第2節 精鋭部隊

 僕たち聖教会連合軍は、新大陸アルカディアに向けて出撃することになった。


 しかし、アルカディア聖教会本部の転移魔法陣はすでに破壊されている。

 そのため、海からは艦隊が出ることになるが、僕たち『七聖剣』を中心とした精鋭部隊は先に現地入りする。

 その方法が、空から試作段階の飛空艇で乗り込むということだった。


 その飛空艇は、文字通り空を飛ぶ船だ。

 見た目は木造の帆船のようだが、魔力で動くエンジンや、帆の代わりにマストに大きなミスリル製のプロペラ、魚のヒレのような白銀色に輝くミスリル製の翼が取り付けられている。


 僕では専門的なことはわからないが、動力はシーナ帝国の外れに位置している、謎の多い仙人界のみで取ることの出来る『飛行石』が使われている。

 その飛行石に、オルセニア大陸で取れる純度の高い魔晄石から高濃度の魔力を注ぎ込むことで、飛空艇を空高く浮かび上がらせている。

 さらに、エンジンやプロペラの推進力を魔晄石からの魔力で作り出している。

 でも、この試作機を造るだけでかなりの手間暇、莫大な予算を使っているみたいでまだまだ量産体制は整っていないそうだ。


 その精鋭部隊の隊長は、聖騎士団団長『雷帝』ロドリーゴ・ライネスが務め、今はブリッジでこの飛空艇の艦長と歓談中だ。

 その補佐をする副団長アリス・サリバンは、女性聖騎士たちを集めたアマゾネス隊を引き連れてきた。


「あら? ジークフリート・フォン・バイエルン。君ももう準備は整ったのかしら?」


 アリスは僕に気づくと、不敵に笑いながら話しかけてきた。

 もし、副団長という立場じゃなかったら、幼い少女が背伸びして強がっているようにしか見えない。

 僕は礼儀正しく敬礼をして挨拶をした。


「はい! 僕は準備することはほとんどありませんからね。遊撃隊の選抜は副隊長に任せていますし、細かいことは従士の……」

「ジーくん、おひさでし!」

「……ヒサシブリ(棒)。」


 僕がアリスと話をしていたら、アリスの従者の聖騎士たちが話に入り込んできた。

 この二人も相変わらず幼い見た目で、元気な赤髪と無表情な黄色髪の特徴も変わっていない。


「あんたたちはうるさい!」


 やっぱり、主人のアリスの話を邪魔して怒られた。


 他の女性聖騎士たちは、みんな老若幅広く、男性顔負けの屈強な体格から肉感のある女性らしい体付きまで幅広かった。

 そして、アマゾネス隊は揃って飛空艇の中に入っていった。


 次に、東方面連合軍聖騎士団隊長ロベール・アイゼンハイムが、自分の部隊を引き連れてきたが、意外にも見た目は普通の人のようだ。

 逆に特徴がなさすぎて、アイゼンハイムの奇抜な格好が目立ちすぎる。


 教皇直属衛兵聖騎士隊長、七聖剣序列第二位『守護天使』ヴィルヘルム・テラーは、総本山の守備のために残る。


 そして、僕の部隊となる遊撃隊は、初老の白いひげを蓄えた体格の良いベテラン副長オルランドが選抜して引き連れてきた。

 その中に、僕の唯一の友人のオリヴィエ・ド・シュヴァリエもいたのでホッとした。

 オリヴィエは、口端を軽く上げて僕に目礼をした。


「お、お待たせしました、ジーク様!」


 僕の従士のヨハンが急いでやって来た。

 でも、荷物が多すぎて苦笑いだ。


「ヨハン、そんなに荷物を持ってくるから遅くなるんだよ?」


 この僕の余計な一言でヨハンは、頬をぷくっと膨らませた。


「何を言っているのですか! この荷物は、ほとんどブリュンヒルデのためのものです!」

「え? そんなにいるの?」

「いります! 動物を飼うのは大変なんですよ! ジーク様はほとんど世話をしないで一緒に遊んでいるだけだからいいですけど、ボクは大変なんです!」


 と、ヨハンは拗ねてしまって、ブツブツと文句を言ってきた。


「ご、ごめんよ、ヨハン」


 僕は困ってしまって、頭をかいて謝った。


「ふ! そんなに拗ねなくてもいいぞ。私も手が空いた時は手伝ってやる」


 オリヴィエは、頼れるお兄さんみたいに、ヨハンの頭に手をぽんと置いて笑いかけた。

 これには拗ねていたヨハンは、ぱっと顔を輝かせて笑顔になった。


「ありがとうございます! オリヴィエさんみたいな優しいお兄さんには憧れます!」

「お、おう」


 オリヴィエは、女の子みたいなヨハンに顔を赤くして照れてしまった。


「フフフ。随分と賑やかですねぇ?」


 新たに『七聖剣』入りしたジル・ド・クランは、いつもの不気味な笑顔でやって来たが、目が笑っていない。

 明らかに不機嫌だ。


「これから裏切り者を断罪しに行くのに、随分と気が緩んでいるのではありませんか?」

「ひぃ!? も、申し訳ありません。ボ、ボクは、その……」


 血塗られたような真っ赤な瞳で睨まれたヨハンは、腰が引けてぺたんと後ろに座り込んでしまった。

 そのヨハンをかばうように、オリヴィエはジル・ド・クランの前に跪いた。


「申し訳ありませんでした。私も選抜された精鋭聖騎士という立場でありながら、自覚が足りていませんでした」

「……ふむ。シュヴァリエ家の方ですか。やれやれ、あの家の御方は、代々優秀ではあるのですが、信仰心が足りないのが困りものですね。今回は大目に見ますので、気の抜けた行動は謹んでいただきたいですね?」

「は! 以後気をつけます!」


 オリヴィエは地面に膝をついたまま、感情を表に出すことなく、ジル・ド・クランに謝罪の言葉を述べた。

 ジル・ド・クランも、ふぅっとため息をついて、僕の方にやって来た。

 そして、僕の前に跪いた。


「ジークフリート様、申し訳ございませんでした。御前で差し出がましい真似を致しました。どのような罰もお受けいたします」


 ジル・ド・クランは、大真面目に粛々と僕に謝罪している。

 僕は、もうこの狂信者には戸惑いを隠せない。


「え、いや、僕はそんなこと、気にしませんよ」

「おお! な、何という慈悲深い御方でしょうか! 貴方様の部下を無礼にも御前で叱りつけたというのに、この醜い私をお許しになるとは! ああ!」


 ジル・ド・クランは感激してしまったように、恍惚な表情で涙を流した。

 僕は、唖然としてもう何も言えなくなってしまった。


「それでは、失礼いたします、ジークフリート様。……では、御二方。ジークフリート様にご迷惑をかけないでくださいよ?」


 ジル・ド・クランは不気味な笑顔を浮かべ、飛空艇の中に入っていった。

 その後に続くメンバーも、不気味な雰囲気を醸し出していた。

 ヨハンは、ジル・ド・クランの姿が消えるまで震え続けていた。


 これで、アルカディアに向かう精鋭部隊が揃った。

 そして、飛空艇は空高く舞い上がった。

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