。


「や、やめてくださいよ!」

「ふーん? 少しは元気になったみたいね?」


 あ、確かに、元気になった気がする。

 そっか、アリスは僕を励まそうとしてくれていたのか。

 

「ありがとうございます、おかあ……ぶはぁ!?」

「調子に乗るな!」


 僕はまたアリスに氷魔法で吹っ飛ばされた。

 うう。

 素で間違えただけなのに。


「それから、アタシに子供がいることは秘密よ。知ってるのは、従者のキャロルとルイーズと団長だけしか知らないんだから、喋ったら、分かってるわね?」


 アリスは、凍りつくような殺気を向けてきた。

 僕は、コクコクと全力で頷いた。


 アリスは聖教会の中に歩いていき、僕はその凛とした青い髪の後ろ姿に敬礼をしていた。


―翌朝、プリマヴェーラ諸島 妖精島―


 アルセーヌたちが乗ったシャト○ポッドが、青い空に吸い込まれていった。

 ターニアとユッグはにこやかな笑顔で見送っていた。


『……へえ? あの女が来ていたのですか?』


 その姿が見えなくなった頃、二人の背後から静かに近づいてくる者がいた。


『ああ! カーミラ、ひさちぶり!』


 ターニアは満面の笑顔で、『魔王』カーミラの大きな胸に飛びついた。

 カーミラもまた、妖艶ではあるが、慈愛に満ちているような笑顔だった。


『お久しぶりでございます、ターニア様。お元気そうでなりよりです』

『ねえねえ、カーミラ、きいてよ!……』


 ターニアは昨夜の宴会騒ぎなどのことをカーミラに嬉々として語った。

 カーミラは始めはニコニコと聞いていたが、アルセーヌの話が出てきた時にその顔をしかめた。


『……何ということでしょうか。あの『偉大なる神秘グレートスピリッツ』に人族が呼ばれるとは。まさか、の再来?』


 カーミラは忌々しげに呟いた。

 その声には、憎悪のこもった怒りが含まれているようだ。

 ターニアはカーミラのどす黒い怒りに触れ、震えながらユッグの後ろに隠れた。


『……カーミラ、こわい』

『あ! し、失礼いたしました』


 カーミラは、ターニアを怖がらせてしまったことに気づき、ハッとして迸っていた暗黒闘気を抑え、慌てて頭を下げた。

 そのカーミラにユッグは大笑いだ。


『ワッハッハ! おめえは『魔王』になったんだげんと、変わんねな? 未だにあいづらのごどが、憎いが?』

『当たり前だ! 貴様は、たったの400年でもう忘れたのか! が何をしたのかを!』


 カーミラはキッとユッグを睨みつけ、ギリッと歯を食いしばった。

 そのカーミラに、ユッグはフッと笑った。


『オラも忘れでねえべ。んだげんと、時間は充分さ流れだ。とっくに、あいづらはみんな死んだ。生ぎでるのは、オラ達みだいな、長命種だげだ』

『だからこそ、我らがあの大戦の真実を忘れてはならんのだ! 人族共は忘れる生き物だ! 何度も同じ過ちを平気で繰り返す生き物なのだ!』

『んだがら、人族もおめえの支配下さ置ぐが?』

『ぐ! そ、それは……』


 ユッグの核心をついた一言に、カーミラは口ごもった。

 カーミラが反論しようと口を開きかけたところで、ユッグは先に言葉を発した。


『人族は、碌でもねえ生ぎ物だ。生まれながらの本質は悪で未熟な生ぎ物だ。んだげんと、学んでおがっていぐごども出来る生ぎ物だ。失敗繰り返すてけろり良ぐ生ぎるごども出来る』

『その人族を信用した結果が、何だ? この島以外は、今どうなっている? すでに取り返しのつかない状態ではないか!』

『そう言われだら、言い返しぇんな。オラ甘えっけがら、森も妖精も同胞も死なしぇですまった』

『そうであろう! 話にならんわ! 人族など信用に値せん!』

『んだげんと、みんながみんなそうんね。あの御方は違ったべ?』


 カーミラは、ユッグの言葉に何も言えなくなった。

 あの御方、大魔王と呼ばれた人間のことであるからだ。


『……ずるいぞ。あの御方は特別だ』

『そうだな。あの御方は特別だった。人族の搾取止めんべど立ぢ上がってくださった』

『だが、が!』

『んだげんと、も勇者なんて呼ばれで利用されだだげだ。それに、オラ達もやりすぎだのも、いげね』

『……それだけ、憎かったのだ、人族が』

『その気持はわがる。オラだって、今でも人族はツラも見だぐもね。んだげんと、憎すみばりだど、まだ同ず過ぢ繰り返す。どごがで、許すてやらねばならん』


 ユッグの教え諭すような言い方に、カーミラはまた怒鳴った。


『許す!? あれだけのことをしたのにか! 貴様はどこまでも……』

『甘え、か? オラもそう思う。んだげんと、人族は変われる。おめえもそろそろ憎すみがら解放されんべぎだべ?』

『……無理だ、我には。あの御方のお力にすらなれなかった我では……』

『大丈夫だ!ロクサーヌはあの女エルフどは違う。この島ターニア様ば守るげんど、手貸すてくれだ。おめえもぎっと変われる』

『やめてくれ! 我は変わる気はない! 今度こそ我はうまくやる!』


 カーミラは頑なに、ユッグの説得を拒否した。

 ユッグはこれ以上何も言わなかった。


『……貴様……あなたはもう、私とは共に歩んではくれないのですね?』


 カーミラは『魔王』として虚勢を張ることもせず、ただ悲しそうに呟いた。

 ユッグは小さく首を横に振った。


『ほだなわげんね。オラは、ターニア様ば、『世界の柱』守らねばならん。この島がら離れるわげにはいがん。例え、魔王軍評議会13席さ入っておってもな』

『そう、ですか。……さようなら、ユッグ』


 カーミラは振り向いて飛び立とうとした。


『まって、カーミラ!』


 そのカーミラの背中に、ターニアがすがりつくように抱きついた。

 ターニアの目には涙が溜まっている。


『いかないでよ! あたちたちといっしょに、このしまでくらそうよ! みんなでたのしくわらって、うたって、おどって、ね!?』

『……ありがとうございます、ターニア様。ですが、私には使命があります。行かなければならないのです』


 カーミラは振り返ることもしなかった。

 ターニアは手を離して大泣きをしていた。

 そして、カーミラはアルカディアに向けて飛び立った。


『カーミラ、いづでも戻って来い! 『魔王』だがらって、おめえが全で背負う必要はねえ!』


 ユッグは叫んだが、カーミラは頑なに前だけを向いて飛び続けた。

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